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●第七話
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「相変わらず無礼な奴。一言くらいあたしに挨拶したっていいじゃない?」
ぷんとむくれるほのかを「まあまあ」と宥めて、章地は玄関を開ける。
しんとしていた。広い廊下を三人の足音だけがこだまする。
でも息苦しい感じはしない。空気はとても澄んでいた。
ひとつの襖をがらりと開けた章地は、先に入って和妃とほのかを招き入れ、襖を閉める。そこはただの畳の部屋で、更にまた襖で遮られている。
「お父さん、新しい仲間を連れてきました」
襖の向こうに、章地は声をかける。
「入ってもよろしいですか」
「いや」
低くゆったりとした声が、心地よく鼓膜を打った。澄んだ空気が更に澄み渡るような、そんな声だった。
「こちらから開けよう」
えっと章地とほのかが目をみはる。どうやら異例のことらしい。
襖が開き、藍色の着物を着た男が姿を現した。
やわらかそうな黒髪に、白い肌。けれど高い身長と広い肩幅のせいか、ひ弱な印象はない。二十代後半か三十代前半か、歳はそのくらいだろう。
なんとなくもっと年上を想像していた和妃は、少し意外な気持ちだった。
「お久しぶりです」
「久しぶりね、父さん」
ふたりに対し、「ああ」とだけ応えて、男はじっと和妃を見つめていた。
なんて深い瞳なのだろう。そうやって真正面から瞳を合わせられるのは苦手なのに、全く抵抗がない。
ふと気がつくと、周りが暗くなっていた。けれど、なぜかそれを不思議には思わない。
足元には何もない。暗闇をただふわふわと浮遊しているだけだ。
ああ──。なんて、あたたかいのだろう。
これはこの男の『中』なのだ。それが分かる。暗闇なのに、安堵すら覚える。
どこからか、水の音が聞こえる。さらさら、さらさら、流れている。ぽつりぽつり、どこかに滴る雫の音もする。 ザァッという滝の音が加わり、深々とした水底から沸き上がるぼこぼこという泡の音も旋律に加わった。
この水の音はすべてこの人の中にあるもの。いつもこの人は、この水の音を自分の中に飼っているのだ。だから、こんなにあたたかい。だから人をなつかしい気持ちに、穏やかな気持ちにさせる。
『存在意義』
突如響いた低い声に、和妃はハッとした。
『それがお前を縛っているのか』
頭の芯が急速に冷えていく。
存在意義。そうだ──。
あたしは何のために誰のために、存在しているのだろう。あたしはなぜ、ここにいるのだろう。
『その証はお前が見つけなければならない』
厳しい声音だった。
ふいに現実に戻った。隣に章地とほのかがいる。
ふたりとも不思議そうに和妃と男とを見比べていた。
「すばらしい同調力だ」
男はゆったりと、和妃をそう評した。
突然の床の感触にまだついていけず、ぐらぐらする体を和妃は苦労して支えた。
「同調力?」
章地が重複する。
「それが林和妃の能力ですか?」
「いや。それはただの基本に過ぎない」
「あなた……誰なんですか」
無礼とは思ったが、尋ねずにいられなかった。和妃の質問に男は口元に微笑みを浮かべる。
「あまり多くを話して混乱されては困るから、とりあえず今は名乗るだけにしておこう。私は白宮静という」
「あたしのお父さんよ」
得意そうにほのかが付け足したので、和妃は「それなんですが」と質問を加える。
「さっきからみんなであなたのことお父さん扱いしてますけど……どう見ても、違いますよね」
「血が繋がっている本当の娘は、そこにいるほのかひとりだけだよ」
静の言葉に、ほのかはうなずいて肯定してみせる。それにしたってずいぶん若い父親だ。
「他の子はみんな私の養子だ。だが、血が繋がらなくても子供にかわりない」
みんな、養子。和妃は眉をひそめる。
「──その話は娘のほのかに任せよう。今は他に知りたいことがあるのではないか?」
静の言葉に、和妃は思い出した。
そう、確かに和妃は自分の能力がどんなものか知りたくてここに連れてこられたのだ。
「あなたは分かるんですか、そのことが」
何のためらいもなく、そう尋ねることができた。どこかに確信があったのだが、静がはっきりと頷くのを和妃は見た。
「林和妃。お前の能力は」
穏やかな外見からは想像しがたい朗々とした声で、彼は告げた。
「リアライズ。そして、感情同調による他人の能力の増幅(インクリーズ)」
ぷんとむくれるほのかを「まあまあ」と宥めて、章地は玄関を開ける。
しんとしていた。広い廊下を三人の足音だけがこだまする。
でも息苦しい感じはしない。空気はとても澄んでいた。
ひとつの襖をがらりと開けた章地は、先に入って和妃とほのかを招き入れ、襖を閉める。そこはただの畳の部屋で、更にまた襖で遮られている。
「お父さん、新しい仲間を連れてきました」
襖の向こうに、章地は声をかける。
「入ってもよろしいですか」
「いや」
低くゆったりとした声が、心地よく鼓膜を打った。澄んだ空気が更に澄み渡るような、そんな声だった。
「こちらから開けよう」
えっと章地とほのかが目をみはる。どうやら異例のことらしい。
襖が開き、藍色の着物を着た男が姿を現した。
やわらかそうな黒髪に、白い肌。けれど高い身長と広い肩幅のせいか、ひ弱な印象はない。二十代後半か三十代前半か、歳はそのくらいだろう。
なんとなくもっと年上を想像していた和妃は、少し意外な気持ちだった。
「お久しぶりです」
「久しぶりね、父さん」
ふたりに対し、「ああ」とだけ応えて、男はじっと和妃を見つめていた。
なんて深い瞳なのだろう。そうやって真正面から瞳を合わせられるのは苦手なのに、全く抵抗がない。
ふと気がつくと、周りが暗くなっていた。けれど、なぜかそれを不思議には思わない。
足元には何もない。暗闇をただふわふわと浮遊しているだけだ。
ああ──。なんて、あたたかいのだろう。
これはこの男の『中』なのだ。それが分かる。暗闇なのに、安堵すら覚える。
どこからか、水の音が聞こえる。さらさら、さらさら、流れている。ぽつりぽつり、どこかに滴る雫の音もする。 ザァッという滝の音が加わり、深々とした水底から沸き上がるぼこぼこという泡の音も旋律に加わった。
この水の音はすべてこの人の中にあるもの。いつもこの人は、この水の音を自分の中に飼っているのだ。だから、こんなにあたたかい。だから人をなつかしい気持ちに、穏やかな気持ちにさせる。
『存在意義』
突如響いた低い声に、和妃はハッとした。
『それがお前を縛っているのか』
頭の芯が急速に冷えていく。
存在意義。そうだ──。
あたしは何のために誰のために、存在しているのだろう。あたしはなぜ、ここにいるのだろう。
『その証はお前が見つけなければならない』
厳しい声音だった。
ふいに現実に戻った。隣に章地とほのかがいる。
ふたりとも不思議そうに和妃と男とを見比べていた。
「すばらしい同調力だ」
男はゆったりと、和妃をそう評した。
突然の床の感触にまだついていけず、ぐらぐらする体を和妃は苦労して支えた。
「同調力?」
章地が重複する。
「それが林和妃の能力ですか?」
「いや。それはただの基本に過ぎない」
「あなた……誰なんですか」
無礼とは思ったが、尋ねずにいられなかった。和妃の質問に男は口元に微笑みを浮かべる。
「あまり多くを話して混乱されては困るから、とりあえず今は名乗るだけにしておこう。私は白宮静という」
「あたしのお父さんよ」
得意そうにほのかが付け足したので、和妃は「それなんですが」と質問を加える。
「さっきからみんなであなたのことお父さん扱いしてますけど……どう見ても、違いますよね」
「血が繋がっている本当の娘は、そこにいるほのかひとりだけだよ」
静の言葉に、ほのかはうなずいて肯定してみせる。それにしたってずいぶん若い父親だ。
「他の子はみんな私の養子だ。だが、血が繋がらなくても子供にかわりない」
みんな、養子。和妃は眉をひそめる。
「──その話は娘のほのかに任せよう。今は他に知りたいことがあるのではないか?」
静の言葉に、和妃は思い出した。
そう、確かに和妃は自分の能力がどんなものか知りたくてここに連れてこられたのだ。
「あなたは分かるんですか、そのことが」
何のためらいもなく、そう尋ねることができた。どこかに確信があったのだが、静がはっきりと頷くのを和妃は見た。
「林和妃。お前の能力は」
穏やかな外見からは想像しがたい朗々とした声で、彼は告げた。
「リアライズ。そして、感情同調による他人の能力の増幅(インクリーズ)」
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