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忍び寄る影
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昼過ぎになって、リョウはセレネータに連れられてセイルーンの城下町に繰り出していた。
何やら騒がしい城を出てからセレネータは、あちこちリョウに見せたり物を説明したりしてくれた。ずっと気にかかっていた、ルーインという言葉の意味も、城下町の店で昼ご飯を奢ってもらいながら教えてもらった。
「それにしても物を知らな過ぎるな。おまえ、どっから来たんだ?」
一通り説明し終えたセレネータが、食後にオレンジのような果物を食べながら聞いてくる。リョウは、飲み物を飲みながら考える。茶色のその飲み物は、チャイのような甘い味だった。
「俺にも、わからないんです」
「わからない?」
セレネータが、店員にビールを頼んだあと聞き返す。ビールはあるのか、とリョウは思った。自分のいたところにあるものとないものとがあるんだなと。馬もいるくらいだからビールがあってもおかしくないのかな、などと考えてみる。
「日本っていう国、聞いたことありますか?」
試しにそう聞いてみると、セレネータはかぶりを振る。
「つか、そんな国ねぇって。この星にはこのセイルーン国とヤン国しか神に認められた国はねぇんだから」
神という存在はあるのに、星という概念もあるのか。やっぱり、これは……異世界にきちゃったというパターンだろうか。
「俺、すごく変なこと聞くと思いますけど、いいですか?」
「ああ」
気軽にそう答えるセレネータに、
「この星の名前って、なんですか?」
と尋ねると、赤毛の男の果物を食べる手が止まった。黒い瞳でまじまじと見つめられる。
「──エルの星、またはエルの地。そう呼ばれてるけど……おまえ、頭でも打ったのか? ──あ」
どう答えていいものか悩んでいると、セレネータは勝手になにかを思いついたようだった。身を乗り出し、声を潜める。
「もしかして、別世界から来たとかか?」
今度はリョウが声を失う番だった。なぜ、言おうとしたことが分かったのだろう。言ったところで、受け入れてもらえないと思っていたのに。セレネータは身体を戻し、「なるほどな」と店員からビールを受け取った。
「もの知らずなのもその変な服装も、それで納得がいくぜ」
「信じてくれるんですか?」
「信じるもなにも、あり得ねぇ話じゃねぇからな」
ビールを半分ほど一気に飲むと、セレネータはそれをテーブルに置く。
「ルーインは、神によって選ばれる。でも誰が選ばれるかは、引き継ぎのときまでわからない。それはさっき話したよな?」
「はい」
「知ってる人間は少ないと思うけど、何百年だか前にも違う世界から神に呼ばれたルーインがいたらしい」
セレネータは「でも」と腕を組む。
「おまえはルーインじゃないんだよな、魔法も使えねぇし」
「……はい」
魔法が使えるかどうか、ルーインというものを説明されたあと何度か試してみた。いくら念じても願っても、なにも起こらないしなにも変わらなかった。
「だとしたら、おまえの連れのツキカっていうルーインの女に巻き込まれちまったんだな」
「巻き込まれた……」
反芻して、リョウはため息をついた。
「俺が月花を巻き込んだっていうパターンより、マシかな」
「へぇ」
セレネータの黒い瞳が、からかうような色を浮かべる。さっき軽く自己紹介し合った時、彼は二十五歳だと言っていたが、そんな表情をされるともっと無邪気な年齢に思えてしまう。
「巻き込まれるほうがマシだなんて、男の中の男だね。おまえ」
そんなことはない。そんなふうに言われるほどの男ではないのだ、自分は。月花に告白しようと思ったのだって、不純な動機だったのだから。それを考えると、自分は最低の男だとリョウは思う。いや、いまはそんなことはどうでもいいのだ。大事なのは、これからのこと。
「異世界から呼ばれたルーインの場合、元の世界に戻れる可能性はあるんですか?」
話を切り替えると、セレネータは「どうだろうなぁ」と考え込む。
「複数ルーインがいた場合、その中のひとりが神子になれば他のルーインは元の人間に戻る。だから、お前の恋人……ツキカって女以外のルーインが神子になりゃ、可能性はあると思うぜ」
逆に考えると、月花が神子になってしまえば元の世界に戻る可能性はなくなるということか。
「シオン王子もルーインだって言ってましたよね? あと……イファンという王子も、でしたっけ」
それもさっきセレネータが説明してくれたことだ。いま現在この星でわかっているルーインは月花を含めた三人。セイルーン国のシオン、ヤン国のイファン、そして月花だと。
「じゃ、そのふたりのうちどっちかが神子になることを願うしかないんですね」
「まあな。ま、たぶん大丈夫だろうと思うぜ。うちのシオン王子は意地でも神子になりたいみたいだし。第一、三人目のルーインがいるとわかってわざわざ森の中に探しに行ったのも、ライバルを減らそうとしたからだし」
「ライバルを……減らそうとした?」
「ツキカが男なら、殺されてただろうな」
月花が男なら殴られてただろうな、というふうな軽いノリでセレネータは言う。この男、さらっと恐いことを言うなとリョウは思った。そして彼は更に、リョウの顔色が変わるようなことを言ってのけた。
「でもツキカは女だった。女のルーインは処女って決まってる。ツキカからルーインの資格を剥奪するには、処女を奪っちまえばいい。うちの王子もそれが目的で部屋に連れ込んだんだろうぜ」
「──は!?」
リョウはガタンと立ち上がり、バンッとテーブルに両手をついて、向かいに座るセレネータに向けて叫んでいた。
「なんでそれを早く言ってくれなかったんですか!?」
しかしその剣幕に、セレネータはひるむ様子はない。むしろ、めんどくさそうに首の後ろを掻く。
「なんでって、別にたいしたことじゃねぇだろ?」
「たいしたことですよ!」
シオンは確か、月花との話は済んだと言っていた。一体何の話をしたというのか。明日自分と会わせてもらえるまでの間に、なにかされてしまうのではないだろうか。
まだなにか言いたげに口を開きかけたリョウは、
「待て」
とセレネータに制された。
リョウに右手を向けた体制で、セレネータは一転変わって真剣な顔で、どこかに集中している。
「遠くの様子がおかしい。慌ただしくねぇか?」
「別になにも聞こえませんけど」
それよりも、月花だ。そう言おうとしたリョウは、「イファン王子がお見えになられたぞ!」という男の声で動きを止めた。たちまち店内も、ざわざわとざわめき始める。
「イファン王子が来るのって、明日じゃなかったか!?」
「あの王子のことだ、予定なんてないようなものだぞ! 子供たちを家の中に入れないと!」
慌てて店を出ていく大人達。店の窓から見ると、道端で遊んでいた子供たちを母親たちが慌てたように連れて走っていく。
「イファン王子って、恐がられてるんですか?」
「簡単に言えば、そんなところさ。リョウ、おまえも気をつけろよ」
そしてセレネータは店員に金を払い、リョウを連れて店の奥の階段を昇り、店員や何人かの客とともに二階へ上がる。
「いまから戻っても、宿舎に入る前に鉢合わせでもして目をつけられたらたまんねぇからな」
イファン王子というのは一体どんな人間なのか。
やがてざわついていた道は波が引いていくように静まり返っていく。二階の窓から外を見下ろしたリョウの焦げ茶色の瞳に、長い水色の髪に白いマントの男の姿が飛び込んできた。
何やら騒がしい城を出てからセレネータは、あちこちリョウに見せたり物を説明したりしてくれた。ずっと気にかかっていた、ルーインという言葉の意味も、城下町の店で昼ご飯を奢ってもらいながら教えてもらった。
「それにしても物を知らな過ぎるな。おまえ、どっから来たんだ?」
一通り説明し終えたセレネータが、食後にオレンジのような果物を食べながら聞いてくる。リョウは、飲み物を飲みながら考える。茶色のその飲み物は、チャイのような甘い味だった。
「俺にも、わからないんです」
「わからない?」
セレネータが、店員にビールを頼んだあと聞き返す。ビールはあるのか、とリョウは思った。自分のいたところにあるものとないものとがあるんだなと。馬もいるくらいだからビールがあってもおかしくないのかな、などと考えてみる。
「日本っていう国、聞いたことありますか?」
試しにそう聞いてみると、セレネータはかぶりを振る。
「つか、そんな国ねぇって。この星にはこのセイルーン国とヤン国しか神に認められた国はねぇんだから」
神という存在はあるのに、星という概念もあるのか。やっぱり、これは……異世界にきちゃったというパターンだろうか。
「俺、すごく変なこと聞くと思いますけど、いいですか?」
「ああ」
気軽にそう答えるセレネータに、
「この星の名前って、なんですか?」
と尋ねると、赤毛の男の果物を食べる手が止まった。黒い瞳でまじまじと見つめられる。
「──エルの星、またはエルの地。そう呼ばれてるけど……おまえ、頭でも打ったのか? ──あ」
どう答えていいものか悩んでいると、セレネータは勝手になにかを思いついたようだった。身を乗り出し、声を潜める。
「もしかして、別世界から来たとかか?」
今度はリョウが声を失う番だった。なぜ、言おうとしたことが分かったのだろう。言ったところで、受け入れてもらえないと思っていたのに。セレネータは身体を戻し、「なるほどな」と店員からビールを受け取った。
「もの知らずなのもその変な服装も、それで納得がいくぜ」
「信じてくれるんですか?」
「信じるもなにも、あり得ねぇ話じゃねぇからな」
ビールを半分ほど一気に飲むと、セレネータはそれをテーブルに置く。
「ルーインは、神によって選ばれる。でも誰が選ばれるかは、引き継ぎのときまでわからない。それはさっき話したよな?」
「はい」
「知ってる人間は少ないと思うけど、何百年だか前にも違う世界から神に呼ばれたルーインがいたらしい」
セレネータは「でも」と腕を組む。
「おまえはルーインじゃないんだよな、魔法も使えねぇし」
「……はい」
魔法が使えるかどうか、ルーインというものを説明されたあと何度か試してみた。いくら念じても願っても、なにも起こらないしなにも変わらなかった。
「だとしたら、おまえの連れのツキカっていうルーインの女に巻き込まれちまったんだな」
「巻き込まれた……」
反芻して、リョウはため息をついた。
「俺が月花を巻き込んだっていうパターンより、マシかな」
「へぇ」
セレネータの黒い瞳が、からかうような色を浮かべる。さっき軽く自己紹介し合った時、彼は二十五歳だと言っていたが、そんな表情をされるともっと無邪気な年齢に思えてしまう。
「巻き込まれるほうがマシだなんて、男の中の男だね。おまえ」
そんなことはない。そんなふうに言われるほどの男ではないのだ、自分は。月花に告白しようと思ったのだって、不純な動機だったのだから。それを考えると、自分は最低の男だとリョウは思う。いや、いまはそんなことはどうでもいいのだ。大事なのは、これからのこと。
「異世界から呼ばれたルーインの場合、元の世界に戻れる可能性はあるんですか?」
話を切り替えると、セレネータは「どうだろうなぁ」と考え込む。
「複数ルーインがいた場合、その中のひとりが神子になれば他のルーインは元の人間に戻る。だから、お前の恋人……ツキカって女以外のルーインが神子になりゃ、可能性はあると思うぜ」
逆に考えると、月花が神子になってしまえば元の世界に戻る可能性はなくなるということか。
「シオン王子もルーインだって言ってましたよね? あと……イファンという王子も、でしたっけ」
それもさっきセレネータが説明してくれたことだ。いま現在この星でわかっているルーインは月花を含めた三人。セイルーン国のシオン、ヤン国のイファン、そして月花だと。
「じゃ、そのふたりのうちどっちかが神子になることを願うしかないんですね」
「まあな。ま、たぶん大丈夫だろうと思うぜ。うちのシオン王子は意地でも神子になりたいみたいだし。第一、三人目のルーインがいるとわかってわざわざ森の中に探しに行ったのも、ライバルを減らそうとしたからだし」
「ライバルを……減らそうとした?」
「ツキカが男なら、殺されてただろうな」
月花が男なら殴られてただろうな、というふうな軽いノリでセレネータは言う。この男、さらっと恐いことを言うなとリョウは思った。そして彼は更に、リョウの顔色が変わるようなことを言ってのけた。
「でもツキカは女だった。女のルーインは処女って決まってる。ツキカからルーインの資格を剥奪するには、処女を奪っちまえばいい。うちの王子もそれが目的で部屋に連れ込んだんだろうぜ」
「──は!?」
リョウはガタンと立ち上がり、バンッとテーブルに両手をついて、向かいに座るセレネータに向けて叫んでいた。
「なんでそれを早く言ってくれなかったんですか!?」
しかしその剣幕に、セレネータはひるむ様子はない。むしろ、めんどくさそうに首の後ろを掻く。
「なんでって、別にたいしたことじゃねぇだろ?」
「たいしたことですよ!」
シオンは確か、月花との話は済んだと言っていた。一体何の話をしたというのか。明日自分と会わせてもらえるまでの間に、なにかされてしまうのではないだろうか。
まだなにか言いたげに口を開きかけたリョウは、
「待て」
とセレネータに制された。
リョウに右手を向けた体制で、セレネータは一転変わって真剣な顔で、どこかに集中している。
「遠くの様子がおかしい。慌ただしくねぇか?」
「別になにも聞こえませんけど」
それよりも、月花だ。そう言おうとしたリョウは、「イファン王子がお見えになられたぞ!」という男の声で動きを止めた。たちまち店内も、ざわざわとざわめき始める。
「イファン王子が来るのって、明日じゃなかったか!?」
「あの王子のことだ、予定なんてないようなものだぞ! 子供たちを家の中に入れないと!」
慌てて店を出ていく大人達。店の窓から見ると、道端で遊んでいた子供たちを母親たちが慌てたように連れて走っていく。
「イファン王子って、恐がられてるんですか?」
「簡単に言えば、そんなところさ。リョウ、おまえも気をつけろよ」
そしてセレネータは店員に金を払い、リョウを連れて店の奥の階段を昇り、店員や何人かの客とともに二階へ上がる。
「いまから戻っても、宿舎に入る前に鉢合わせでもして目をつけられたらたまんねぇからな」
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