視聴の払霧師

秋長 豊

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74、あの日の記憶

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 麻美は冷蔵庫から冷たいレモンティーをグラスに注いで持ってきた。

「うち、親の帰りがいつも遅くてさ」

 麻美はたんまりとお菓子をテーブルの上に広げた。今思えば、スカートの丈は短く座っている角度によっては見えてはいけないものが見えそうだ。具視は目のやりばに困って無心で連次の耳を見ていた。

「お前、さっきから何見てる」
「いえ」

「2人も払霧師大学の学生なんだね。あそこって、資質がないと入れない所でしょう? 同級生のみんな、あなたたちの制服見ただけですごいって騒いでる。それが武器?」

 麻美は前のめりになって、具視の腰にある紺碧双紅剣に近寄った。

「なんだか日本刀って感じだね! 昔はお侍さんがこういうの、腰に下げていたんだよね。へぇ、そっかぁ」

 麻美が知りたいというので、具視は払霧師について自分の知っている程度のことを話した。その中で、守護影が見てみたいと言われたのだが、規則でそれはできないと言うしかなかった。それにしても、陽はいったい何時になったら帰ってくるのだろうか。戻ってくるのを待つとは言ったが、家に着いてからすでに40分以上はたっている。具視は心配になって立ち上がった。

「俺、その辺捜してきます。入れ違いにならないよう、連次さんはここで待っていてください。陽さんが戻ってきたら電話でも入れてくれれば助かります」

 連次に呼び掛けたが、彼は眠たそうにうなずくだけだった。

(どうしたんだろう。眠たいのかな)

「そう遠くには行ってないと思うけど」

「その辺を見てくるだけです」

 具視はそう言ってリビングを抜け外に出た。

 2人だけになった途端、麻美は連次にそっと近寄って声を掛けた。

「三平連次くん」

「……ん」

「お姉ちゃんに会いたい?」

 麻美は近寄りながら、彼の腰にある刀に指をからめた。そっとひもを解き、刀を外すと今度はポケットに手を入れて携帯を抜き取る。麻美は携帯を台所に持っていくと、沸かしていた熱湯の中に投げ入れ火を止めた。

「野田連太郎の子どもだって聞いていたから、少しは苦戦すると思っていたんだけどなぁ。残念。まぁ、私たちの妨げになる芽は摘んでおいた方がいい。そうすれば、きっと大王様も私のことを褒めてくれる」 

 そのころ、具視は声も出せずにいた。

 何が起こっている?

 足も、手も、言うことを聞かない。

 麻美の家から一歩外に出ようとした、その境界線の内側で、つま先が止まった。聴具が外に出てくる気配もない。
早く、この状況を連次に伝えなくては。

(待て)

 具視の脳裏に直前の連次が浮かんだ。彼は、なぜ眠そうにしていた。この家に入るまではそんな気配まるで感じなかったのに、本当に突然。嫌な予感がした。同時に、ガチャッとドアが開く音がした。ひやりと汗が流れ、振り返れないという状況に恐怖が倍増した。

 ピンポーン

 チャイムが鳴った。

 後ろから近づいてくる音がピタリとやみ、背中の真ん中を冷たい何かが触れた。具視は一瞬で10歳だった時のトラウマを思い出した。マンションが霧に包まれ、1人きりになった部屋の中で玄関のチャイムが鳴ったあの時。ドアアイをのぞいた先に浮かんでいた、紫色に浮かぶ二つの目――

「また会えたね、具視くん」

 耳元でささやかれた。

 全身が恐怖で震え、しめった息を感じた。自分ではどうしようもないくらい、体が覚えているのだ。恐怖、悲しみ、憎しみ。動けずにいる具視の腕をするりとツタのように冷たい手がからむ。

「こんなに震えて、よっぽど怖かったんだね。でも、あなたはすごいよ。それでも私たちを殺そうと、払霧師になろうとしているんだから」

(何を言ってるんだ?)

 具視は頭の中がどうにかなりそうだった。

(何を、言っ――)

「もう会えないかと思ってた」

 余韻を楽しむような声色。具視は心を鬼にして、なんとか歯をくいしばった。

「無理しないで。守護影対策に結界を張っているから、解かないと動けないし、ここから出られないよ」

 目の前に黒い髪がさらりとたれる。
 麻美だった。

(どうして……)

 具視は力のない目で彼女を見返した。

「教えてあげよっか」

 麻美は両手を後ろに組みながら目の前で笑っていた。どこか恥じらいつつ、でもうれしそうな感情をあらわにし、頬を桃色に染めて。

 どうしてそんな顔をする?

 具視は唇を震わせた。

「2019年6月24日。あなたはマンションで霧に襲われた。周りのみんなが溶けてなくなって1人ぼっちになった時、チャイムが鳴った」

(やめろ……)

 心の声もむなしく、麻美は楽しそうに続ける。

「ドアから外をのぞくと、そこには紫色の目が二つ見えた。怖くて自分の部屋に逃げたんだけど、そいつは中まで入ってきた。ベランダに出て、下の階に移ろうとした時、誰かに背中を押されて、真っ逆さまに落ちた」

(やめてくれ)

 麻美は具視の目を真正面から捉えた。

「私が押したの」
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