13 / 15
第13話
しおりを挟む
外は、激しい夕立が降っていた。
乾いた地面が水分を含み、あたりは独特の匂いに包まれている。
多聞は傾きかけた柱に背をもたせかけて、ジッと外を見つめていた。
雨あしが、白く踊っている。
微かな気配の変化に気付き、振り返ると柊一が身体を起こしていた。
額を抑えるように当てていた手を外し、顔を上げたところでギクリと身体を強張らせる。
「夕立の中、出て行くほど酔狂ではないのでな」
一言告げると、柊一は目線を入り口の方へ送った後に黙って小さな溜息を吐いた。
「薪が残っていたので、奥の風呂を沸かしてある。まだ冷めていないだろうから、使いたければ使え」
少し驚いたような顔をする柊一を無視して、多聞は目線を外に向ける。
雨は、ますます勢いを増したように激しい雨音をたてていた。
不意に背後から激しい物音が聞こえる。
何事かと振り返ると、柊一が先ほどとは違う場所で倒れ伏していた。
「どうした?」
「…なん…でもない! 触るな!」
手を貸そうとする多聞を振り払い柊一は自力で起きあがったが、立ち上がるとそのまま重心を失うように身体を傾かせる。
「おいっ!」
「うるさい!」
思わず抱き留めた身体は、驚くほど熱い。
睨み付けてくる瞳も、まるで行為の最中のように潤んでいる。
「は…なせっ!」
「しても無駄なあがきは、見苦しいだけだぞ」
絶句して赤面した柊一の身体を、多聞は黙って床に横たえさせた。
触れられる事でいちいち身体を強張らせる柊一を無視して、多聞は丹念に身体の異常を調べる。
そして、斬り合った時の傷がひどく腫れ上がっている事に気付いた。
対峙していた時も、この場所で睦み合っていた時も、柊一の肩は特別腫れていなかった。
多聞は黙って立ち上がり、部屋の奥へと向かう。
雨に気付いてここに留まった時に、家の中を少し見ておいた。
家屋と同じようにうち捨てられた物の中に、鍋があった事を思い出したのだ。
囲炉裏に薪をくべ、そこで湯を沸かす。
かなり傾きかけて壁も穴だらけの家屋だったが、それでも少しは空気が暖まった。
辛うじて枯れてはいなかった井戸から水を汲み、半ば壊れ欠けた桶に注ぐ。
冷やした布を肩の傷と額に当てると、柊一は怪訝な顔で多聞を見上げてきた。
「どういう…つもりだ?」
「お前は結構遊び甲斐のある玩具なんでな。そうそう死なれては、つまらない」
多聞の答えに柊一は眉を顰めて見せたが、それでもその言葉に安堵したのか黙って目を閉じた。
発熱がかなり堪えているらしい。
実際、多聞にとっても柊一と対峙するのはかなりの気力と体力を消費する。
一片の余裕もなく必死で対峙しなければ、敗北する事だってあり得る相手なのだ。
それは多分柊一にとっても同じか、あるいは多聞以上にそれらを消費していると思われる。
あげくに散々責め上げられた柊一の身体が、疲労困憊しているのは明らかだった。
額に浮かぶ汗を拭ってやろうと手を伸ばした事で、多聞は柊一が震えている事に気付く。
「寒いのか?」
「…別に…」
答えた口唇はやや青ざめている。
囲炉裏に薪を足し、多聞は柊一の隣に身を横たえた。
「さ…わるなっ!」
「大人しくしていろ…、今は代償をもらう筋もない」
囁かれ、柊一は驚いたように多聞の顔を見る。
「こんな弱ったお前を抱いても、なんの面白味もないしな」
フイと顔を逸らし、柊一は再び目を閉じた。
口唇を噛み締め、多聞の腕を意識して身を強張らせつつも、さすがに抵抗するつもりはないらしい。
多聞がピタリと身を寄り添わせても、抗う様子を見せなかった。
しばらく静かな時が流れると、腕の中の身体から徐々に力が抜けて行く。
気付けば、柊一は眠ってしまっていた。
温もりを求めて寄り添ってくる様子を、多聞はひどく不思議な気持ちで見つめた。
熱にうなされている柊一は、ひたすら耐えているだけだ。
もしかして…と、多聞は思う。
名門の道場の跡取りであるはずの柊一が、そうであろう可能性はひどく低いが。
もしかして…、柊一は自分と同じく何も持っていないのではないか…? と。
縋る物も、愛する物もなく、自分が生きている意味さえも解らない、ひたすら己の力量を磨く事以外には生きる術を見つける事が出来ない異端者。
だからこそ、これほど強く惹かれあうのでは無かろうか…? と。
外は、まだ雨が降っている。
夕立の激しさは去った物の、そのまま本降りへと変わったらしい。
多聞はその時、柊一の存在が戦慄するほど愛しいと思った。
乾いた地面が水分を含み、あたりは独特の匂いに包まれている。
多聞は傾きかけた柱に背をもたせかけて、ジッと外を見つめていた。
雨あしが、白く踊っている。
微かな気配の変化に気付き、振り返ると柊一が身体を起こしていた。
額を抑えるように当てていた手を外し、顔を上げたところでギクリと身体を強張らせる。
「夕立の中、出て行くほど酔狂ではないのでな」
一言告げると、柊一は目線を入り口の方へ送った後に黙って小さな溜息を吐いた。
「薪が残っていたので、奥の風呂を沸かしてある。まだ冷めていないだろうから、使いたければ使え」
少し驚いたような顔をする柊一を無視して、多聞は目線を外に向ける。
雨は、ますます勢いを増したように激しい雨音をたてていた。
不意に背後から激しい物音が聞こえる。
何事かと振り返ると、柊一が先ほどとは違う場所で倒れ伏していた。
「どうした?」
「…なん…でもない! 触るな!」
手を貸そうとする多聞を振り払い柊一は自力で起きあがったが、立ち上がるとそのまま重心を失うように身体を傾かせる。
「おいっ!」
「うるさい!」
思わず抱き留めた身体は、驚くほど熱い。
睨み付けてくる瞳も、まるで行為の最中のように潤んでいる。
「は…なせっ!」
「しても無駄なあがきは、見苦しいだけだぞ」
絶句して赤面した柊一の身体を、多聞は黙って床に横たえさせた。
触れられる事でいちいち身体を強張らせる柊一を無視して、多聞は丹念に身体の異常を調べる。
そして、斬り合った時の傷がひどく腫れ上がっている事に気付いた。
対峙していた時も、この場所で睦み合っていた時も、柊一の肩は特別腫れていなかった。
多聞は黙って立ち上がり、部屋の奥へと向かう。
雨に気付いてここに留まった時に、家の中を少し見ておいた。
家屋と同じようにうち捨てられた物の中に、鍋があった事を思い出したのだ。
囲炉裏に薪をくべ、そこで湯を沸かす。
かなり傾きかけて壁も穴だらけの家屋だったが、それでも少しは空気が暖まった。
辛うじて枯れてはいなかった井戸から水を汲み、半ば壊れ欠けた桶に注ぐ。
冷やした布を肩の傷と額に当てると、柊一は怪訝な顔で多聞を見上げてきた。
「どういう…つもりだ?」
「お前は結構遊び甲斐のある玩具なんでな。そうそう死なれては、つまらない」
多聞の答えに柊一は眉を顰めて見せたが、それでもその言葉に安堵したのか黙って目を閉じた。
発熱がかなり堪えているらしい。
実際、多聞にとっても柊一と対峙するのはかなりの気力と体力を消費する。
一片の余裕もなく必死で対峙しなければ、敗北する事だってあり得る相手なのだ。
それは多分柊一にとっても同じか、あるいは多聞以上にそれらを消費していると思われる。
あげくに散々責め上げられた柊一の身体が、疲労困憊しているのは明らかだった。
額に浮かぶ汗を拭ってやろうと手を伸ばした事で、多聞は柊一が震えている事に気付く。
「寒いのか?」
「…別に…」
答えた口唇はやや青ざめている。
囲炉裏に薪を足し、多聞は柊一の隣に身を横たえた。
「さ…わるなっ!」
「大人しくしていろ…、今は代償をもらう筋もない」
囁かれ、柊一は驚いたように多聞の顔を見る。
「こんな弱ったお前を抱いても、なんの面白味もないしな」
フイと顔を逸らし、柊一は再び目を閉じた。
口唇を噛み締め、多聞の腕を意識して身を強張らせつつも、さすがに抵抗するつもりはないらしい。
多聞がピタリと身を寄り添わせても、抗う様子を見せなかった。
しばらく静かな時が流れると、腕の中の身体から徐々に力が抜けて行く。
気付けば、柊一は眠ってしまっていた。
温もりを求めて寄り添ってくる様子を、多聞はひどく不思議な気持ちで見つめた。
熱にうなされている柊一は、ひたすら耐えているだけだ。
もしかして…と、多聞は思う。
名門の道場の跡取りであるはずの柊一が、そうであろう可能性はひどく低いが。
もしかして…、柊一は自分と同じく何も持っていないのではないか…? と。
縋る物も、愛する物もなく、自分が生きている意味さえも解らない、ひたすら己の力量を磨く事以外には生きる術を見つける事が出来ない異端者。
だからこそ、これほど強く惹かれあうのでは無かろうか…? と。
外は、まだ雨が降っている。
夕立の激しさは去った物の、そのまま本降りへと変わったらしい。
多聞はその時、柊一の存在が戦慄するほど愛しいと思った。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
神父様に捧げるセレナーデ
石月煤子
BL
「ところで、そろそろ厳重に閉じられたその足を開いてくれるか」
「足を開くのですか?」
「股開かないと始められないだろうが」
「そ、そうですね、その通りです」
「魔物狩りの報酬はお前自身、そうだろう?」
「…………」
■俺様最強旅人×健気美人♂神父■
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる