12 / 15
●第十二話
しおりを挟む
二階の望の隣の部屋が空いていたので、和妃の部屋はそこになった。
ベッドはまだ入れていないからとりあえずこれで、と章地が持って来た布団を敷いて、その夜は驚くほどぐっすり眠った。体験したことがないことばかりで、体力的にも疲れていたのに違いない。
翌朝、ほのかが買ってきてくれていた服に着替え、食卓に降りていった時にはもう九時近かった。
「よく眠れたようだね」
テーブルに肘をつき、のんびりとコーヒーを飲みながら章地が微笑みかけてくる。
「おはよう」
今日は早々と髪を洗ったらしい望が、隣の居間からタオルを使いながら声をかける。
「……おはよう、ございます」
赤くなりながら、和妃は挨拶を返す。
改めて思うが、ふたりとも類い稀に美しいのだ。
「おはよう和妃ちゃん! その服似合ってるわよっ」
ぽんと背中を叩かれて振り向くと、片手にトレイを持ったほのかが笑いかけた。きらきらと周りに光が舞い散る幻覚が見えるほど、彼女も綺麗だ。
今日は絶対、鏡は見ないでおこう。
かたく心に誓い、望にすすめられた席に着く。用意されていた朝食を食べ終わると──勿論今日は通常どおりの量だった──和妃は尋ねた。
「あの、……神也くんは」
すると章地がため息混じりにコーヒーカップを取り上げた。
「まだ帰ってこないよ。何かあればおれが分かるし、今のところその気配もないし、心配はない」
「……そうですか」
何となく自分のせいのような気がして、和妃はうつむいた。
タオルで髪の毛を拭きながら望が隣の席に座る。ちらりと横目で優しい視線を向けてきた。
「あまり気にしないように」
口にしなかった望の言葉を、代わりに章地が言う。
ほのかが焼いたクッキーが皿に山盛りになって登場し、「さて」と彼女は席に着いた。
「始めましょうか、お茶会」
「兼、説明会」
望が付け加える。
分かってるわよ、とほのかは和妃を見る。
「分からなかったことがあったら、途中で聞くから質問してちょうだいね。……いいかしら」
和妃が頷くのを見て、ほのかは話し出した。
「あたし達自身のことを話す前に、あたしの……ううん、あたし達の、と言うべきね、父さんの話をしなければならないわ。父さんは若くして博士って呼ばれるほど実力を持っていたんだけど、大学で知り合った恩師が生物学研究所の所長をやっていて、父さんはそこで親友と一緒にただの研究員として働いていたの。その生物学研究所というのは本当は表向きでね、実のところはESP研究所の日本支部だったわけなんだけど、その研究所は寂れたところにあって、人には知られてなかったの。日本支部とはいっても規模が小さかったから他の支部からも馬鹿にされて相手にされていなくて。はっきり言えば放っておかれてたのよね。
北海道で敷地はけっこうあったんだけど、日本支部が集めた能力者達だけが住む小さな村みたいなものが作られてたの。母さんはもういなかったから、あたしは父さんと一緒にそこで能力者達と暮らしてた。
父さんの親友は朱峨忍武といって、彼はちょっと特殊な人だったわ。自分の願望のためならばどんな犠牲も厭わないっていう、そんな危険思想を持ってた。彼はある日、願望の第一段階として研究所の所長を殺したの、そして組織から完全に離反した。それが全てのきっかけだったわ」
ここまでで質問は、とほのかに尋ねられて、和妃はかぶりを振る。とりあえず続きを聞いておきたい。
「……進めるわね。
父さんはあたし達のことを考えて、そこにはもういられないと判断して、自分が管轄していた能力者達だけを連れてそこを出たの。無論それは朱峨には報せずに、彼が留守の間に実行した。この鎌倉の土地まで逃げてきて、あの山奥に家を建ててみんなを家族として全員をそこで住まわせたの。その中には章地も神也も望も、みんないたわ。
奥村純也、昨日彼に会ったわよね。彼は幻使い(ファントマ)で、あの時見た竹薮のように色々幻影を見せて侵入者を防いでくれてるんだけど。
朱峨は父さんを追ってきて、それから争いが始まったの。朱峨は自分に残された能力者を使って攻撃して、父さんはそれを迎え撃った。朱峨の願望、それにはどうしても父さんの能力が必要だったから、彼は父さんをあきらめるわけにはいかなかったの」
「能力?」
初めて口を挟んだ和妃に、ほのかは頷いてみせる。
「父さんはノアという能力を持っているの。具体的には日本語で言うと千里眼、ていうのが一番しっくりくるわね。何でも『見える』人なの。どこで何が起きているのかとか、人の心とか。もしかしたら先のことまで見えているのかもしれない。自分でコントロール出来なくて見えないこともいっぱいあるそうなんだけど、それでも朱峨は父さんを欲しがってるのよ。自分の復讐のためにね」
復讐なんて、穏やかではない。
眉をひそめる和妃に、ほのかは付け加える。
「朱峨の家庭ってけっこうややこしくて、母親が大物政治家の愛人だったのよ。愛人って言ったら聞こえが悪いけど、当時マスコミにすごく取り上げられてたわ。その政治家ってのもまたいやな奴だったらしいけど、とにかく彼と周りの人間を社会的に抹殺しようってのが朱峨の言う復讐なの。もう日本の政界自体をめちゃめちゃにしたいのかもしれないわ、政治家に対するあの憎み方って普通じゃないもの」
ほのか自身も、朱峨忍武という男に何度も会っているらしい。
ばかばかしいと言ってしまえばそれまでだが、けれどほのかの真剣な口調が、それが笑い飛ばすことが出来ないほど重大なことだと伝えている。
ベッドはまだ入れていないからとりあえずこれで、と章地が持って来た布団を敷いて、その夜は驚くほどぐっすり眠った。体験したことがないことばかりで、体力的にも疲れていたのに違いない。
翌朝、ほのかが買ってきてくれていた服に着替え、食卓に降りていった時にはもう九時近かった。
「よく眠れたようだね」
テーブルに肘をつき、のんびりとコーヒーを飲みながら章地が微笑みかけてくる。
「おはよう」
今日は早々と髪を洗ったらしい望が、隣の居間からタオルを使いながら声をかける。
「……おはよう、ございます」
赤くなりながら、和妃は挨拶を返す。
改めて思うが、ふたりとも類い稀に美しいのだ。
「おはよう和妃ちゃん! その服似合ってるわよっ」
ぽんと背中を叩かれて振り向くと、片手にトレイを持ったほのかが笑いかけた。きらきらと周りに光が舞い散る幻覚が見えるほど、彼女も綺麗だ。
今日は絶対、鏡は見ないでおこう。
かたく心に誓い、望にすすめられた席に着く。用意されていた朝食を食べ終わると──勿論今日は通常どおりの量だった──和妃は尋ねた。
「あの、……神也くんは」
すると章地がため息混じりにコーヒーカップを取り上げた。
「まだ帰ってこないよ。何かあればおれが分かるし、今のところその気配もないし、心配はない」
「……そうですか」
何となく自分のせいのような気がして、和妃はうつむいた。
タオルで髪の毛を拭きながら望が隣の席に座る。ちらりと横目で優しい視線を向けてきた。
「あまり気にしないように」
口にしなかった望の言葉を、代わりに章地が言う。
ほのかが焼いたクッキーが皿に山盛りになって登場し、「さて」と彼女は席に着いた。
「始めましょうか、お茶会」
「兼、説明会」
望が付け加える。
分かってるわよ、とほのかは和妃を見る。
「分からなかったことがあったら、途中で聞くから質問してちょうだいね。……いいかしら」
和妃が頷くのを見て、ほのかは話し出した。
「あたし達自身のことを話す前に、あたしの……ううん、あたし達の、と言うべきね、父さんの話をしなければならないわ。父さんは若くして博士って呼ばれるほど実力を持っていたんだけど、大学で知り合った恩師が生物学研究所の所長をやっていて、父さんはそこで親友と一緒にただの研究員として働いていたの。その生物学研究所というのは本当は表向きでね、実のところはESP研究所の日本支部だったわけなんだけど、その研究所は寂れたところにあって、人には知られてなかったの。日本支部とはいっても規模が小さかったから他の支部からも馬鹿にされて相手にされていなくて。はっきり言えば放っておかれてたのよね。
北海道で敷地はけっこうあったんだけど、日本支部が集めた能力者達だけが住む小さな村みたいなものが作られてたの。母さんはもういなかったから、あたしは父さんと一緒にそこで能力者達と暮らしてた。
父さんの親友は朱峨忍武といって、彼はちょっと特殊な人だったわ。自分の願望のためならばどんな犠牲も厭わないっていう、そんな危険思想を持ってた。彼はある日、願望の第一段階として研究所の所長を殺したの、そして組織から完全に離反した。それが全てのきっかけだったわ」
ここまでで質問は、とほのかに尋ねられて、和妃はかぶりを振る。とりあえず続きを聞いておきたい。
「……進めるわね。
父さんはあたし達のことを考えて、そこにはもういられないと判断して、自分が管轄していた能力者達だけを連れてそこを出たの。無論それは朱峨には報せずに、彼が留守の間に実行した。この鎌倉の土地まで逃げてきて、あの山奥に家を建ててみんなを家族として全員をそこで住まわせたの。その中には章地も神也も望も、みんないたわ。
奥村純也、昨日彼に会ったわよね。彼は幻使い(ファントマ)で、あの時見た竹薮のように色々幻影を見せて侵入者を防いでくれてるんだけど。
朱峨は父さんを追ってきて、それから争いが始まったの。朱峨は自分に残された能力者を使って攻撃して、父さんはそれを迎え撃った。朱峨の願望、それにはどうしても父さんの能力が必要だったから、彼は父さんをあきらめるわけにはいかなかったの」
「能力?」
初めて口を挟んだ和妃に、ほのかは頷いてみせる。
「父さんはノアという能力を持っているの。具体的には日本語で言うと千里眼、ていうのが一番しっくりくるわね。何でも『見える』人なの。どこで何が起きているのかとか、人の心とか。もしかしたら先のことまで見えているのかもしれない。自分でコントロール出来なくて見えないこともいっぱいあるそうなんだけど、それでも朱峨は父さんを欲しがってるのよ。自分の復讐のためにね」
復讐なんて、穏やかではない。
眉をひそめる和妃に、ほのかは付け加える。
「朱峨の家庭ってけっこうややこしくて、母親が大物政治家の愛人だったのよ。愛人って言ったら聞こえが悪いけど、当時マスコミにすごく取り上げられてたわ。その政治家ってのもまたいやな奴だったらしいけど、とにかく彼と周りの人間を社会的に抹殺しようってのが朱峨の言う復讐なの。もう日本の政界自体をめちゃめちゃにしたいのかもしれないわ、政治家に対するあの憎み方って普通じゃないもの」
ほのか自身も、朱峨忍武という男に何度も会っているらしい。
ばかばかしいと言ってしまえばそれまでだが、けれどほのかの真剣な口調が、それが笑い飛ばすことが出来ないほど重大なことだと伝えている。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
6年前の私へ~その6年は無駄になる~
夏見颯一
恋愛
モルディス侯爵家に嫁いだウィニアは帰ってこない夫・フォレートを待っていた。6年も経ってからようやく帰ってきたフォレートは、妻と子供を連れていた。
テンプレものです。テンプレから脱却はしておりません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる