18 / 59
花火と風邪
しおりを挟む翌日、架鞍くんとのことがあったおかげで、わたしは格段に機嫌がよかった。その夜のご飯は大好物のちらし寿司だったから、なおさらだ。
「ごちそうさま! ちらし寿司美味しかった~!」
「喜んでもらえて嬉しいな~、お礼のキスは?」
すかさずタラシのような言葉を投げかけてくる霞は、スルーして立ち上がる。
「さー、お風呂でもはいろっかな」
「霞も懲りないね」
架鞍くんが相変わらず雑誌を眺めながら言う。それでも霞はめげない。
「苺ちゃん、キスのかわりにお風呂の前にいいことしない?」
「霞の【いいこと】って信用できない」
「これ、な~んだ」
霞は、花火セットを取り出してみせる。様々な花火が入った、豪華なセットだった。
「はなび!!」
たぶん今、わたしの目はキラキラ輝いているだろう。そんなわたしを見て、霞は言う。
「昨日、結局雨で花火中止になっちゃっただろ? だから、せめて庭でみんなでやろうかなって思ってさっき買ってきたんだ」
「【みんな】で?」
だるそうに言う架鞍くんと、
「俺は構わないが」
ソファから立ち上がる禾牙魅さん。
「架鞍くんやろうよ、みんなで花火、楽しいよ絶対!」
禾牙魅さんがからりとリビングの窓を開け、少し広めの庭を見る。
「芝生、と……あとは植物がけっこうあるな」
「蚊がいそうだよね……」
つぶやくわたしに、
「問題ないでしょ」
と架鞍くん。
霞が相槌を打った。
「そうそう、蚊なんて追い払う結界軽く作れるし」
「じゃあ、行こう!」
わたしたちは、玄関に向かった。
庭で花火なんて、久し振りだ。わたしは早速、はしゃぎながらやり始めた。
禾牙魅さんと架鞍くんは、見慣れない花火を物色したり、いじったりしている。霞が、お盆を持ってやってきた。
「麦茶とスイカだよ~、苺ちゃん、まだ食べられるでしょ?」
「うん! やっぱり花火には麦茶とスイカだよね!」
霞はわたしの隣に腰かけ、何か花火をごそごそしている。
「ところで苺ちゃん、スイカと梅干の食べ合わせが悪いって言われてるけど、本当だと思う?」
「え? えーと……」
急に質問されて、わたしは考える。
「迷信だと思うな。だって理由ハッキリ知らないし」
すると霞はニヤッと笑った。
「ハズレ。あのね、スイカ糖がクエン酸と結びついて、腸内細菌を活発にしちまうんだよ。だから、ここ壊しちゃったりするわけなんだな~」
そう言ってわたしのお腹に一瞬触れた。
「きゃっ! ちょっと霞っ! 花火落としちゃったじゃないっ!」
「苺ちゃんが知らなくても、俺がちゃんと知ってるからいい【お嫁さん】になるぜ俺。お買い得だぜ?」
「一千万円熨斗つけられてもゴメンだけどね」
「苺、この花火をやるからこっちに来い。霞もむやみに苺の身体に触るんじゃない」
禾牙魅さんが助け舟を出してくれる。
「禾牙魅さんありがとう。やっぱり禾牙魅さんが一番優しいよね」
禾牙魅さんのところに走っていくわたしの後ろで、霞が悪戯っぽい口調で声をかけてくる。
「禾牙魅ぃ、それってヤキモチ?」
「焼餅か。お望みなら今度俺が作ってお前に食わせてやろう」
「いい……。お前喉の奥まで俺の息詰まるまで無理矢理詰め込みそう……」
わたしは花火のパックを探って、禾牙魅さんを急かした。
「禾牙魅さん禾牙魅さん、禾牙魅さんもやるでしょ? 早くやろう!」
「ああ」
禾牙魅さんと一緒に、線香花火をやる。パチパチと小さく散る花火が可愛らしくもいじらしくも思える。
「線香花火って大好き。一生懸命燃えて、そして果てて」
「切ないか?」
禾牙魅さんに尋ねられて、わたしはかぶりを振った。
「ううん、そうは思わないよ」
「何故?」
「だって、短い間にこんなにキレイな光を見せてくれて。一生懸命だったから、短くても線香花火にとっても心残りないだろうし、やってる人間も嬉しいな楽しいなって思えるし」
「前向きだな。だが、そこまで思って線香花火をする人間もそういないと思うぞ」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
53
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる