月下の約束~君を求め君を愛す~

希彗まゆ

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アイとの再会

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 侍女に連れられて、月花は広い風呂場まで来ていた。中はちょっとした高級旅館にある温泉のようで、でもどこか内装がファンタジックだ。白い石の浴槽にはたっぷりと湯気の立つお湯がはられており、お湯の出口と思われる場所には獅子のような生き物の彫刻がある。天井も高く、上のほうに窓が並んでいた。

「うわあ、広い」

 思わずつぶやくと、

「ここは侍女達のお風呂場です。いまはあなたのためだけにあけられているので、誰も入ってくる心配はありません」

 と説明してくれた。

「いつもお湯がはられてるんですか?」
「ええ、大抵は。夜勤の侍女達のためにもと、シオン王子のはからいです」
「シオン王子って……」
「さきほどの銀髪の方ですよ」

 そういえば、男の名前を聞いてなかった。そうか、シオンというのか。しかも……王子? エルの地はまだ王位制度なのか。学校では習っていないし、エルの地ってわからないことばかりだ。見当違いなことを考えているとは夢にも思わない、月花である。
 脱衣所で身体を包んでいたマントを脱ぐと、風呂場まで服を着たまま侍女がついてきたので慌てた。

「あの、ひとりで大丈夫ですから」
「そうですか? でも……」
「大丈夫ですからっ」

 少しのあいだひとりきりでゆっくりしたい。そんな気持ちを込めて、月花の語気が少々強くなる。侍女はまた微笑んで、「わかりました」と会釈した。

「何かご不便がありましたら、呼んで下さいね。脱衣所におりますので」
「ありがとうございます」

 半透明の扉を閉めて、侍女が出ていく。
 月花は石鹸で身体を洗ったあと浴槽に浸かり、ふうっと身体の力を抜いた。
 リョウ、いまごろなにしてるだろう。きっと、心配してくれてるだろうな。でももうすぐ、リョウのところに帰してもらうから……。
 そんなことを思っていたときだ。

「月花」

 今度ははっきりと聞こえた。間違うはずもない、優しいアイの声。はっとして視線を巡らせると、左後ろにアイが立っていた。
 制服姿のアイ。だがなぜかそのきれいな顔からは、村井に殴られたあとが消えてなくなっている。

「アイ……!」

 思わず飛びつきたくなる衝動を、慌てて抑える。すぐにでも抱きつきたいところだが、いま自分は裸だ。仕方なく、浴槽の中から声をかける。

「今までどこにいたの? どうやってここに?」
「時間がないんだ、月花。ぼくの話をよく聞いて」

 時間がない?
 きょとんとする月花に、アイは言う。

「ルーインを、辞退しないで」
「え……?」
「どんなにつらくても苦しくても、それが月花の道だから。だから、辞退しないで」

 どういうことだろう。

「でも、あの人……シオンは、辞退したらリョウのところに帰してくれるって言ってたよ」
「それでも、辞退しないで。放棄しないで」

 真剣な顔をしたアイは、その一点張りだ。月花はずっと聞きたかったことを質問してみた。

「ルーインて、なんのことなの?」

 すると、

「忘れたの? 月花」

 と返ってくる。

「小さなころ、説明してあげたよ」

 そう言われて月花は、急いで思い出そうとする。「ルーイン、ルーイン」と頭の中でつぶやいていると、ふと閃いた。

「鍵の者って書いて……ルーインって読むんだっけ……?」
「そう」
「そのへん難しくて、よく覚えてない」
「そっか。月花はまだ小さかったし、当たり前だよね」

 それにアイが教えるエルの地のことは雑学もたくさんあって、覚え切れていないのが正直なところだ。

「いま、エルは転機を迎えてる。だから大地が青くなってるんだ」
「うん、とあることがあると地面が青くなるんだよね。それは覚えてる」
「じゃ、そのとあることっていうのはなにか思い出せる?」

 月花はかぶりを振る。アイは、苦笑した。

「時間がないから、簡単に説明するよ。まず、エルには神子(みこ)がいる。神子が死ぬか何かしらの状態でいなくなると、引き継ぎの時になる。その引き継ぎの時期に、大地が青くなるんだ」
「じゃ、いまはその引き継ぎの時っていうこと?」
「うん。それでね、神子候補として神から選ばれるとされるのが、鍵者(ルーイン)なんだよ」
「ああ!」

 そういえばそんなことを説明された記憶がある。鍵者はひとりのときもあるし、数人のときもある。シオンも鍵者は魔法が使えると言っていたし、今回の神子引き継ぎでは月花も含めて最低ふたりはいるということだろう。
 でも、と首を傾げる。

「そんな国、ほんとにあるなんて思わなかった。常識を超えてるもの」
「そうだね。ぼく達がいた世界では、エルの地はない」

 アイの言い回しに、またわからなくなる。頭の上にハテナマークが浮かんでいるのが見えたのか、そんな月花を見てアイは説明を続ける。

「要するに。いまぼく達がいるのは、地球ですらなく。別世界……異世界、ってことなんだよ」
「異世界……?」

 口にしてみると、あまりに非現実な響きだった。だが、自分が異世界にいるのだと考えると、色々と合点がいく。大地が青いという常軌を逸脱した事態も。魔法が使える鍵者がいる世界ということも。そして……自分がその鍵者の一人であり、シオンの言うとおり、どうやら無意識に魔法を使っていたということも。あの不思議な小屋も、月花が魔法で作り出したものだと考えれば、あれだけ準備が整っていたのも納得がいく。

「ただ、いまの月花はまだ魔法をコントロールできていない。それに、鍵者はあまり自分のことを鍵者と名乗り出ないほうがいいんだよ」
「どうして?」
「鍵者が複数いると、下手をすると神子になりたいがために鍵者同士で殺し合いにもなり兼ねないから」
「殺し合い!?」

 思わず声を上げてしまい、月花はハッとする。

「どうかなさいましたか!?」

 脱衣所のほうから、侍女の声がする。月花は急いで「なんでもない!」と言ったが、侍女は入ってきてしまった。
 咄嗟にアイのほうを見た月花は、目を丸くする。既にそこに、アイの姿はなかった。いつの間に、そしてどこから出て行ったのだろう。

「あの……ルーイン様?」

 心配そうな侍女の声に我に返った月花は、作り笑いをした。

「あ、うん……ほんとになんでもないの。ごめんなさい」

 わからないことも聞きたいことも、まだまだあった。なによりもちゃんと日本へ──元の世界へリョウやアイと戻れるのかどうか。アイは、そしてリョウはどこにいるのかも。
 だが、アイならきっとまた会いに来てくれる。そんな気がする。少なくともこのお城にはいるようだし……でなければこんなところへ入ってはこれないと思うし……。
 色々考えているところへ、お腹がぐぅっと鳴った。考えてみれば、昨日からまともな食事をしていない。お昼にリョウと干しイモを何枚かかじったくらいだ。

「お食事の準備もしましょうか」

 月花のお腹の音に侍女もふと我に返り、くすくす笑う。月花は恥ずかしくて赤くなった。

「湯あたりしてもいけないですし、そろそろお部屋へ参りましょうか」
「あ、はい」
「服も用意しておりますからね、ルーイン様」
「あ、えーと……それなんだけど」

 月花の言う「それ」がわからなくて、侍女は「はい?」と小首を傾げる。20代前半くらいの年だろうか。それにしても落ち着いていて、物腰も柔らかな侍女。

「あなたのほうが年上そうだし、ルーイン様っていうのはやめましょうよ」
「でも、ルーイン様はルーイン様ですし」
「ツキカ、でいいです」

 侍女はしばらく考えていたが、

「では、ツキカ様で。わたしに敬語は使わないでくださいね?」

 と少し悪戯っぽく微笑む。月花も苦笑した。

「なるべく……気をつけるね。えっと……」
「セイラです。わたしの名前」
「じゃ、……セイラさん。短い間ですが、よろしくお願いします」

 ぴょこんと浴槽の中で頭を下げる月花に、セイラは「はい」と楽しそうに笑っていた。
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