Returner-きみを忘れない-

希彗まゆ

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ユウサ、発動

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 朝になると、少し熱も下がっているようでだいぶ楽な気分だった。
 レントはどこか出かけているようで姿が見えず、かわりに美野里が台所に立っていた。

「レントがいない間、あんたの面倒見ろって言われてたから」

 はい、と卵料理と味噌汁、焼き魚等を出される。ほかに二人分用意されているのはレントとかれんの分だろうか。

「ベッドに寝てるの、あんたの彼女なんだってね」

 視線に気づいたように、美野里。

「いや……うん」

 レントの関係者だと思われると厄介なことになるだろうと踏み、一応うなずいておく。美野里はかけらも疑っていないようで、エプロンをはずす。

「食欲ないの?」

 それよりも全然箸を動かしていないことを見咎められた。

「あ、いや。いただきます」

 慌てて食べ始める。
 どうにも居心地が悪くて味もあまり分からずにいた春樹は、そういえば彼女は小林のことがあっても平気なのだろうかとふと思った。

「あの……さ」

 思い切って尋ねてみる。

「小林、のことなんだけど」
「ああ」

 美野里は眉を上げる。

「びっくりね、あの状態から息吹き返すなんて」

 ───え?

 思わず箸を止める春樹の様子に、「聞いてない?」と美野里は首を傾げる。

「あのときあたしも一緒にいたんだけど。そのあんたの彼女がいきなり現れて小林の胸を手で貫いたのよ。そのあとあたしやほかの男子も狙われたんだけど、レントがかばってくれたの。どうやったのか分からないけど、結界とかいうのでも張ったのかなあ」
「レント? レントが最初からいたのか?」
「違うよ、小林がやられたすぐあとに急いできてくれたの。小林が息吹き返したって学校集会の数時間後くらいに連絡あったんだけど、傷はきれいに治ってるのにまだ意識は戻らないんだって」

 学校集会の数時間後といえば、ちょうど春樹が直純からの電話を受けたあとレントとこの離れに移動した頃だ。
 一度死んだ人間を生き返らせることができるのは、レントしかいないだろう。
 かれんの行動をいったん止めるために小林の魂を戻すことを後回しにせざるをえなかったのだとしたら、もしかしたら生き返らせることのできるタイムリミットのぎりぎりになってしまって小林が息を吹き返すのも遅くなったとも想像できる。

 レントは人間を憎悪しているし、殺すために最終兵器を持ち込もうとして【誓約】を果たそうとしている、そう思ったから小林のことも見殺しにしたのだと思っていた。

 だが春樹の推測が正しければ、……疑問が生じる。
 いずれ人間を殺すつもりならば、なぜレントは小林を助けたのだろう?

「起きないね」

 美野里の声に、はっと我に返る。襖が開け放たれていて、台所からでもベッドに寝ているかれんの姿が見える。

「子守唄でも唄ってあげたら? いい夢見てくれるかもよ」

 そんなものだろうか。そういえば、寝ている間に聞こえる音に夢が反映されると聞いたこともある。

「溝口さんは、さ。レントの言うことならなんでも信じるの?」

 尋ねると、「当然!」と恥ずかしそうな笑みが返ってきた。女の子ってこんなに変わるものなんだ、と内心驚いてしまう。

「レントの言うことならなんでも聞いてあげたいし、裏切られてもいいから尽くしたくなるの」
「裏切られても……か」

 そこまで人を想えることが少し羨ましいと思った。
 風邪はまだ治りきったわけではないので食後薬を飲み、美野里が学校へ行くとレントが戻ってきた。

「おれもかれんもここにいるのに、どこに行ってたんだ?」

 ベッドの脇に座り、かれんの頬にかかる黒髪をどけてやりながら聞いてみると、「見回りさ」と返ってきた。

「なんだ、淋しいのか? シュンキ」
「なんで小林を助けた?」

 からかう口調が腹立たしくて、つい口をついていた。

「聞いたぞ、息を吹き返したって。お前が生き返らせたんだろ? だからあのときかれんより後に家にきたんだろ? 人殺ししようってやつのすることじゃない」

 レントは部屋の入り口に立ったまましばらく黙っていたが、ため息をついた。

「おれが欲しいのは蟻ひとつの命じゃない。もっとたくさんの命だ」
「『これくらいで泣いてたら【誓約】を果たすときどうなるんだ』とか言ったやつの台詞とは思えない」
「おい、親友」

 歩み寄ったレントは春樹の胸倉をつかみあげて立たせると、妖しく微笑む。いつもの、背筋が凍りつくような笑みだ。

「お前はおれをどうしても善人にしたいようだな、ええ? おれがカレンにしたことを思い出せ。おれ達の【誓約】のことを思い出せ。おれはなんのためにここにいると思ってる?」
「……、離せ!」

 苦しくなってあえぐと、乱暴に突き放された。酸素が足りなくなった頭に、何かが聞こえてくる。

 ───……セ

 この言葉、なんだろう。
 声にしなければいけない気になる、不思議な言葉。

「……セ」

 昂ぶりに駆られて、春樹は叫んでいた。

「ユウサ ジーナベアーセ!」

 息が切れる。水中にいるかのように苦しい。
 気づくと、レントに頬を叩かれていた。軽く、何度も。

「しっかりしろ。思い出せとは言ったが、過去に取り込まれろとは言ってないぜ」

 その切れ長の瞳を見た瞬間、呼吸が正常になってくるのが分かる。落ち着いて、きたのだ。

「ジーナベアーセ……愛しき降臨を、か」

 レントのつぶやきに、はっとする。

「おれ、……今の、キーワード……?」
「の、ひとつだろうな」

 レントの答えに納得がいかない。

「キーワードはいくつもあるのか?」
「今のはユウサを呼ぶキーワードだろう。見ろ」

 レントの視線の先にはベッドで寝ているはずのかれんの姿。

「……かれん!」

 いつの間にか、彼女はぼんやりと瞳を開け、上半身を起こしていた。

「ユウサがこの地球にきてる、その影響を受けてるのさ」
「どうしてかれんが影響受けるんだ? 地球にきてる、って……おれが呼んだのか?」

 これでレントの思い通りになってしまうのだろうか。青ざめる春樹を見下ろして、だがレントは思ったほど興奮していなかった。
 糸が切れたようにかれんの身体がベッドの上に倒れると、春樹は駆け寄った。

「ユウサの様子を見てくる」

 庭に続く窓を開けて、レントが空へ飛び立っていく。気にはなったが、かれんを置いてまで行く気にはなれなかった。
 人を殺す兵器がこの地球に───自分の言葉のせいで。

 心臓がいやなほどドキドキと鳴っている。
 自分の熱までまた上がったようで、枕元に頭を乗せて目を閉じる。
 こうしていると、自分とかれんの鼓動だけが聞こえる気がしてなぜか少し安心した。
 熱でぼうっとした頭に、歌声が流れ込んでくる。

 トラヴィイーセ 御心に背くことなど恐れ多い
 トラヴィイーセ すべてあなたの意のままに
 愛し尽くしましょう

 オペラのような雰囲気の、覚えやすい旋律だった。
 子守唄になればいいと、どこかで思ったのかもしれない。幾度も口の中で繰り返した。半ば夢中になっていた。
 胸に激痛が走ったときも、何が起きたのか分からなかった。

 ───シュンキ!

 不思議なほど遠くでレントの声がする。胸に手をやると、べっとりと血がくっついてきた。血───誰の?

 ベッドの上にぽたぽたとしずくのように血が落ちる。かれんは起き上がっていた。その指先から血が滴り落ちている。つま先が浮き上がったかと思うと、入ってきたレントを通り越して開け放された窓から外に出る。かれんの動きには、まったく無駄が感じられなかった。無機質と思えるほどに。

「、……」

 あれはなんだ、と尋ねようとして咳き込む。そのまま血を吐いた。

「ばかやろう、喋るな!」

 通り過ぎざまかれんに切り裂かれた自分の胸は放っておいて、レントが叱りつける。
 あれはなんだ───あの、いつの間にか庭に浮いているものは。
 橙色の日の光を受けて羽が一対、輝きながら浮いていた。主となる身体を捜しにきたとでもいうかのように、天使のような羽が。

「あれがユウサだ」

 よろけながらどこかに電話をかけてから、レントが言った。

「発動のキーワードを言えば、ああして半身を求めて雲の上から降りてくる。カレンがその半身なんだよ」

 うそだ、という声はまたも血で遮られた。
 見る間にかれんの背にあつらえたかのようにぴったりと、羽がくっついてゆく。結合が終わると、かれんは片手を前に突き出した。

「シュンキ、停止のキーワードは思い出せてるか? 起動と停止、両方がないと操ることにならない」

 春樹はかぶりを振る。そんなもの、思い出せていない。起動のキーワードすらなんだったのか分からない。否、もしかしたらあの「子守唄」にした唄がそうだったのかもしれないけれど。

 しばらく三人とも、そうして動かないでいた。春樹は元から動けなかったし、レントもまた床にへたりこんでしまっていた。かれんは手を突き出したかっこうのまま意識を集中しているようにも見えた。

「おれ、の傷……かれんが、……やったのか……お前の、傷も」
「ああ」

 ようやく出せた言葉は途切れ途切れだったが、レントには聞こえたようだ。

「たまたま目の前にいたから邪魔だと判断したんだろうぜ」
「……忘れて、くれればいい」

 心からそう願った。
 もしこの先かれんに「元に戻る」ときがきたら、このことを思い出せば必ず傷つくに違いないから。

「……お前のそんなところにカレンは惹かれたんだろうな」

 レントが言ったとき、慌しく扉が開かれる音がした。

「レント! 怪我したって、……きゃあ!」

 美野里だ。さっきの電話は彼女の携帯にでもかけていたのだろう、制服を着ているところを見ると学校帰りだったのかもしれない。後ろから初老の男が入ってくる。春樹とレントを見て一瞬目を瞠ったが、すぐに持っていた鞄から治療器具を取り出して応急処置を始めた。

「騒ぐな、死にはしねぇから。それより『信用できる医者』なんだろうな?」

 レントに尋ねられて、美野里は青ざめながら何度もうなずく。

「あたしが小さい頃から面倒見てもらってる医者だから……口は堅いわ。過去に違法行為したから今はモグリだけど……ねえ板垣(いたがき)、入院必要なんじゃない?」

 板垣と呼ばれた医者は「そうですなぁ」と目を細める。そうしながらも手は器用に動き続けていた。

「傷を塞ぐ必要はあるでしょう。お嬢さん、お父様の提携の病院に運んだほうがいいと思いますわ」
「騒ぎになるのは避けたいってのに」

 レントが顔をしかめる。
 そのとき、庭が光り輝いた。
 見ると、突き出したままのかれんの手から生まれた大きな光球が家並に向かうところだった。
 凄まじい音を立てて塀の向こう側一帯が爆煙に包まれる。地響きに悲鳴を上げる美野里と、手を止めて息を呑む板垣。

「───!」

 叫んだはずが声にならなかった。かれんはこちらに目を向けることなく空へ浮かび上がっていく。

「これがお前の、……望んでることかよ」

 レントを睨みつける。

「おれにキーワードなんて思い出させてさ……! かれんを傷つけて……! これが望んでることなのかよ!?」

 レントは少しだけ笑った。

「ああ、そのとおりだ。でもこんなのはユウサにとってほんの序の口さ」

 半ば八つ当たりだと分かっていた。哀しさと悔しさと自己嫌悪でいっぱいになって立ち上がろうとして力を入れると、胸に痛みが走る。

「その傷じゃ動けんよ」

 我に返った板垣が宥めるように春樹の肩に手を置き、美野里に救急車の手配を指示した。

「なにが起こったか分からんが、こんな騒ぎじゃお前さん達二人の怪我にゃ誰も目を向けんだろう」

 ややもすると周辺は、消防車や救急車等のサイレンでいっぱいになった。
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