ホームレスでしたが、このたび結婚いたしました。

希彗まゆ

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結婚、しちゃいました

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目を開けると、そこには目も覚めるようなイケメン旦那さまがいた。

おはよう、と言ってくれているのにもかかわらず
どうしてか、わたしはその旦那さまの名前が思い出せない。

だけど……まあいいか。わたしとこの旦那さまは、愛し合っているんだから。

「りん子。おはようのキス」

そう言われて、わたしはそっと瞼を閉じて旦那さまの唇にキスを──
しようと思ったら、ものすごい寒さで目が覚めた。

そう、今度こそほんとうに起きたんだ。
朝の日の光を通す青いテントの中の光景が、これが現実だと無情にも伝えてくる。

「あーあ、いい夢だったのに」

わたしはひとり、ため息をつく。
どうやら寝相が悪くて、毛布と布団からはみ出してしまった寒さで目覚めたらしい。
12月上旬のいまは、テントの中で冬用の毛布をかぶって寝ていても、尋常じゃないくらいに寒い。それもそうだろう、ここは公園なのだから。

わたし──七瀬りん子(ななせ・りんこ)27歳。
ちょっとワケありで、ホームレスなんてやっています。

テントを出ると、既にあちこちでホームレス仲間のおじさんたちが、雑草を仕分けている。
どれが食べられるか食べられない草か、わけているのだ。
朝ごはんの準備、わたしも参加しなくちゃ。

「っと、その前に……」

顔を洗うために、公園の水道にてこてこ歩いていく。
洗顔フォームなんてものも洗顔石鹸なんてものも、もちろんない。ちまちま使っていたけれど、ホームレス生活も一ヵ月になるとさすがにきれてしまった。
水道の水が、痺れるほどに顔に冷たい。でも、洗わないでいるよりはマシ。

「はあ、気持ちいい」

すぐそばの道路では、もう出勤の時刻だから人通りも多い。みんなわたしのほうを見ないように歩いて行く。
その淋しさにも、もういい加減慣れた。

──ぶっちゃけ、お風呂にも一ヵ月入ってないから、最近では「バイト募集」の張り紙を見て面接に行っても、「きみ、臭いよ」と顔をしかめられて仕事がもらえない。

ああ、わたしいつまでこんなことしてるんだろう……。
そんなことを思いながら、人気カフェ店の裏の公園で食べられる雑草を探す。
もうしばらくしたら、このカフェからいい香りがしてきて……それだけでもう、おいしいものをお腹いっぱい食べた気持ちになれるのにな。
もちろん、それだけじゃお腹は物足りないのだけれど。

思えばあんな夢を見たのも、昨日ここのカフェのバイトの面接に行ったせいだ。
面接に行ったとき、ものすごくイケメンな男の人がカフェでコーヒーを飲んでいたから。

「きみ、そんなにじろじろ見ないで。あの人、このカフェの経営者ってだけじゃなくて、ルミエール・ファクトリーの社長でもあるんだから。気分を損ねられたら大変なんだよ」

あまりのイケメンぶりに、じっと見つめてしまっていたわたしを、店長さんがたしなめたっけ。
ルミエール・ファクトリーといえば、海外にも進出している大手企業。
OLなんてやったことのない、その業界に疎いわたしでも名前を知っているくらいだ。
その大企業の社長さんに会えただけでも、いいことがあるって思わないと。

いつものごとく面接に落ちたわたしは、そう自分に言い聞かせたのだけど──
まさかその社長さんが、自分の旦那さまになって夢に出てくるなんて。

妄想にもほどがあるぞ、わたし。

「ねえ、きみ」

ふいに声をかけられ、雑草を探す手が止まっていることに気がついた。

「はい?」

慌てて振り向いたわたしは、唖然とした。
なぜなら……そこに、たったいま思い返していた、あのイケメン社長がスーツ姿の爽やか笑顔で立っていたから。
サラサラした焦げ茶色の髪に、くっきり二重の焦げ茶色の瞳。お人形さんのように整った顔立ちに、思わず見惚れてしまう。

「仕事、探してるの?」

尋ねられて、ハッと我に返る。
もしかしてこの人、昨日わたしがバイトの面接をしていたことに気がついていたんだろうか。
だとしたら、仕事がもらえるチャンスかもしれない!

「はい!」

勢い込んでうなずくと、はたして彼はこう続けた。

「じゃあ、ぼくと契約しない? 住むところに困らなくはなると思うよ。もちろん、食べ物にも困らないと思う」

「喜んでっ!」

彼はにっこり微笑む。

「なんでもする?」

「なんでもします!」

「その言葉、忘れないでね」

言ったかと思うと彼は、わたしの腕をつかんで引っ張り、歩き出した。

「あ、あの、わたしまだ着替えてないんですけど……っ」

「うん、そのままでいいよ」

そして駐車場までくると、高級そうな黒塗りの車の後部座席にわたしを連れ込むようにして乗り込んだ。

「前田(まえだ)、出して」

「はい」

運転手さんが短く返事をし、まるで打ち合わせてあったかのように車が流れるように走り出す。
そのときになって初めてわたしは、一抹の不安を覚えた。

「あの……いかがわしい仕事とかでは……」

「いかがわしくはないと思うよ」

と、思うよ、って。
いかがわしくないってはっきり言ってほしいんですけど!?

「あの……なんで、わたしだけに仕事の契約を?」

あの公園には、ほかにも仕事を必要としているホームレスがたくさんいる。
けれど彼は、涼しげな笑みを浮かべてみせる。

「きみが、ぼくの恩人だから」

「恩人……? 人違いじゃ……?」

わたしに、こんなイケメンを助けた記憶なんてない。
なのにイケメン社長は断言するのだ。

「いいや、七瀬りん子さん。きみで間違いない」

なにかの話の行き違いじゃ……と思わないでもなかったけれど、これはチャンスだ、と思うことにした。
そう、チャンスなんだ。仕事がもらえる、チャンス。
きっとこれが、神様がくれた最後のチャンスだ!
彼がわたしの名前を知っているのも、きっとカフェの店長にでも聞いたからだ!

彼は持っていた仕事用鞄からペンと書類を取り出すと、鞄を台にしてこちらへよこす。
書類はなぜか、名前と判子を押す以外の部分は厚紙で隠してある。

「ここにサインと判子。判子は持ってる?」

「あ、はい。貴重品は基本、身に着けていますから」

もはや小銭しか残っていないお財布と判子、それにケータイはまとめてひもを通して、盗難防止も兼ねて、寝るときも首からさげるようにしている。ケータイはもうすぐ料金滞納で使用停止になるところだけど、これで仕事が決まればぎりぎりセーフってことになりそうだ。ああ、神様!

わたしは書類に嬉々としてサインし、判子を押す。
彼はそれを見てとると、満足げにうなずいた。

「よし、これで必要事項はすべて埋まったな」

「モミジさま、到着しました」

タイミングよく運転手が言い、車が停まる。

「ついてきて」

モミジと呼ばれた彼が車を降り、建物に向かって歩き出す。わたしも、慌てて後を追った。
けど、あれ……? ここ、市役所……?

「ええ、と……社長、わたしの働くところって、市役所ですか?」

「いいから、きて」

洗濯していないスウェットの上下姿のわたしの汚い格好に、とおりすがる人が顔をしかめるのもかまわず、モミジさんはエレベーターに乗ってとある課へ。
そこで厚紙を取り外した書類を、提出した。
確認した係の女性が、にこやかに言う。

「はい、確かに受理しました。ご結婚おめでとうございます」

「ありがとうございます」

へ? 結婚?
モミジさん、結婚したの?
なんのためにわたしを立ち合わせたんだろう?

きょとんとするわたしを、モミジさんは振り向く。

「これでぼくときみは夫婦だ」

「……は?」

「さっき提出した、きみがサインしたあの書類。あれは婚姻届だよ」

こ……んいんとどけ……?
って、まさか……。

「契約って……まさか、結婚のこと……?」

にっこり。としか形容しようのない完璧な笑顔で、モミジさんは言った。

「ご名答」

か……か……
神様これはいったいなんの悪戯ですかーっ!?
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