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●第十二話
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二階の望の隣の部屋が空いていたので、和妃の部屋はそこになった。
ベッドはまだ入れていないからとりあえずこれで、と章地が持って来た布団を敷いて、その夜は驚くほどぐっすり眠った。体験したことがないことばかりで、体力的にも疲れていたのに違いない。
翌朝、ほのかが買ってきてくれていた服に着替え、食卓に降りていった時にはもう九時近かった。
「よく眠れたようだね」
テーブルに肘をつき、のんびりとコーヒーを飲みながら章地が微笑みかけてくる。
「おはよう」
今日は早々と髪を洗ったらしい望が、隣の居間からタオルを使いながら声をかける。
「……おはよう、ございます」
赤くなりながら、和妃は挨拶を返す。
改めて思うが、ふたりとも類い稀に美しいのだ。
「おはよう和妃ちゃん! その服似合ってるわよっ」
ぽんと背中を叩かれて振り向くと、片手にトレイを持ったほのかが笑いかけた。きらきらと周りに光が舞い散る幻覚が見えるほど、彼女も綺麗だ。
今日は絶対、鏡は見ないでおこう。
かたく心に誓い、望にすすめられた席に着く。用意されていた朝食を食べ終わると──勿論今日は通常どおりの量だった──和妃は尋ねた。
「あの、……神也くんは」
すると章地がため息混じりにコーヒーカップを取り上げた。
「まだ帰ってこないよ。何かあればおれが分かるし、今のところその気配もないし、心配はない」
「……そうですか」
何となく自分のせいのような気がして、和妃はうつむいた。
タオルで髪の毛を拭きながら望が隣の席に座る。ちらりと横目で優しい視線を向けてきた。
「あまり気にしないように」
口にしなかった望の言葉を、代わりに章地が言う。
ほのかが焼いたクッキーが皿に山盛りになって登場し、「さて」と彼女は席に着いた。
「始めましょうか、お茶会」
「兼、説明会」
望が付け加える。
分かってるわよ、とほのかは和妃を見る。
「分からなかったことがあったら、途中で聞くから質問してちょうだいね。……いいかしら」
和妃が頷くのを見て、ほのかは話し出した。
「あたし達自身のことを話す前に、あたしの……ううん、あたし達の、と言うべきね、父さんの話をしなければならないわ。父さんは若くして博士って呼ばれるほど実力を持っていたんだけど、大学で知り合った恩師が生物学研究所の所長をやっていて、父さんはそこで親友と一緒にただの研究員として働いていたの。その生物学研究所というのは本当は表向きでね、実のところはESP研究所の日本支部だったわけなんだけど、その研究所は寂れたところにあって、人には知られてなかったの。日本支部とはいっても規模が小さかったから他の支部からも馬鹿にされて相手にされていなくて。はっきり言えば放っておかれてたのよね。
北海道で敷地はけっこうあったんだけど、日本支部が集めた能力者達だけが住む小さな村みたいなものが作られてたの。母さんはもういなかったから、あたしは父さんと一緒にそこで能力者達と暮らしてた。
父さんの親友は朱峨忍武といって、彼はちょっと特殊な人だったわ。自分の願望のためならばどんな犠牲も厭わないっていう、そんな危険思想を持ってた。彼はある日、願望の第一段階として研究所の所長を殺したの、そして組織から完全に離反した。それが全てのきっかけだったわ」
ここまでで質問は、とほのかに尋ねられて、和妃はかぶりを振る。とりあえず続きを聞いておきたい。
「……進めるわね。
父さんはあたし達のことを考えて、そこにはもういられないと判断して、自分が管轄していた能力者達だけを連れてそこを出たの。無論それは朱峨には報せずに、彼が留守の間に実行した。この鎌倉の土地まで逃げてきて、あの山奥に家を建ててみんなを家族として全員をそこで住まわせたの。その中には章地も神也も望も、みんないたわ。
奥村純也、昨日彼に会ったわよね。彼は幻使い(ファントマ)で、あの時見た竹薮のように色々幻影を見せて侵入者を防いでくれてるんだけど。
朱峨は父さんを追ってきて、それから争いが始まったの。朱峨は自分に残された能力者を使って攻撃して、父さんはそれを迎え撃った。朱峨の願望、それにはどうしても父さんの能力が必要だったから、彼は父さんをあきらめるわけにはいかなかったの」
「能力?」
初めて口を挟んだ和妃に、ほのかは頷いてみせる。
「父さんはノアという能力を持っているの。具体的には日本語で言うと千里眼、ていうのが一番しっくりくるわね。何でも『見える』人なの。どこで何が起きているのかとか、人の心とか。もしかしたら先のことまで見えているのかもしれない。自分でコントロール出来なくて見えないこともいっぱいあるそうなんだけど、それでも朱峨は父さんを欲しがってるのよ。自分の復讐のためにね」
復讐なんて、穏やかではない。
眉をひそめる和妃に、ほのかは付け加える。
「朱峨の家庭ってけっこうややこしくて、母親が大物政治家の愛人だったのよ。愛人って言ったら聞こえが悪いけど、当時マスコミにすごく取り上げられてたわ。その政治家ってのもまたいやな奴だったらしいけど、とにかく彼と周りの人間を社会的に抹殺しようってのが朱峨の言う復讐なの。もう日本の政界自体をめちゃめちゃにしたいのかもしれないわ、政治家に対するあの憎み方って普通じゃないもの」
ほのか自身も、朱峨忍武という男に何度も会っているらしい。
ばかばかしいと言ってしまえばそれまでだが、けれどほのかの真剣な口調が、それが笑い飛ばすことが出来ないほど重大なことだと伝えている。
ベッドはまだ入れていないからとりあえずこれで、と章地が持って来た布団を敷いて、その夜は驚くほどぐっすり眠った。体験したことがないことばかりで、体力的にも疲れていたのに違いない。
翌朝、ほのかが買ってきてくれていた服に着替え、食卓に降りていった時にはもう九時近かった。
「よく眠れたようだね」
テーブルに肘をつき、のんびりとコーヒーを飲みながら章地が微笑みかけてくる。
「おはよう」
今日は早々と髪を洗ったらしい望が、隣の居間からタオルを使いながら声をかける。
「……おはよう、ございます」
赤くなりながら、和妃は挨拶を返す。
改めて思うが、ふたりとも類い稀に美しいのだ。
「おはよう和妃ちゃん! その服似合ってるわよっ」
ぽんと背中を叩かれて振り向くと、片手にトレイを持ったほのかが笑いかけた。きらきらと周りに光が舞い散る幻覚が見えるほど、彼女も綺麗だ。
今日は絶対、鏡は見ないでおこう。
かたく心に誓い、望にすすめられた席に着く。用意されていた朝食を食べ終わると──勿論今日は通常どおりの量だった──和妃は尋ねた。
「あの、……神也くんは」
すると章地がため息混じりにコーヒーカップを取り上げた。
「まだ帰ってこないよ。何かあればおれが分かるし、今のところその気配もないし、心配はない」
「……そうですか」
何となく自分のせいのような気がして、和妃はうつむいた。
タオルで髪の毛を拭きながら望が隣の席に座る。ちらりと横目で優しい視線を向けてきた。
「あまり気にしないように」
口にしなかった望の言葉を、代わりに章地が言う。
ほのかが焼いたクッキーが皿に山盛りになって登場し、「さて」と彼女は席に着いた。
「始めましょうか、お茶会」
「兼、説明会」
望が付け加える。
分かってるわよ、とほのかは和妃を見る。
「分からなかったことがあったら、途中で聞くから質問してちょうだいね。……いいかしら」
和妃が頷くのを見て、ほのかは話し出した。
「あたし達自身のことを話す前に、あたしの……ううん、あたし達の、と言うべきね、父さんの話をしなければならないわ。父さんは若くして博士って呼ばれるほど実力を持っていたんだけど、大学で知り合った恩師が生物学研究所の所長をやっていて、父さんはそこで親友と一緒にただの研究員として働いていたの。その生物学研究所というのは本当は表向きでね、実のところはESP研究所の日本支部だったわけなんだけど、その研究所は寂れたところにあって、人には知られてなかったの。日本支部とはいっても規模が小さかったから他の支部からも馬鹿にされて相手にされていなくて。はっきり言えば放っておかれてたのよね。
北海道で敷地はけっこうあったんだけど、日本支部が集めた能力者達だけが住む小さな村みたいなものが作られてたの。母さんはもういなかったから、あたしは父さんと一緒にそこで能力者達と暮らしてた。
父さんの親友は朱峨忍武といって、彼はちょっと特殊な人だったわ。自分の願望のためならばどんな犠牲も厭わないっていう、そんな危険思想を持ってた。彼はある日、願望の第一段階として研究所の所長を殺したの、そして組織から完全に離反した。それが全てのきっかけだったわ」
ここまでで質問は、とほのかに尋ねられて、和妃はかぶりを振る。とりあえず続きを聞いておきたい。
「……進めるわね。
父さんはあたし達のことを考えて、そこにはもういられないと判断して、自分が管轄していた能力者達だけを連れてそこを出たの。無論それは朱峨には報せずに、彼が留守の間に実行した。この鎌倉の土地まで逃げてきて、あの山奥に家を建ててみんなを家族として全員をそこで住まわせたの。その中には章地も神也も望も、みんないたわ。
奥村純也、昨日彼に会ったわよね。彼は幻使い(ファントマ)で、あの時見た竹薮のように色々幻影を見せて侵入者を防いでくれてるんだけど。
朱峨は父さんを追ってきて、それから争いが始まったの。朱峨は自分に残された能力者を使って攻撃して、父さんはそれを迎え撃った。朱峨の願望、それにはどうしても父さんの能力が必要だったから、彼は父さんをあきらめるわけにはいかなかったの」
「能力?」
初めて口を挟んだ和妃に、ほのかは頷いてみせる。
「父さんはノアという能力を持っているの。具体的には日本語で言うと千里眼、ていうのが一番しっくりくるわね。何でも『見える』人なの。どこで何が起きているのかとか、人の心とか。もしかしたら先のことまで見えているのかもしれない。自分でコントロール出来なくて見えないこともいっぱいあるそうなんだけど、それでも朱峨は父さんを欲しがってるのよ。自分の復讐のためにね」
復讐なんて、穏やかではない。
眉をひそめる和妃に、ほのかは付け加える。
「朱峨の家庭ってけっこうややこしくて、母親が大物政治家の愛人だったのよ。愛人って言ったら聞こえが悪いけど、当時マスコミにすごく取り上げられてたわ。その政治家ってのもまたいやな奴だったらしいけど、とにかく彼と周りの人間を社会的に抹殺しようってのが朱峨の言う復讐なの。もう日本の政界自体をめちゃめちゃにしたいのかもしれないわ、政治家に対するあの憎み方って普通じゃないもの」
ほのか自身も、朱峨忍武という男に何度も会っているらしい。
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