名切り同盟

秋長 豊

文字の大きさ
23 / 52

23、刻印八太

しおりを挟む
「えっ、王様が?」

「仮に油が手に入れば、王との交渉に使えるかもしれない」

「油が見つかれば、王とも交渉できる、母さんの病気も治る」

 言葉で言いながらも、そんな簡単な問題ではないのだろうと有之助は思った。

「一体、いくつの油を探せばいいんですか」

「七つだ」

 それからというもの、2人は決まって夜から油に関する話し合いをした。明確に油探しをしようと宣言したわけではなかったが、2人は自然と旅の計画を練り始めていた。花は急に仲良さそうになった2人を不思議そうに見ていたが、次男は彼女に油の話をしようとはしなかった。もっとも、そんな理由は有之助には見当もつかなかったのだが。

 かばんの中を改めて説明するとこんな感じだ。

【油のあることないこと本】

【ガラスの小ビン7種類】
・たまご型(赤の油)
・ひらた型(黄の油)
・はっぱ型(黒の油)
・しずく型(青の油)
・しかく型(白の油)
・ピラミッド型(緑の油)
・ぼう型(紫の油)

【鍋】

【フタ付きのビン】

【古ぼけた眼鏡】

 本の冒頭は、こんな言葉から始まる。(一部抜粋)

 本書は束7台世界地図に基づいて作られた、幻の油を作るための指南書である。ただ、一つ注意書きを。油は誰にでも見えるものではない。私は見える側の人間だが、多くの人間には見えない存在である。見えなくとも油を探したい者は、見える者の力を借りよ。
 油を集める旅には危険が伴う。この物語を始める覚悟はあるか? もし、覚悟がないというのなら今すぐ本書を閉じなさい。
               刻印八太

「次男さんが言っていた通りですね。そんなに危険なのかな……」

 有之助は本のページをめくりながら向かいで足を伸ばす次男に尋ねた。彼は膝の上でさっきから書き物をしている。その隣には葉牡丹がゴロゴロいっている。

「一通り読んではいるが、実体験したわけじゃない」

 次のページに進むと束7台(有之助たちが暮らしている束王国のこと。台は大陸という意味)の世界地図が両ページにわたって記されていた。地図には手書きで旅の経路が細かく記されていた。

「刻印って人はこの場所から始めたみたいですよ」

 指で矢印をなぞっていくと、7台すべてを反時計回りに進んで国を一回りした。本は油ごとにページが分けられていた。

「こんなに丁寧に書いてくれているなんて、この刻印って人はいい人だ。案外すぐに見つかるかもしれませんね」

「ここを読め」

 そう言って次男はあるページを開いた。

 油はその土地に根付く血のような存在。七つの油には、それぞれ油の精が宿り油(血)を守っている。

 われわれは油の精から油を分けていただく必要がある。精たちは簡単には油を恵んでくれない。彼らから油をもらうには、その精と対峙しなければならない。戦って勝つことができれば、精は力を認め血を分けてくださるだろう。
  戦いに勝つためには、書術師の力が必要だ。彼らの手を借りなくして勝利はありえない。健闘を祈る。

「戦う?」有之助は途端に顔を曇らせて不安になった。「書術師って?」

「文字を操る術師のことだ。非認可の協会に所属し、術により様々な仕事をしている。協力を得るためには協会から派遣してもらう必要があるということだ」

「雇うってことですか?」

「そうなる」

 文字を操る術師なんてものが存在すること自体、有之助は初めて聞いたしどこか興味が湧いた。非認可ということは、当然国にばれればまずいことになるだろうし、当然雇う側だってリスクを背負うことになるだろう。

 本を読み進めていくと、油の精にはそれぞれ名前もはっきりとした姿もあるという。【赤の章】と書かれたページの冒頭には、赤い油の精らしき赤々としたたてがみの獅子が描かれていた。

「この本によると、赤の油は1台の白門半島にあるらしい」

 有之助は言われた通りすぐに地図で確認した。有之助たちが現在いるのは同じ1台だ。白門半島はここからさらに西へ進んだ場所にある。次男はノートを取り出すとペンを握って文字を書き始めた。


 現在地(棚場町)→霞町→音羽村→大広武市→貝浜港(もしくは貝浜駅)


「白門半島の貝浜までは列車で3日、航路で4日だ」

「そんなに?」 

「1台はばかでかい大陸なんだ」

「車は?」

「航路の2倍はかかる。船でも列車でも好きな方を選べばいい。貝浜に着いたら宿をとり、書術師を探しにいく。協会の支部が町にあるらしい。事前に連絡して段取りは組んでおく」

 さすが、根回しが早い。2人で旅の日程を話し合っていると事務所に花がやってきた。

「最近はよくお二人でいらっしゃいますね」

 花には2人がお兄ちゃんと弟みたいに見えたのか、ほほ笑ましそうにクスリと笑った。でも、テーブルの上に開いた油の本を見たとたん笑顔を引っ込めた。

「まさか、油を探しに行くおつもりですか?」

 次男は目も合わせずにうなずいた。

「危険です」

 花は油のことを知っているような口ぶりで言った。

「その油ほしさに何人も人が死んでいるんです。次男さん、あなたが一番そのことをよく理解しているはずじゃありませんか。有之助さんに油の話をしたんですね。その子はようやく仕事にも慣れてきたんです。わざわざ危険な旅に巻き込むなんて。もう、油のことは諦めたと、そうおっしゃったではないですか」

「有之助には油が見える」

 次男は首にかけていたガラス玉を持ち上げ、花に言った。花はあっと驚いて有之助を見た。

「本当、なんですか? 有之助さん」

「油の本を書いた刻印八太もその目を持っていた。油を探すには有之助の目が必要だ」

 2人が本気なのだと分かった花は力なく目を閉じた。

「私は、心配なんです。次男さん、あなたのお父様は油を探しに行ってひどい死に方をしました。それ以外にも、興味本位で探しに行った旅人は皆変な死に方をしました。みんな恐れています。精の怒りに触れたら殺されると」

 有之助は恐る恐る次男の顔を見た。

「何人も死んだって、本当ですか? お父さんまで」

 次男の顔が暗くなった。 

「でも、本は一つだけじゃないんですか?」

「有之助さん、その本と一式の品は、世界にいくつか存在しているのです。次男さんが持っているのはその中の一つなんですけど、いまだに油を見つけたという人は現れていません」

「でも、刻印八太は幻の油を手に入れたんですよね?」

 花はいつもより険しい顔で有之助の肩に手を置いた。

「本当かどうかは分かりません」

「花。最初の油が1年以内に見つからなければ潔く元の生活に戻るつもりだ」

 これ以上なにを言っても彼の意思を変えることはできないと察したのか、花は急に否定するのをやめた。

「分かりました。けれど、無理だけはなさらないでください。あなたは同盟の頭として、他に果たさねばならないことがあるのですから」

 そんなこと、他人に指図されなくても分かっている、次男の冷静な横顔を見ながら有之助はそう直観した。彼の目には、しっかりと現実が映り、夢を見て浮足立つこと決してない鈍い光が浮かんでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

処理中です...