3 / 35
坂本
しおりを挟む
◆
─── 信じられない、と結珂は内心つぶやいた。あれからすぐに会議が行われ、なんと本当に風紀委員長の意見が通ってしまったのだ。「せめて劇を全部見てからにしては」という意見も出たが、
「双子の悲劇とはおれに対する嫌がらせとしか思えない。そんな不穏な意味を持った劇は文化祭に相応しいか?」
と達弥に却下された。
もっとも ─── 今回の場合、彼がそれほどまでに嫌がる理由というのが、集まった生徒たちには分かっていた。
ほんのさわりしか見ていないが、劇の主人公は双子の弟で、生まれたときから兄とはいがみ合っている。弟が兄に殺意を抱き、毎夜彼の部屋へ忍び込もうとする……そんな話だったのだ。
達弥と閏のファンタジー版といっても過言ではない。「殺意」は大げさだとしても、だ。
「閏もなあ、演劇部長に頼まれたからってどうして引き受けるかね。達弥に喧嘩売ってるようなものじゃねぇか」
会議が終わり、生徒会室から生徒たちが出て行くと、坂本がぼやくように言った。相手になっているのは凪である。
「閏ってあんな才能あったか? あいつが物語を書いたなんて聞いたこともないぞ」
「あれって自分達の日記みたいなもんじゃないの? ちょっと文章書けるやつならあのくらい書けるんじゃないか、分かんねえけど」
坂本は早瀬兄弟とは幼稚園からの幼なじみだ。彼らへの物言いも歯に衣を着せない。凪も中学から今年で五年目のつきあいでそんなに浅いほうではなかったが、坂本ほど傍若無人ではなかった。
「あの、プリント整理終わったんで。あたし先に帰ります」
話の区切りをねらって結珂は声をかけた。黒板の前に立っていたふたりがこちらを向く。
「もう遅いよ。送ってこうか」
凪は誰に対しても優しい。時計を見るともう九時近い。
「じゃ、おれ行く。じゃあな凪」
返事に迷っていると、坂本が勝手に決めてしまった。凪も半分は予想していた様子で、ひらひら片手を振る。
「あ、あのちょっと、」
自分の鞄を取り上げたあと結珂の鞄にも手をかけようとする坂本に抗議をしようとする。
「いいよ、あたし家、近いし」
「なに言ってんだよ。たった五分だって痴漢にあうんだぜ」
強引に鞄を奪い取られ、手首を掴まれる。あっという間に教室から出させられた。
仕方なく、観念することにする。
「なあ、お前なんでおれ避けるの?」
校門を出たところで坂本が尋ねてきた。別に気分を害しているふうではなく、答えを知っていてわざと聞いている感じだ。その証拠に口の端がわずかに上がっている。
「………軽いし遊んでるしからかうし」
むすっとしながら結珂は律儀に答える。居心地が悪くて、なんとなくポニーテールの先をいじったりしながら。
「おれ軽い?」
「軽い」
「遊んでる?」
「 ─── 自覚ないの? 女の子の五人にひとりはあんたとどっか行った話してるわよ」
「ふたりっきりってのはあんまりないけどなあ」
わざとらしく腕組みして考えこんでみせたあと、にっこり見下ろしてくる。
「幡多も今度どっか行かない?」
「手握っただけで子供できそうだから、いや」
「そりゃ面白い! やってみよう」
本当に手をのばしてきたので結珂は焦った。思わず数メートルも後退すると、坂本は爆笑する。
「ははっ、面白いやつだな、ほんとにお前!」
また、からかわれた。怒りと恥ずかしさで赤くなる結珂の背後に、ふと黒い影が落ちる。すっと坂本が真面目な表情になる。
「幡多。こっち来い」
「なによ」
「いいから来い」
「ずいぶんだなあ坂本」
突然の声に、結珂は悲鳴を上げた。何の行動を起こす余裕もなく手首を取られる。背後に三人の男子生徒。他校の生徒で、金髪がふたりに赤毛がひとり。
「お前高校入ったらおれらのことは完全無視? あんなに仲良くやってたのによ」
結珂の手首を掴んでいる少年が、揶揄するように笑う。金髪に染めて、両耳にずらりといくつもピアスをしていた。
坂本は怯えるでもなく、ただ無表情だ。いやむしろ不機嫌にも見える。
「そいつ離せよ」
いつもの坂本の声音ではない。あんな軽い調子ではなかった。結珂の背筋がぞくりと冷える。
─── 信じられない、と結珂は内心つぶやいた。あれからすぐに会議が行われ、なんと本当に風紀委員長の意見が通ってしまったのだ。「せめて劇を全部見てからにしては」という意見も出たが、
「双子の悲劇とはおれに対する嫌がらせとしか思えない。そんな不穏な意味を持った劇は文化祭に相応しいか?」
と達弥に却下された。
もっとも ─── 今回の場合、彼がそれほどまでに嫌がる理由というのが、集まった生徒たちには分かっていた。
ほんのさわりしか見ていないが、劇の主人公は双子の弟で、生まれたときから兄とはいがみ合っている。弟が兄に殺意を抱き、毎夜彼の部屋へ忍び込もうとする……そんな話だったのだ。
達弥と閏のファンタジー版といっても過言ではない。「殺意」は大げさだとしても、だ。
「閏もなあ、演劇部長に頼まれたからってどうして引き受けるかね。達弥に喧嘩売ってるようなものじゃねぇか」
会議が終わり、生徒会室から生徒たちが出て行くと、坂本がぼやくように言った。相手になっているのは凪である。
「閏ってあんな才能あったか? あいつが物語を書いたなんて聞いたこともないぞ」
「あれって自分達の日記みたいなもんじゃないの? ちょっと文章書けるやつならあのくらい書けるんじゃないか、分かんねえけど」
坂本は早瀬兄弟とは幼稚園からの幼なじみだ。彼らへの物言いも歯に衣を着せない。凪も中学から今年で五年目のつきあいでそんなに浅いほうではなかったが、坂本ほど傍若無人ではなかった。
「あの、プリント整理終わったんで。あたし先に帰ります」
話の区切りをねらって結珂は声をかけた。黒板の前に立っていたふたりがこちらを向く。
「もう遅いよ。送ってこうか」
凪は誰に対しても優しい。時計を見るともう九時近い。
「じゃ、おれ行く。じゃあな凪」
返事に迷っていると、坂本が勝手に決めてしまった。凪も半分は予想していた様子で、ひらひら片手を振る。
「あ、あのちょっと、」
自分の鞄を取り上げたあと結珂の鞄にも手をかけようとする坂本に抗議をしようとする。
「いいよ、あたし家、近いし」
「なに言ってんだよ。たった五分だって痴漢にあうんだぜ」
強引に鞄を奪い取られ、手首を掴まれる。あっという間に教室から出させられた。
仕方なく、観念することにする。
「なあ、お前なんでおれ避けるの?」
校門を出たところで坂本が尋ねてきた。別に気分を害しているふうではなく、答えを知っていてわざと聞いている感じだ。その証拠に口の端がわずかに上がっている。
「………軽いし遊んでるしからかうし」
むすっとしながら結珂は律儀に答える。居心地が悪くて、なんとなくポニーテールの先をいじったりしながら。
「おれ軽い?」
「軽い」
「遊んでる?」
「 ─── 自覚ないの? 女の子の五人にひとりはあんたとどっか行った話してるわよ」
「ふたりっきりってのはあんまりないけどなあ」
わざとらしく腕組みして考えこんでみせたあと、にっこり見下ろしてくる。
「幡多も今度どっか行かない?」
「手握っただけで子供できそうだから、いや」
「そりゃ面白い! やってみよう」
本当に手をのばしてきたので結珂は焦った。思わず数メートルも後退すると、坂本は爆笑する。
「ははっ、面白いやつだな、ほんとにお前!」
また、からかわれた。怒りと恥ずかしさで赤くなる結珂の背後に、ふと黒い影が落ちる。すっと坂本が真面目な表情になる。
「幡多。こっち来い」
「なによ」
「いいから来い」
「ずいぶんだなあ坂本」
突然の声に、結珂は悲鳴を上げた。何の行動を起こす余裕もなく手首を取られる。背後に三人の男子生徒。他校の生徒で、金髪がふたりに赤毛がひとり。
「お前高校入ったらおれらのことは完全無視? あんなに仲良くやってたのによ」
結珂の手首を掴んでいる少年が、揶揄するように笑う。金髪に染めて、両耳にずらりといくつもピアスをしていた。
坂本は怯えるでもなく、ただ無表情だ。いやむしろ不機嫌にも見える。
「そいつ離せよ」
いつもの坂本の声音ではない。あんな軽い調子ではなかった。結珂の背筋がぞくりと冷える。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる