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不可抗力?の、キス
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お屋敷へ帰る車の中でも、椛さんのあの真剣な顔が頭から離れてくれない。
「恋してるときの女って、みんなおなじ顔だよな」
それまで黙って運転していた水口夏斗が、ぽつんとそんなことを言う。
「どこか憂いを含んでて、なのにきらきら輝いてて。りんごもいま、そんな顔してる」
「……うそ」
「俺は嘘なんか言わねぇよ」
それっきりまた水口夏斗は黙り込み、運転に集中してしまった。
わたしが椛さんに恋をしちゃったのかもしれないのって、やっぱり千春先生のせいなのかな。
初恋である、千春先生の面影が椛さんにあって
だから、なのかな。
そうむりやり思い込もうとしても、心のどこかが「違う」と自分にうったえてくる。
千春先生は、関係ない。
わたしは椛さん本人を、好きになりそうなんだ。
出逢った、ばかりなのに。
ひとめぼれとか信じてなかったけど、恋に時間は関係ないってほんとなんだな──。
椛さんのことを考えていると、胸が苦しくなってくる。
耐えきれなくなってため息をひとつつくと、
「ああ、もう元気出せよ。いいもん見せてやるからさ」
水口夏斗が、急に車を停めた。
そして、まず自分が車から降りると、後部座席のドアをわざわざ開けてくれる。
「あ、ありがと……」
「ほら。見ろ」
「え?」
無愛想に、前を指し示した水口夏斗。
車から降りて、振り返ったわたしは息を呑んだ。
そこはすでに、確かに結木邸だったのだけれど
まるでそうじゃないみたいな幻想の世界が、きらきらと光り輝いている。
結木邸の敷地全部を使って、広大な庭いっぱいに、クリスマスのイルミネーションやオーナメントであふれ返っていたのだ。
「りんごはまだ、夜の結木邸を外から見たことがないだろ」
「……はい。すごくきれいです」
「結木邸のクリスマスイルミネーションは、毎年テレビの取材がくるくらい、豪華で幻想的で有名なんだ」
まるで自分のことのように、得意げに話す水口夏斗。
わたしは、うっとりとイルミネーションに見入ってしまう。
確かにこれは、近所に住んでるってだけでも自分の自慢になりそう。
そこをいくと水口夏斗なんて、そんなきれいなクリスマスイルミネーションのあるお屋敷の、執事なんだもんね。
じゅうぶん、胸を張っていいと思う。
「どうだ? 少しは元気出たか?」
水口夏斗が、まだ見惚れているわたしに声をかけた──そのとき。
「失礼ですが、水口夏斗さん? 椛さまの執事の、水口さんではありませんこと?」
鈴を転がすような、とはこんな声を言うんだろうな。
そんなことを思ってしまいそうな、かわいらしい声が響き渡った。
振り向いたわたしの目に映ったのは、西洋のお人形さんみたいな、愛らしい顔立ちをした女性だった。
年のころは、30代前半ほどだろうか。
彼女の着ているドレスが、イルミネーションに彩られて美しい光沢を放っている。
さらにその後ろには、高価そうな着物を着た、純和風の美女。
そして、こちらは中華風の身軽な、けれどやっぱりお値段の張りそうな服を着た、ポニーテールの健康的美人が立っている。
三人とも、それぞれタイプは違うけれど
ものすごく魅力的で、目を引く。
彼女たちの少し後ろのほうには、彼女たちが乗ってきたのであろう、車が一台停められていた。
「これは、ミナシロさま。ニシキオリさま、ワザオギさまも。ご無沙汰しております」
一瞬たじろいだ水口夏斗だったけれど、急いで姿勢を正して彼女たちにおじぎをする。
ミナシロという苗字らしい、西洋のお人形風の美女は
それを受けて、つんと不機嫌そうに顎を上げた。
「わたくしたち、椛さまに会いにきたのだけれど。椛さまはまだお仕事から帰っていないの?」
「失礼ですが、ミナシロさま。たとえご帰宅されても、椛さまはあなたがたとはもうお会いできません。椛さまのほうから、もう二度と会わない、そう仰られていたはずではありませんか?」
「わたくしたち、そんなこと信じられません」
「そうよ。椛さまはいままで、あたしたちと平等におつきあいしてくれていたのよ。どうして急に会えないだなんて、言われなくちゃならないのよ」
水口夏斗の言葉に、日本風の美女と中華風の美女が反論する。
わたしは、そっと水口夏斗に小声で聞いてみた。
「もしかして、この人たちって……」
「りんごと結婚する前に、椛さまがおつきあいしていた女ども。──の、一部」
これも小声で水口夏斗が、答えてくれる。
やっぱり、そうか。
って、一部って……一度に三人とつきあったら、もうじゅうぶんなんじゃないんだろうか。
ほんとに遊び人だったんだな、椛さん。
身体のつきあいとかも、……あったんだろうな。
そう思うと、クリスマスイルミネーションのおかげで忘れかけていた胸の苦しみが、よみがえってきてしまう。
「そちらは、どちらさま? 椛さまの、お知り合いかしら?」
目ざとく、ミナシロさんが
わたしを、睨みつけてきた。
どうしよう。
椛さんの奥さんだなんて、椛さんの許可なしに言えないし──ほんとに、どうしよう。
「ご心配なく。こいつは、俺の彼女ですから」
すかさず水口夏斗が、とんでもないことを口にした。
いや、でも……この窮地を脱するには、いい案かもしれない。
内心ハラハラしながら、わたしはそう思い直す。
だけどミナシロさんたちは、一枚うわてだった。
「ほんとうにそうかしら。だとしたら、証明してくださらない?」
「証明、とおっしゃいますと?」
「いまこの場で、キスしてみせてくださらない? 恋人同士でしたら、可能でしょう?」
え、ちょ……
この人、なにを言い出すんだ!
さすがの水口夏斗も、これには固まってしまっている。
それみたことかと言わんばかりに、ミナシロさんが自分の細い腰に手を当てる。
「ほら、ごらんなさい。やっぱりできないのね。そちら、椛さまの会社関係の方かしら。にしては、椛さまのお屋敷までくるなんて、ずいぶん意味深ですこと」
なにかいい言い訳はないか、と頭を巡らせていたわたしだけれど
もう、むりだ。
ええい、これも椛さんのため、ひいてはわたし自身のためでもある!
だから我慢だ、七瀬りん子、いや結木りん子!
水口夏斗、申し訳ないけどあんたも我慢して!
腹をくくったわたしは、手を伸ばして水口夏斗の首の後ろをつかむように抱く。
「な──」
必然的にかがみこむようなかっこうになってしまった、彼の
なにか言いかけている、唇に
背伸びをして、わたしはキスをした。
かすかに香る、柑橘系の香り。
さらに固まっていた水口夏斗も、わたしの気持ちを汲んでくれたのだろう。
わたしに合わせるように、わたしの腰に手を回す。
もう、いいかな。
これだけ時間をかけてキスしたんだから、多少明かりが少なくても、お嬢様方も確認できたはず。
そう思って、唇を離そうとした矢先。
「んっ……!」
無意識のうちに、わずかに開いていたわたしの唇の隙間から
水口夏斗の舌が、するりと侵入してきた。
「や、ちょ、……ン……っ!」
焦って思わず身じろぎしてしまうわたしの腰を、さらに自分の身体へと押しつけるように抱きしめる、水口夏斗。
ちょっと、……水口夏斗!
誰が舌まで入れろって言ったんだ!
逃げようとするわたしの舌を、水口夏斗は許さずに
強引に、絡めてくる。
そこまで演技しなくてもいいのにっ……!
「も、……もうよろしくてよ」
そのミナシロさんの声を合図に、水口夏斗はようやく唇を離す。
見るとミナシロさんは、夜目にもわかるほど真っ赤になっている。
後ろのふたりもそれぞれに、目と口元を手で覆い隠していた。
「あ、改めて……椛さまにご連絡差し上げますから!」
失礼いたしますわ、と投げつけるように言って
ミナシロさんたちは、車のほうへと早歩き。
ミナシロさんたちを乗せると、停まっていた車は
逃げるように、走り去ってしまった。
「はあ……これで、とりあえず一安心かな?」
そう言いつつ肩の力を抜くわたしに、水口夏斗もため息をつく。
あの……いいかげん身体、離してほしいんですけど。
腰に手が、回ったままなんですけど。
だけど水口夏斗はその体勢のまま、途方に暮れたように言った。
「ああ……俺、どうしたらいいんだよ」
はっ。
もしかして、わたしとキスしちゃったことを苦に思って?
水口夏斗には、ほんとに恋人がいたかもしれないし。
それに、彼にしてみたら
自分の主人の妻に手を出した、と言われればそれまでかもしれないし。
そんなの普通は、ばれたらクビ、かもしれない。
「大丈夫、誰にも言わないから。ごめんなさい、むりやりキスなんかして」
慌てて言うと、
「ちげぇよ!」
水口夏斗は、わたしの身体から片手を離してぐしゃぐしゃと髪を掻きむしる。
「俺、ファーストキスの相手にドーテイ捧げて結婚するって、ずっと前から決めてたんだよ。だから恋人選びも慎重にしてきたし、結婚できねぇなって相手とは別れてきたってのに……なんでファーストキスの相手がおまえにならなきゃいけねぇんだよ」
……へ?
あまりに予想外の台詞に、わたしはぽかんとしてしまう。
「ファーストキスって……夏斗さん、いま何歳ですか?」
「28。おまえのひとつ上」
「だって、そんなに……イケメンなのに?」
「イケメンがみんな、経験者だなんて思うな。つか、顔で決めんな」
「うそ、……え」
「ドーテイで悪いか!」
聞きにくいことを噛みつかれるように肯定され、わたしのほうが恥ずかしくなってきてしまう。
「だ、だったらなんで舌なんて入れたの? そんなにイヤなんだったらやめればよかったじゃないですか」
「あの状況でやめられるか!」
吼えてから水口夏斗は、ばつが悪そうに視線をそらす。
「舌は、その……初めてキスなんてされて、そしたらおまえ、すっげぇいいにおいがして……頭が熱くなってわけわかんなくなっちまって……夢中で」
そして、彼はもう一度わたしの身体をかき抱く。
「どうしてくれんだよ、俺の人生設計。りんご、おまえ責任とってくれんのか?」
「え……せ、責任って、」
あわあわするわたしの耳元で、ささやくように、水口夏斗。
「椛さまと離婚して、俺に抱かれてくれんの? 結婚してくれんの?」
「そ、そんなことできるわけないでしょっ!? だいたいあなたがそんなとんでもない計画立ててたなんて、わかるわけないじゃないですか!」
焦って叫ぶわたしの身体を、水口夏斗は
今度は、完全に離してため息をついた。
「……ジョーダンだっての。そんなことできるわけねぇって、俺が一番わかってんだから。責任の追及なんてしないから、安心しろ。不可抗力だ、不可抗力」
自分に言い聞かせるかのようにそう言って、彼は車へと戻っていく。
だけど
荷物を運んでくれているあいだも、ため息をつきつつで……。
なんだか、いろんな意味で罪悪感を感じたまま
わたしは、お屋敷に入った。
「恋してるときの女って、みんなおなじ顔だよな」
それまで黙って運転していた水口夏斗が、ぽつんとそんなことを言う。
「どこか憂いを含んでて、なのにきらきら輝いてて。りんごもいま、そんな顔してる」
「……うそ」
「俺は嘘なんか言わねぇよ」
それっきりまた水口夏斗は黙り込み、運転に集中してしまった。
わたしが椛さんに恋をしちゃったのかもしれないのって、やっぱり千春先生のせいなのかな。
初恋である、千春先生の面影が椛さんにあって
だから、なのかな。
そうむりやり思い込もうとしても、心のどこかが「違う」と自分にうったえてくる。
千春先生は、関係ない。
わたしは椛さん本人を、好きになりそうなんだ。
出逢った、ばかりなのに。
ひとめぼれとか信じてなかったけど、恋に時間は関係ないってほんとなんだな──。
椛さんのことを考えていると、胸が苦しくなってくる。
耐えきれなくなってため息をひとつつくと、
「ああ、もう元気出せよ。いいもん見せてやるからさ」
水口夏斗が、急に車を停めた。
そして、まず自分が車から降りると、後部座席のドアをわざわざ開けてくれる。
「あ、ありがと……」
「ほら。見ろ」
「え?」
無愛想に、前を指し示した水口夏斗。
車から降りて、振り返ったわたしは息を呑んだ。
そこはすでに、確かに結木邸だったのだけれど
まるでそうじゃないみたいな幻想の世界が、きらきらと光り輝いている。
結木邸の敷地全部を使って、広大な庭いっぱいに、クリスマスのイルミネーションやオーナメントであふれ返っていたのだ。
「りんごはまだ、夜の結木邸を外から見たことがないだろ」
「……はい。すごくきれいです」
「結木邸のクリスマスイルミネーションは、毎年テレビの取材がくるくらい、豪華で幻想的で有名なんだ」
まるで自分のことのように、得意げに話す水口夏斗。
わたしは、うっとりとイルミネーションに見入ってしまう。
確かにこれは、近所に住んでるってだけでも自分の自慢になりそう。
そこをいくと水口夏斗なんて、そんなきれいなクリスマスイルミネーションのあるお屋敷の、執事なんだもんね。
じゅうぶん、胸を張っていいと思う。
「どうだ? 少しは元気出たか?」
水口夏斗が、まだ見惚れているわたしに声をかけた──そのとき。
「失礼ですが、水口夏斗さん? 椛さまの執事の、水口さんではありませんこと?」
鈴を転がすような、とはこんな声を言うんだろうな。
そんなことを思ってしまいそうな、かわいらしい声が響き渡った。
振り向いたわたしの目に映ったのは、西洋のお人形さんみたいな、愛らしい顔立ちをした女性だった。
年のころは、30代前半ほどだろうか。
彼女の着ているドレスが、イルミネーションに彩られて美しい光沢を放っている。
さらにその後ろには、高価そうな着物を着た、純和風の美女。
そして、こちらは中華風の身軽な、けれどやっぱりお値段の張りそうな服を着た、ポニーテールの健康的美人が立っている。
三人とも、それぞれタイプは違うけれど
ものすごく魅力的で、目を引く。
彼女たちの少し後ろのほうには、彼女たちが乗ってきたのであろう、車が一台停められていた。
「これは、ミナシロさま。ニシキオリさま、ワザオギさまも。ご無沙汰しております」
一瞬たじろいだ水口夏斗だったけれど、急いで姿勢を正して彼女たちにおじぎをする。
ミナシロという苗字らしい、西洋のお人形風の美女は
それを受けて、つんと不機嫌そうに顎を上げた。
「わたくしたち、椛さまに会いにきたのだけれど。椛さまはまだお仕事から帰っていないの?」
「失礼ですが、ミナシロさま。たとえご帰宅されても、椛さまはあなたがたとはもうお会いできません。椛さまのほうから、もう二度と会わない、そう仰られていたはずではありませんか?」
「わたくしたち、そんなこと信じられません」
「そうよ。椛さまはいままで、あたしたちと平等におつきあいしてくれていたのよ。どうして急に会えないだなんて、言われなくちゃならないのよ」
水口夏斗の言葉に、日本風の美女と中華風の美女が反論する。
わたしは、そっと水口夏斗に小声で聞いてみた。
「もしかして、この人たちって……」
「りんごと結婚する前に、椛さまがおつきあいしていた女ども。──の、一部」
これも小声で水口夏斗が、答えてくれる。
やっぱり、そうか。
って、一部って……一度に三人とつきあったら、もうじゅうぶんなんじゃないんだろうか。
ほんとに遊び人だったんだな、椛さん。
身体のつきあいとかも、……あったんだろうな。
そう思うと、クリスマスイルミネーションのおかげで忘れかけていた胸の苦しみが、よみがえってきてしまう。
「そちらは、どちらさま? 椛さまの、お知り合いかしら?」
目ざとく、ミナシロさんが
わたしを、睨みつけてきた。
どうしよう。
椛さんの奥さんだなんて、椛さんの許可なしに言えないし──ほんとに、どうしよう。
「ご心配なく。こいつは、俺の彼女ですから」
すかさず水口夏斗が、とんでもないことを口にした。
いや、でも……この窮地を脱するには、いい案かもしれない。
内心ハラハラしながら、わたしはそう思い直す。
だけどミナシロさんたちは、一枚うわてだった。
「ほんとうにそうかしら。だとしたら、証明してくださらない?」
「証明、とおっしゃいますと?」
「いまこの場で、キスしてみせてくださらない? 恋人同士でしたら、可能でしょう?」
え、ちょ……
この人、なにを言い出すんだ!
さすがの水口夏斗も、これには固まってしまっている。
それみたことかと言わんばかりに、ミナシロさんが自分の細い腰に手を当てる。
「ほら、ごらんなさい。やっぱりできないのね。そちら、椛さまの会社関係の方かしら。にしては、椛さまのお屋敷までくるなんて、ずいぶん意味深ですこと」
なにかいい言い訳はないか、と頭を巡らせていたわたしだけれど
もう、むりだ。
ええい、これも椛さんのため、ひいてはわたし自身のためでもある!
だから我慢だ、七瀬りん子、いや結木りん子!
水口夏斗、申し訳ないけどあんたも我慢して!
腹をくくったわたしは、手を伸ばして水口夏斗の首の後ろをつかむように抱く。
「な──」
必然的にかがみこむようなかっこうになってしまった、彼の
なにか言いかけている、唇に
背伸びをして、わたしはキスをした。
かすかに香る、柑橘系の香り。
さらに固まっていた水口夏斗も、わたしの気持ちを汲んでくれたのだろう。
わたしに合わせるように、わたしの腰に手を回す。
もう、いいかな。
これだけ時間をかけてキスしたんだから、多少明かりが少なくても、お嬢様方も確認できたはず。
そう思って、唇を離そうとした矢先。
「んっ……!」
無意識のうちに、わずかに開いていたわたしの唇の隙間から
水口夏斗の舌が、するりと侵入してきた。
「や、ちょ、……ン……っ!」
焦って思わず身じろぎしてしまうわたしの腰を、さらに自分の身体へと押しつけるように抱きしめる、水口夏斗。
ちょっと、……水口夏斗!
誰が舌まで入れろって言ったんだ!
逃げようとするわたしの舌を、水口夏斗は許さずに
強引に、絡めてくる。
そこまで演技しなくてもいいのにっ……!
「も、……もうよろしくてよ」
そのミナシロさんの声を合図に、水口夏斗はようやく唇を離す。
見るとミナシロさんは、夜目にもわかるほど真っ赤になっている。
後ろのふたりもそれぞれに、目と口元を手で覆い隠していた。
「あ、改めて……椛さまにご連絡差し上げますから!」
失礼いたしますわ、と投げつけるように言って
ミナシロさんたちは、車のほうへと早歩き。
ミナシロさんたちを乗せると、停まっていた車は
逃げるように、走り去ってしまった。
「はあ……これで、とりあえず一安心かな?」
そう言いつつ肩の力を抜くわたしに、水口夏斗もため息をつく。
あの……いいかげん身体、離してほしいんですけど。
腰に手が、回ったままなんですけど。
だけど水口夏斗はその体勢のまま、途方に暮れたように言った。
「ああ……俺、どうしたらいいんだよ」
はっ。
もしかして、わたしとキスしちゃったことを苦に思って?
水口夏斗には、ほんとに恋人がいたかもしれないし。
それに、彼にしてみたら
自分の主人の妻に手を出した、と言われればそれまでかもしれないし。
そんなの普通は、ばれたらクビ、かもしれない。
「大丈夫、誰にも言わないから。ごめんなさい、むりやりキスなんかして」
慌てて言うと、
「ちげぇよ!」
水口夏斗は、わたしの身体から片手を離してぐしゃぐしゃと髪を掻きむしる。
「俺、ファーストキスの相手にドーテイ捧げて結婚するって、ずっと前から決めてたんだよ。だから恋人選びも慎重にしてきたし、結婚できねぇなって相手とは別れてきたってのに……なんでファーストキスの相手がおまえにならなきゃいけねぇんだよ」
……へ?
あまりに予想外の台詞に、わたしはぽかんとしてしまう。
「ファーストキスって……夏斗さん、いま何歳ですか?」
「28。おまえのひとつ上」
「だって、そんなに……イケメンなのに?」
「イケメンがみんな、経験者だなんて思うな。つか、顔で決めんな」
「うそ、……え」
「ドーテイで悪いか!」
聞きにくいことを噛みつかれるように肯定され、わたしのほうが恥ずかしくなってきてしまう。
「だ、だったらなんで舌なんて入れたの? そんなにイヤなんだったらやめればよかったじゃないですか」
「あの状況でやめられるか!」
吼えてから水口夏斗は、ばつが悪そうに視線をそらす。
「舌は、その……初めてキスなんてされて、そしたらおまえ、すっげぇいいにおいがして……頭が熱くなってわけわかんなくなっちまって……夢中で」
そして、彼はもう一度わたしの身体をかき抱く。
「どうしてくれんだよ、俺の人生設計。りんご、おまえ責任とってくれんのか?」
「え……せ、責任って、」
あわあわするわたしの耳元で、ささやくように、水口夏斗。
「椛さまと離婚して、俺に抱かれてくれんの? 結婚してくれんの?」
「そ、そんなことできるわけないでしょっ!? だいたいあなたがそんなとんでもない計画立ててたなんて、わかるわけないじゃないですか!」
焦って叫ぶわたしの身体を、水口夏斗は
今度は、完全に離してため息をついた。
「……ジョーダンだっての。そんなことできるわけねぇって、俺が一番わかってんだから。責任の追及なんてしないから、安心しろ。不可抗力だ、不可抗力」
自分に言い聞かせるかのようにそう言って、彼は車へと戻っていく。
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