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●第八話
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聞き慣れない言葉に、和妃は戸惑う。
章地が唇を開いた。
「お父さん、それは」
一瞬ためらい、触れてはならない、あるいは触れたくないことのように質問した。
「リアライザー、ということですか」
彼の言葉の裏には明かに何らかへの恐れがあった。
「それに他ならない」
冷ややかともとれるように、静は彼の恐れを肯定した。ほのかが息を呑む気配がする。
何ともいえぬ沈黙が、その場を支配した。
章地はどうするか決めかねている節で、ほのかもまた何か暗いものを思い出したようにうつむいている。
「章地」
低く厳しい声色に、はっと章地は顔を上げた。深い色をした瞳と彼の視線とがぶつかる。
「今一度、お前に任せる」
含みのある言い方は、章地に伝わったらしい。そして、ほのかにも。
「あんまりだわっ」
憤った言葉を父親にぶつける。びりびりとそれが伝わってきて、和妃は首をすくめた。けれどその時には、既に章地の中で覚悟が決まっていたのだ。
「了解しました」
戸惑いの色なく、はっきりと彼は受諾した。
静は短く頷き、閉じた部屋の出入り口に向かってある名を呼んだ。
「純也。聞いた通りだ。覚えおくように」
ほのかが襖を開けると、そこにさっきの青年が控えていた。数十分前と裏腹に敬意を込めた瞳で和妃を見据え、深く礼をする。
「奥村純也と申します。先ほどのご無礼、お許しを。以後態度を改めてお仕えいたします」
なんという変わりようだろう。本当に同一人物かと疑いたくなった和妃の背後で、静が命を下す。
「他の者にはまだ報せぬように。どこから『朱』に漏れるか分からない」
その言葉には含みがあったが、和妃を除いた誰もが思い当たった顔をして神妙に頷いた。
「では、ただの増幅ということに」
同意を求めるように、純也は章地を見やる。
「それは構いませんが、ひとつ許可をいただきたい」
強い口調で、章地。
「伊総神也、並びに藤久保望。彼らにも秘密を共有する権利を与えられたい」
この部屋に入ってきたときと、打って変わったように真剣だ。考えることなく、静の承知は早かった。
「彼らには元よりその権利があろう」
「ありがとうございます」
義理の、とはいっても、純也にしろ章地にしろこれが本当に親子の会話なのだろうか。
静の目が再び自分を向いたのを見て、和妃は慌てて姿勢を正す。
「本来ならば選択肢もあるが、お前の能力が『そう』と分かった以上それもなくなった。リアライザーならばいやでも我々と共にいなければならない。我々が──護らねばならない」
静の瞳が限りなく優しくなるのを見て、和妃の肩から力が抜ける。
……厳しくて優しい、なんて人を惹きつける男だろう。
「これからは出入りは自由だ。私の歩くところ全てに入って構わない」
それで彼の言うべきことは終わったようだった。静は章地とほのか、そして純也の顔を順に見て、ひとり納得したように目を伏せて、元来たところへ戻っていった。
襖が閉まると、「では」と純也が口火を切る。
「車を回しておきます。帰りのタクシーは不要です」
一礼して廊下を去っていく。
どっと疲れたといった感じで章地がため息をつき、ほのかを見た。
「帰ろうかね」
「そうね」
ほのかの返答も素っ気無い。
その前に、と和妃を振り返る。
「何か聞きたいことがあるわよね。少しなら今答えられるからどうぞ」
見越されているのは有り難かった。
「よく、分からなかったんですけど……あたしの能力って結局、何なんですか」
「他人の能力を増幅させること。和妃ちゃんにはまず今朝望が言ったとおりに他人の感情に敏感で呑まれちゃうところがあって、それが同調ってことなんだけど、相手が能力者の場合にそれが起きると相手の能力を一時的に増幅させることが出来る」
「意地悪ね」
章地の言葉に、ほのかが眉をしかめる。
「うやむやに出来る問題じゃないんだから、重要なほうからになさいよ」
ふたりのやり取りを見つめる和妃に、章地は肩をすくめてみせる。
「でもそれはおまけみたいなもので、もうひとつの能力のほうが通常は重要視される。リアライズ──英語なんだけど直訳、分かるかな。これは『実現する』という意味なんだが、きみの能力はその字の通り、人の願いを実現することなんだ」
──願いを、実現する?
いまいち腑に落ちないといった感じの和妃を見て、章地はふっと瞳に妖しげな光を浮かべた。
「やってみようか」
危険を感じた時には遅かった。
手首をつかんで引っ張られ、あっという間に章地の胸の中にいた。
馬鹿章地やめなさいっ、というほのかの声が不思議なほど遠くで聞こえる。首をひねって見てみると、自分達の周りを白い半球体が囲っている。
「『願わくば我が切望叶えられんことを』」
低い声が頭上で響く。とたん、強烈な重みがのしかかってきた。のしかかる──肩に背中に腰に手足に。
何? この重いものは何?
あ──。
和妃はあえぐように振り仰ぐ。伏し目がちの章地の視線と近いところでぶつかる。
哀、しみ……。
この重さは章地の哀しみ。体のあちこちから浸透して和妃の芯に辿り着こうとしている。
いやだ。重い。重すぎる。
こんなのは耐えられない。耐えられない──!
その時、和妃の体の芯が燃え上がるように白熱し、爆発した。
章地が唇を開いた。
「お父さん、それは」
一瞬ためらい、触れてはならない、あるいは触れたくないことのように質問した。
「リアライザー、ということですか」
彼の言葉の裏には明かに何らかへの恐れがあった。
「それに他ならない」
冷ややかともとれるように、静は彼の恐れを肯定した。ほのかが息を呑む気配がする。
何ともいえぬ沈黙が、その場を支配した。
章地はどうするか決めかねている節で、ほのかもまた何か暗いものを思い出したようにうつむいている。
「章地」
低く厳しい声色に、はっと章地は顔を上げた。深い色をした瞳と彼の視線とがぶつかる。
「今一度、お前に任せる」
含みのある言い方は、章地に伝わったらしい。そして、ほのかにも。
「あんまりだわっ」
憤った言葉を父親にぶつける。びりびりとそれが伝わってきて、和妃は首をすくめた。けれどその時には、既に章地の中で覚悟が決まっていたのだ。
「了解しました」
戸惑いの色なく、はっきりと彼は受諾した。
静は短く頷き、閉じた部屋の出入り口に向かってある名を呼んだ。
「純也。聞いた通りだ。覚えおくように」
ほのかが襖を開けると、そこにさっきの青年が控えていた。数十分前と裏腹に敬意を込めた瞳で和妃を見据え、深く礼をする。
「奥村純也と申します。先ほどのご無礼、お許しを。以後態度を改めてお仕えいたします」
なんという変わりようだろう。本当に同一人物かと疑いたくなった和妃の背後で、静が命を下す。
「他の者にはまだ報せぬように。どこから『朱』に漏れるか分からない」
その言葉には含みがあったが、和妃を除いた誰もが思い当たった顔をして神妙に頷いた。
「では、ただの増幅ということに」
同意を求めるように、純也は章地を見やる。
「それは構いませんが、ひとつ許可をいただきたい」
強い口調で、章地。
「伊総神也、並びに藤久保望。彼らにも秘密を共有する権利を与えられたい」
この部屋に入ってきたときと、打って変わったように真剣だ。考えることなく、静の承知は早かった。
「彼らには元よりその権利があろう」
「ありがとうございます」
義理の、とはいっても、純也にしろ章地にしろこれが本当に親子の会話なのだろうか。
静の目が再び自分を向いたのを見て、和妃は慌てて姿勢を正す。
「本来ならば選択肢もあるが、お前の能力が『そう』と分かった以上それもなくなった。リアライザーならばいやでも我々と共にいなければならない。我々が──護らねばならない」
静の瞳が限りなく優しくなるのを見て、和妃の肩から力が抜ける。
……厳しくて優しい、なんて人を惹きつける男だろう。
「これからは出入りは自由だ。私の歩くところ全てに入って構わない」
それで彼の言うべきことは終わったようだった。静は章地とほのか、そして純也の顔を順に見て、ひとり納得したように目を伏せて、元来たところへ戻っていった。
襖が閉まると、「では」と純也が口火を切る。
「車を回しておきます。帰りのタクシーは不要です」
一礼して廊下を去っていく。
どっと疲れたといった感じで章地がため息をつき、ほのかを見た。
「帰ろうかね」
「そうね」
ほのかの返答も素っ気無い。
その前に、と和妃を振り返る。
「何か聞きたいことがあるわよね。少しなら今答えられるからどうぞ」
見越されているのは有り難かった。
「よく、分からなかったんですけど……あたしの能力って結局、何なんですか」
「他人の能力を増幅させること。和妃ちゃんにはまず今朝望が言ったとおりに他人の感情に敏感で呑まれちゃうところがあって、それが同調ってことなんだけど、相手が能力者の場合にそれが起きると相手の能力を一時的に増幅させることが出来る」
「意地悪ね」
章地の言葉に、ほのかが眉をしかめる。
「うやむやに出来る問題じゃないんだから、重要なほうからになさいよ」
ふたりのやり取りを見つめる和妃に、章地は肩をすくめてみせる。
「でもそれはおまけみたいなもので、もうひとつの能力のほうが通常は重要視される。リアライズ──英語なんだけど直訳、分かるかな。これは『実現する』という意味なんだが、きみの能力はその字の通り、人の願いを実現することなんだ」
──願いを、実現する?
いまいち腑に落ちないといった感じの和妃を見て、章地はふっと瞳に妖しげな光を浮かべた。
「やってみようか」
危険を感じた時には遅かった。
手首をつかんで引っ張られ、あっという間に章地の胸の中にいた。
馬鹿章地やめなさいっ、というほのかの声が不思議なほど遠くで聞こえる。首をひねって見てみると、自分達の周りを白い半球体が囲っている。
「『願わくば我が切望叶えられんことを』」
低い声が頭上で響く。とたん、強烈な重みがのしかかってきた。のしかかる──肩に背中に腰に手足に。
何? この重いものは何?
あ──。
和妃はあえぐように振り仰ぐ。伏し目がちの章地の視線と近いところでぶつかる。
哀、しみ……。
この重さは章地の哀しみ。体のあちこちから浸透して和妃の芯に辿り着こうとしている。
いやだ。重い。重すぎる。
こんなのは耐えられない。耐えられない──!
その時、和妃の体の芯が燃え上がるように白熱し、爆発した。
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