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●第十話
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***LEVEL.2***
傷ツイタ記憶ハ
イツニナレバ
イヤサレルノダロウ
■第2章 ナギサの記憶
疲労の次にやってきたのは、かつてないほどの空腹感だった。
ほのか達の家に着いてからまた望のベッドにお世話になり、一時間ほど横になってどうにか動けそうだったので、トイレに起きた帰りだった。
たまらない空腹感を覚え、和妃はお腹を押さえてしゃがみこんだ。
「おい。何やってんだよ」
どこかから帰ってきたところらしい神也が、ビニール袋を片手に声をかけた。話しかけるのは不本意というふうに思いっきり不機嫌な顔つきをしていたが、無視は出来なかったらしい。
和妃もまだ恐かったけれど、神也がそうまでして話しかけてきてくれているのだから、と口を開いた。
「あ、お、お腹が……」
「痛いのか?」
痛い、のは確かだったけれど。理由が。
「お腹が、空きすぎて──」
ぐっと何かを堪える音がした。憤りを喉元で押しとどめたのだろう。
神也はビニール袋からサンドイッチを取り出し、和妃の鼻先につっけんどんに突き付けた。
「さっさと食って部屋に戻れよ」
けれど、それに手を出す気にはなれない。そんな和妃にイラついたような、神也。
「なんだよ」
「だ、だって……」
和妃の声は、激しすぎる空腹のために消え入りそうだ。
「こんなに空いてるのにいきなり食べたらどうなるか……」
今度は明らかに神也はキレた。サンドイッチの包み紙をむしり捨て、ふた切れ一緒につかんでしゃがみこみ、和妃の肩をつかんで仰向かせる。
「おれがっ! このおれがっ、お前なんかに本当は話しかけたくもないのにわざわざ声をかけてやってあまつさえおれの夕飯を分けてやろうって言ってんのにっ! 食え! いやでも食わせてやるっ」
「や──」
だ、と言いかけた口に無理矢理突っ込まれる。意に反して口が動いていた。
あっという間に喉の奥に消えていくサンドイッチを見て、神也は顔を上げて大声で呼びかける。
「章地っ! ほのかっ! こんな手のかかる奴ほっといて何やってんだ!?」
「ほのかさんなら」
たった今お風呂から上がってきたところらしい望が、薄茶色の髪から雫を滴らせながら扉を開ける。
「章地と一緒に夕食の買い出しに行ったはずだけど」
そしてうずくまっている和妃を認め、顔色を変えて駆け寄ってきた。
「和妃さん!?」
「腹が減ってるだけだよ」
神也の言葉にホッとする望だが、すぐに自戒するように表情を厳しくした。
ふっと皮肉げな笑みを神也は浮かべる。
「そうだよな。これが空腹じゃなくて何か別の深刻な症状だったら、お前は絶対自分が許せなかったよな」
キッと切れ長の瞳を厳しくし、望は彼を睨みつける。どうやらこの二人は犬猿の仲のようだ。
「ただいまーっ、あら、また火花が散ってる」
玄関に入ってきたほのかのその言葉で、それが証明された。
ほのかは和妃の様子を見て顔色を変える。
「和妃ちゃん、どうしたのっ!?」
「空腹だろう」
予測していたらしい章地が、大量の包み紙やら紙袋やらを抱えて入ってくる。どさっと置いてスーパーの袋を探し当て、中からいろいろ取り出す。その端からぽいぽいと望に放った。
「胃にいいものから食べさせて、歩けるようになったら食卓に連れていくように。その頃にはほのかが栄養のつくものを作ってくれていると思うから」
「任せなさい」
はりきったふうのほのかが、腕まくりして台所に入って行く。
「こんなに食えるのかよ」
望が抱える大量の食物を見て、神也が呆れる。誰がどう見ても多すぎる。
けれどそれには答えず、章地は用を言いつけた。
「この荷物を全部空き部屋に運んでおいてくれ。割れ物もあるから、丁重にな」
「使いっ走りか」、と文句を言いながらも神也は荷物をひとつずつ拾い上げる。
「急がないで、ゆっくり」
つめ込みすぎてむせ返る和妃に、望が缶ジュースを渡してくれる。すごい速さで食物が消えていくのを見ていた望は、「外は寒くなってきたなあ」と上着を脱ぐ章地をちらりと見上げた。
問いかけるようなその眼差しに気付き、彼は視線の主ではなくおにぎりを頬張る和妃の頭をぽんと撫でる。
「望はテレパシストで、人の心を読まないようにと常にコントロールしたままだからストレスもおれ達より溜まる。入浴はね、望がリラックスできる大切な時間なんだ。だから目を離したことを許してやってくれないか」
「そんなことっ」
ご飯の塊をごくんと飲み込み、和妃は慌てて顔を上げる。
「あたしそんな……気にしてなんか……」
「いい子だね和妃ちゃん」
章地はにっこり笑って自室に着替えに行く。
持っていたおにぎりの最後の一口を飲み込んで、足に力を入れてみると、立ち上がることができた。望が支えながら食卓に案内してくれる。
歩くことは出来たが、空腹はまだおさまらない。
「まずはスープね」
とん、と美味しそうに湯気の立ったコーンスープをほのかが置く。
「作ったもの片っ端から持ってくるから、どんどん食べてちょうだい」
「す、すみません」
いきなり大食漢になってしまって申し訳がなく、和妃は縮こまる。
静のところから戻った時、章地に、
「エネルギーを大量に消費したから、あとですごくお腹が空くよ。そうしたらもう補給に徹しなきゃならない。いいね」
と言われてはいたが、これほどとは。
次々と出来上がる料理を、着替えてきた章地が運ぶ。どこに食べたものが消えていくのか不思議になるくらい大量の料理を食べ尽くすと、ようやく和妃はお腹がいっぱいになった。
その間にほのか達も夕食を摂ったのだが、彼ら全員が食べた分の軽く倍を、和妃は食べていた。
傷ツイタ記憶ハ
イツニナレバ
イヤサレルノダロウ
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疲労の次にやってきたのは、かつてないほどの空腹感だった。
ほのか達の家に着いてからまた望のベッドにお世話になり、一時間ほど横になってどうにか動けそうだったので、トイレに起きた帰りだった。
たまらない空腹感を覚え、和妃はお腹を押さえてしゃがみこんだ。
「おい。何やってんだよ」
どこかから帰ってきたところらしい神也が、ビニール袋を片手に声をかけた。話しかけるのは不本意というふうに思いっきり不機嫌な顔つきをしていたが、無視は出来なかったらしい。
和妃もまだ恐かったけれど、神也がそうまでして話しかけてきてくれているのだから、と口を開いた。
「あ、お、お腹が……」
「痛いのか?」
痛い、のは確かだったけれど。理由が。
「お腹が、空きすぎて──」
ぐっと何かを堪える音がした。憤りを喉元で押しとどめたのだろう。
神也はビニール袋からサンドイッチを取り出し、和妃の鼻先につっけんどんに突き付けた。
「さっさと食って部屋に戻れよ」
けれど、それに手を出す気にはなれない。そんな和妃にイラついたような、神也。
「なんだよ」
「だ、だって……」
和妃の声は、激しすぎる空腹のために消え入りそうだ。
「こんなに空いてるのにいきなり食べたらどうなるか……」
今度は明らかに神也はキレた。サンドイッチの包み紙をむしり捨て、ふた切れ一緒につかんでしゃがみこみ、和妃の肩をつかんで仰向かせる。
「おれがっ! このおれがっ、お前なんかに本当は話しかけたくもないのにわざわざ声をかけてやってあまつさえおれの夕飯を分けてやろうって言ってんのにっ! 食え! いやでも食わせてやるっ」
「や──」
だ、と言いかけた口に無理矢理突っ込まれる。意に反して口が動いていた。
あっという間に喉の奥に消えていくサンドイッチを見て、神也は顔を上げて大声で呼びかける。
「章地っ! ほのかっ! こんな手のかかる奴ほっといて何やってんだ!?」
「ほのかさんなら」
たった今お風呂から上がってきたところらしい望が、薄茶色の髪から雫を滴らせながら扉を開ける。
「章地と一緒に夕食の買い出しに行ったはずだけど」
そしてうずくまっている和妃を認め、顔色を変えて駆け寄ってきた。
「和妃さん!?」
「腹が減ってるだけだよ」
神也の言葉にホッとする望だが、すぐに自戒するように表情を厳しくした。
ふっと皮肉げな笑みを神也は浮かべる。
「そうだよな。これが空腹じゃなくて何か別の深刻な症状だったら、お前は絶対自分が許せなかったよな」
キッと切れ長の瞳を厳しくし、望は彼を睨みつける。どうやらこの二人は犬猿の仲のようだ。
「ただいまーっ、あら、また火花が散ってる」
玄関に入ってきたほのかのその言葉で、それが証明された。
ほのかは和妃の様子を見て顔色を変える。
「和妃ちゃん、どうしたのっ!?」
「空腹だろう」
予測していたらしい章地が、大量の包み紙やら紙袋やらを抱えて入ってくる。どさっと置いてスーパーの袋を探し当て、中からいろいろ取り出す。その端からぽいぽいと望に放った。
「胃にいいものから食べさせて、歩けるようになったら食卓に連れていくように。その頃にはほのかが栄養のつくものを作ってくれていると思うから」
「任せなさい」
はりきったふうのほのかが、腕まくりして台所に入って行く。
「こんなに食えるのかよ」
望が抱える大量の食物を見て、神也が呆れる。誰がどう見ても多すぎる。
けれどそれには答えず、章地は用を言いつけた。
「この荷物を全部空き部屋に運んでおいてくれ。割れ物もあるから、丁重にな」
「使いっ走りか」、と文句を言いながらも神也は荷物をひとつずつ拾い上げる。
「急がないで、ゆっくり」
つめ込みすぎてむせ返る和妃に、望が缶ジュースを渡してくれる。すごい速さで食物が消えていくのを見ていた望は、「外は寒くなってきたなあ」と上着を脱ぐ章地をちらりと見上げた。
問いかけるようなその眼差しに気付き、彼は視線の主ではなくおにぎりを頬張る和妃の頭をぽんと撫でる。
「望はテレパシストで、人の心を読まないようにと常にコントロールしたままだからストレスもおれ達より溜まる。入浴はね、望がリラックスできる大切な時間なんだ。だから目を離したことを許してやってくれないか」
「そんなことっ」
ご飯の塊をごくんと飲み込み、和妃は慌てて顔を上げる。
「あたしそんな……気にしてなんか……」
「いい子だね和妃ちゃん」
章地はにっこり笑って自室に着替えに行く。
持っていたおにぎりの最後の一口を飲み込んで、足に力を入れてみると、立ち上がることができた。望が支えながら食卓に案内してくれる。
歩くことは出来たが、空腹はまだおさまらない。
「まずはスープね」
とん、と美味しそうに湯気の立ったコーンスープをほのかが置く。
「作ったもの片っ端から持ってくるから、どんどん食べてちょうだい」
「す、すみません」
いきなり大食漢になってしまって申し訳がなく、和妃は縮こまる。
静のところから戻った時、章地に、
「エネルギーを大量に消費したから、あとですごくお腹が空くよ。そうしたらもう補給に徹しなきゃならない。いいね」
と言われてはいたが、これほどとは。
次々と出来上がる料理を、着替えてきた章地が運ぶ。どこに食べたものが消えていくのか不思議になるくらい大量の料理を食べ尽くすと、ようやく和妃はお腹がいっぱいになった。
その間にほのか達も夕食を摂ったのだが、彼ら全員が食べた分の軽く倍を、和妃は食べていた。
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