REALIZER

希彗まゆ

文字の大きさ
10 / 15

●第十話

しおりを挟む
***LEVEL.2***


 傷ツイタ記憶ハ

 イツニナレバ

 イヤサレルノダロウ


■第2章 ナギサの記憶


 疲労の次にやってきたのは、かつてないほどの空腹感だった。

 ほのか達の家に着いてからまた望のベッドにお世話になり、一時間ほど横になってどうにか動けそうだったので、トイレに起きた帰りだった。

 たまらない空腹感を覚え、和妃はお腹を押さえてしゃがみこんだ。

「おい。何やってんだよ」

 どこかから帰ってきたところらしい神也が、ビニール袋を片手に声をかけた。話しかけるのは不本意というふうに思いっきり不機嫌な顔つきをしていたが、無視は出来なかったらしい。

 和妃もまだ恐かったけれど、神也がそうまでして話しかけてきてくれているのだから、と口を開いた。

「あ、お、お腹が……」

「痛いのか?」

 痛い、のは確かだったけれど。理由が。

「お腹が、空きすぎて──」

 ぐっと何かを堪える音がした。憤りを喉元で押しとどめたのだろう。

 神也はビニール袋からサンドイッチを取り出し、和妃の鼻先につっけんどんに突き付けた。

「さっさと食って部屋に戻れよ」

 けれど、それに手を出す気にはなれない。そんな和妃にイラついたような、神也。

「なんだよ」

「だ、だって……」

 和妃の声は、激しすぎる空腹のために消え入りそうだ。

「こんなに空いてるのにいきなり食べたらどうなるか……」

 今度は明らかに神也はキレた。サンドイッチの包み紙をむしり捨て、ふた切れ一緒につかんでしゃがみこみ、和妃の肩をつかんで仰向かせる。

「おれがっ! このおれがっ、お前なんかに本当は話しかけたくもないのにわざわざ声をかけてやってあまつさえおれの夕飯を分けてやろうって言ってんのにっ! 食え! いやでも食わせてやるっ」

「や──」

 だ、と言いかけた口に無理矢理突っ込まれる。意に反して口が動いていた。

 あっという間に喉の奥に消えていくサンドイッチを見て、神也は顔を上げて大声で呼びかける。

「章地っ! ほのかっ! こんな手のかかる奴ほっといて何やってんだ!?」
「ほのかさんなら」

 たった今お風呂から上がってきたところらしい望が、薄茶色の髪から雫を滴らせながら扉を開ける。

「章地と一緒に夕食の買い出しに行ったはずだけど」

 そしてうずくまっている和妃を認め、顔色を変えて駆け寄ってきた。

「和妃さん!?」

「腹が減ってるだけだよ」

 神也の言葉にホッとする望だが、すぐに自戒するように表情を厳しくした。

 ふっと皮肉げな笑みを神也は浮かべる。

「そうだよな。これが空腹じゃなくて何か別の深刻な症状だったら、お前は絶対自分が許せなかったよな」

 キッと切れ長の瞳を厳しくし、望は彼を睨みつける。どうやらこの二人は犬猿の仲のようだ。

「ただいまーっ、あら、また火花が散ってる」

 玄関に入ってきたほのかのその言葉で、それが証明された。

 ほのかは和妃の様子を見て顔色を変える。

「和妃ちゃん、どうしたのっ!?」

「空腹だろう」

 予測していたらしい章地が、大量の包み紙やら紙袋やらを抱えて入ってくる。どさっと置いてスーパーの袋を探し当て、中からいろいろ取り出す。その端からぽいぽいと望に放った。

「胃にいいものから食べさせて、歩けるようになったら食卓に連れていくように。その頃にはほのかが栄養のつくものを作ってくれていると思うから」

「任せなさい」

 はりきったふうのほのかが、腕まくりして台所に入って行く。

「こんなに食えるのかよ」

 望が抱える大量の食物を見て、神也が呆れる。誰がどう見ても多すぎる。

 けれどそれには答えず、章地は用を言いつけた。

「この荷物を全部空き部屋に運んでおいてくれ。割れ物もあるから、丁重にな」

「使いっ走りか」、と文句を言いながらも神也は荷物をひとつずつ拾い上げる。

「急がないで、ゆっくり」

 つめ込みすぎてむせ返る和妃に、望が缶ジュースを渡してくれる。すごい速さで食物が消えていくのを見ていた望は、「外は寒くなってきたなあ」と上着を脱ぐ章地をちらりと見上げた。

 問いかけるようなその眼差しに気付き、彼は視線の主ではなくおにぎりを頬張る和妃の頭をぽんと撫でる。

「望はテレパシストで、人の心を読まないようにと常にコントロールしたままだからストレスもおれ達より溜まる。入浴はね、望がリラックスできる大切な時間なんだ。だから目を離したことを許してやってくれないか」

「そんなことっ」

 ご飯の塊をごくんと飲み込み、和妃は慌てて顔を上げる。

「あたしそんな……気にしてなんか……」

「いい子だね和妃ちゃん」

 章地はにっこり笑って自室に着替えに行く。

 持っていたおにぎりの最後の一口を飲み込んで、足に力を入れてみると、立ち上がることができた。望が支えながら食卓に案内してくれる。

 歩くことは出来たが、空腹はまだおさまらない。

「まずはスープね」

 とん、と美味しそうに湯気の立ったコーンスープをほのかが置く。

「作ったもの片っ端から持ってくるから、どんどん食べてちょうだい」

「す、すみません」

 いきなり大食漢になってしまって申し訳がなく、和妃は縮こまる。

 静のところから戻った時、章地に、

「エネルギーを大量に消費したから、あとですごくお腹が空くよ。そうしたらもう補給に徹しなきゃならない。いいね」

 と言われてはいたが、これほどとは。

 次々と出来上がる料理を、着替えてきた章地が運ぶ。どこに食べたものが消えていくのか不思議になるくらい大量の料理を食べ尽くすと、ようやく和妃はお腹がいっぱいになった。

 その間にほのか達も夕食を摂ったのだが、彼ら全員が食べた分の軽く倍を、和妃は食べていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

6年前の私へ~その6年は無駄になる~

夏見颯一
恋愛
モルディス侯爵家に嫁いだウィニアは帰ってこない夫・フォレートを待っていた。6年も経ってからようやく帰ってきたフォレートは、妻と子供を連れていた。 テンプレものです。テンプレから脱却はしておりません。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...