それなら僕は骨を抱く

柚麗湯弓

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東雲

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教室の扉を開けるのは簡単だけれど、人間に心を開くのは難しい。僕の場合それは立て付けが悪くて、錆び付いている。だから、そのせいなのか僕には友達と呼べる人が少ない。一度心を開いてしまえば後は早いのだけれど、心を開くまでが長い。
 二年生になったからと言って、何かしら劇的に環境が変わるというわけでもなかった。僕の数少ない友達の幸仁ゆきひとも違うクラスになってしまった。たまにトイレで顔を合わせるが、他愛もない話をして直ぐに別れる。
 「何突っ立ってんの?」
 真白く塗られた視界を一つの言葉が僕を現実に引き戻した。
 声が聞こえた方向に体を向けると、そこには一人の女子生徒が立っていた。
 黒髪だけど光に透けて少し茶色がかった髪、女性にしては筋肉質っぽい体つき。大きくて吸い込まれそうな瞳。在り来りだけど、その言葉でしか彼女は表現出来なかった。初めて天使に出会った。
 「ねえ、聞いてる?」
 「え、あっああ。聞いてるよ」
 ポケットに突っ込んだままの手を引っ張り出して扉に手を掛けた。
 扉を開けるとその【天使】は横をするりと抜けて教室の中に入って行った。その後ろを眺めることしかできない僕は、ため息をついて教室への第一歩を踏み出した。
 いざ教室に踏み出してみたものの、やっぱり何かが変わるわけでもなかった。気になったことといえば、いつも通り吸っている空気に甘い香りが濃くなったこと。体の臭いを消臭するのは構わない。だけどあまりに濃いと鼻がムズムズする。
 黒板に書かれている席に腰を下ろし一息ついた。僕のような人間には人の多い場所は居心地が悪い。言わば「人間アレルギー」。
 「よっ、けい。久しぶり」
 僕の肩に腕を掛けてもたれ掛けてきたのは真瀬透まなせとおる。数少ない僕の友達のひとりで、幸仁と同じ小学校からの仲だ。
 「うん。久しぶりだね」
 「辛気臭え顔すんなよっ。あ、もしかしてあれか『人間アレルギー』あれ発動しちゃってる?」
 「おまえはエスパーか」
 「だいたい分かんだろ。ダチなんだし」
 透はそう言っているけど、本当にエスパーかもしれない。透がそうなるかもしれないと予想したことは八割当たっていたりする。
 「ダチ…か」
 透は僕の肩にもたれさせていた腕を戻して軽く僕の肩を叩いた。言葉なんか無くても分かる、透は肩を叩くという行為に励ましを込めてくる。叩くと言っても優しさの篭った徹の手は、マッサージみたいに気持ちいい。
 「人間アレルギー」僕の必殺技でもあり、欠点の一つ。ふと思ったけど、透とか幸仁には発動しないのは何故なんだろう。もしかしたらあのふたりは医者かもなんて考えていたら、鼻につく甘い香りが風に運ばれてきた。しかも段々匂いが強くなる。
 「おっはよーうっ、けいっ」
 「お、おう。おはよう…」
 でた、こいつだ。匂いの根源でもあり僕の悩みの根源でもある蒼比良緑あおひらみどり
 「お前か、さっきから鼻につく匂いを振り撒いてんのは」
 「えー鼻につくかな。いい匂いじゃない?綿あめの匂い」
 「そもそも中学生って香水つけて良かったっけ」
 「えっ、ダメなの!?…じゃあ、いいってことにしとく」
 この蒼比良緑は中一の時に唯一まともに話した女子だ。
 中一の時は清楚な感じだったのだけど、いつからこんなギャルに目覚めたのだろうか。人間いつどう人格が変わるのか、変えられてしまうのか、見当をつけることはできないのだろう。
 
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