月下の約束~君を求め君を愛す~

希彗まゆ

文字の大きさ
8 / 17

忍び寄る影

しおりを挟む
 昼過ぎになって、リョウはセレネータに連れられてセイルーンの城下町に繰り出していた。
 何やら騒がしい城を出てからセレネータは、あちこちリョウに見せたり物を説明したりしてくれた。ずっと気にかかっていた、ルーインという言葉の意味も、城下町の店で昼ご飯を奢ってもらいながら教えてもらった。

「それにしても物を知らな過ぎるな。おまえ、どっから来たんだ?」

 一通り説明し終えたセレネータが、食後にオレンジのような果物を食べながら聞いてくる。リョウは、飲み物を飲みながら考える。茶色のその飲み物は、チャイのような甘い味だった。

「俺にも、わからないんです」
「わからない?」

 セレネータが、店員にビールを頼んだあと聞き返す。ビールはあるのか、とリョウは思った。自分のいたところにあるものとないものとがあるんだなと。馬もいるくらいだからビールがあってもおかしくないのかな、などと考えてみる。

「日本っていう国、聞いたことありますか?」

 試しにそう聞いてみると、セレネータはかぶりを振る。

「つか、そんな国ねぇって。この星にはこのセイルーン国とヤン国しか神に認められた国はねぇんだから」

 神という存在はあるのに、星という概念もあるのか。やっぱり、これは……異世界にきちゃったというパターンだろうか。

「俺、すごく変なこと聞くと思いますけど、いいですか?」
「ああ」

 気軽にそう答えるセレネータに、

「この星の名前って、なんですか?」

 と尋ねると、赤毛の男の果物を食べる手が止まった。黒い瞳でまじまじと見つめられる。

「──エルの星、またはエルの地。そう呼ばれてるけど……おまえ、頭でも打ったのか? ──あ」

 どう答えていいものか悩んでいると、セレネータは勝手になにかを思いついたようだった。身を乗り出し、声を潜める。

「もしかして、別世界から来たとかか?」

 今度はリョウが声を失う番だった。なぜ、言おうとしたことが分かったのだろう。言ったところで、受け入れてもらえないと思っていたのに。セレネータは身体を戻し、「なるほどな」と店員からビールを受け取った。

「もの知らずなのもその変な服装も、それで納得がいくぜ」
「信じてくれるんですか?」
「信じるもなにも、あり得ねぇ話じゃねぇからな」

 ビールを半分ほど一気に飲むと、セレネータはそれをテーブルに置く。

「ルーインは、神によって選ばれる。でも誰が選ばれるかは、引き継ぎのときまでわからない。それはさっき話したよな?」
「はい」
「知ってる人間は少ないと思うけど、何百年だか前にも違う世界から神に呼ばれたルーインがいたらしい」

 セレネータは「でも」と腕を組む。

「おまえはルーインじゃないんだよな、魔法も使えねぇし」
「……はい」

 魔法が使えるかどうか、ルーインというものを説明されたあと何度か試してみた。いくら念じても願っても、なにも起こらないしなにも変わらなかった。

「だとしたら、おまえの連れのツキカっていうルーインの女に巻き込まれちまったんだな」
「巻き込まれた……」

 反芻して、リョウはため息をついた。

「俺が月花を巻き込んだっていうパターンより、マシかな」
「へぇ」

 セレネータの黒い瞳が、からかうような色を浮かべる。さっき軽く自己紹介し合った時、彼は二十五歳だと言っていたが、そんな表情をされるともっと無邪気な年齢に思えてしまう。

「巻き込まれるほうがマシだなんて、男の中の男だね。おまえ」

 そんなことはない。そんなふうに言われるほどの男ではないのだ、自分は。月花に告白しようと思ったのだって、不純な動機だったのだから。それを考えると、自分は最低の男だとリョウは思う。いや、いまはそんなことはどうでもいいのだ。大事なのは、これからのこと。

「異世界から呼ばれたルーインの場合、元の世界に戻れる可能性はあるんですか?」

 話を切り替えると、セレネータは「どうだろうなぁ」と考え込む。

「複数ルーインがいた場合、その中のひとりが神子になれば他のルーインは元の人間に戻る。だから、お前の恋人……ツキカって女以外のルーインが神子になりゃ、可能性はあると思うぜ」

 逆に考えると、月花が神子になってしまえば元の世界に戻る可能性はなくなるということか。

「シオン王子もルーインだって言ってましたよね? あと……イファンという王子も、でしたっけ」

 それもさっきセレネータが説明してくれたことだ。いま現在この星でわかっているルーインは月花を含めた三人。セイルーン国のシオン、ヤン国のイファン、そして月花だと。

「じゃ、そのふたりのうちどっちかが神子になることを願うしかないんですね」
「まあな。ま、たぶん大丈夫だろうと思うぜ。うちのシオン王子は意地でも神子になりたいみたいだし。第一、三人目のルーインがいるとわかってわざわざ森の中に探しに行ったのも、ライバルを減らそうとしたからだし」
「ライバルを……減らそうとした?」
「ツキカが男なら、殺されてただろうな」

 月花が男なら殴られてただろうな、というふうな軽いノリでセレネータは言う。この男、さらっと恐いことを言うなとリョウは思った。そして彼は更に、リョウの顔色が変わるようなことを言ってのけた。

「でもツキカは女だった。女のルーインは処女って決まってる。ツキカからルーインの資格を剥奪するには、処女を奪っちまえばいい。うちの王子もそれが目的で部屋に連れ込んだんだろうぜ」
「──は!?」

 リョウはガタンと立ち上がり、バンッとテーブルに両手をついて、向かいに座るセレネータに向けて叫んでいた。

「なんでそれを早く言ってくれなかったんですか!?」

 しかしその剣幕に、セレネータはひるむ様子はない。むしろ、めんどくさそうに首の後ろを掻く。

「なんでって、別にたいしたことじゃねぇだろ?」
「たいしたことですよ!」

 シオンは確か、月花との話は済んだと言っていた。一体何の話をしたというのか。明日自分と会わせてもらえるまでの間に、なにかされてしまうのではないだろうか。
 まだなにか言いたげに口を開きかけたリョウは、

「待て」

 とセレネータに制された。
 リョウに右手を向けた体制で、セレネータは一転変わって真剣な顔で、どこかに集中している。

「遠くの様子がおかしい。慌ただしくねぇか?」
「別になにも聞こえませんけど」

 それよりも、月花だ。そう言おうとしたリョウは、「イファン王子がお見えになられたぞ!」という男の声で動きを止めた。たちまち店内も、ざわざわとざわめき始める。

「イファン王子が来るのって、明日じゃなかったか!?」
「あの王子のことだ、予定なんてないようなものだぞ! 子供たちを家の中に入れないと!」

 慌てて店を出ていく大人達。店の窓から見ると、道端で遊んでいた子供たちを母親たちが慌てたように連れて走っていく。

「イファン王子って、恐がられてるんですか?」
「簡単に言えば、そんなところさ。リョウ、おまえも気をつけろよ」

 そしてセレネータは店員に金を払い、リョウを連れて店の奥の階段を昇り、店員や何人かの客とともに二階へ上がる。

「いまから戻っても、宿舎に入る前に鉢合わせでもして目をつけられたらたまんねぇからな」

 イファン王子というのは一体どんな人間なのか。
 やがてざわついていた道は波が引いていくように静まり返っていく。二階の窓から外を見下ろしたリョウの焦げ茶色の瞳に、長い水色の髪に白いマントの男の姿が飛び込んできた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...