蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ

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坂本

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 ◆

  ─── 信じられない、と結珂は内心つぶやいた。あれからすぐに会議が行われ、なんと本当に風紀委員長の意見が通ってしまったのだ。「せめて劇を全部見てからにしては」という意見も出たが、

「双子の悲劇とはおれに対する嫌がらせとしか思えない。そんな不穏な意味を持った劇は文化祭に相応しいか?」

 と達弥に却下された。

 もっとも ─── 今回の場合、彼がそれほどまでに嫌がる理由というのが、集まった生徒たちには分かっていた。

 ほんのさわりしか見ていないが、劇の主人公は双子の弟で、生まれたときから兄とはいがみ合っている。弟が兄に殺意を抱き、毎夜彼の部屋へ忍び込もうとする……そんな話だったのだ。
 達弥と閏のファンタジー版といっても過言ではない。「殺意」は大げさだとしても、だ。

「閏もなあ、演劇部長に頼まれたからってどうして引き受けるかね。達弥に喧嘩売ってるようなものじゃねぇか」

 会議が終わり、生徒会室から生徒たちが出て行くと、坂本がぼやくように言った。相手になっているのは凪である。

「閏ってあんな才能あったか? あいつが物語を書いたなんて聞いたこともないぞ」
「あれって自分達の日記みたいなもんじゃないの? ちょっと文章書けるやつならあのくらい書けるんじゃないか、分かんねえけど」

 坂本は早瀬兄弟とは幼稚園からの幼なじみだ。彼らへの物言いも歯に衣を着せない。凪も中学から今年で五年目のつきあいでそんなに浅いほうではなかったが、坂本ほど傍若無人ではなかった。

「あの、プリント整理終わったんで。あたし先に帰ります」

 話の区切りをねらって結珂は声をかけた。黒板の前に立っていたふたりがこちらを向く。

「もう遅いよ。送ってこうか」

 凪は誰に対しても優しい。時計を見るともう九時近い。

「じゃ、おれ行く。じゃあな凪」

 返事に迷っていると、坂本が勝手に決めてしまった。凪も半分は予想していた様子で、ひらひら片手を振る。

「あ、あのちょっと、」

 自分の鞄を取り上げたあと結珂の鞄にも手をかけようとする坂本に抗議をしようとする。

「いいよ、あたし家、近いし」
「なに言ってんだよ。たった五分だって痴漢にあうんだぜ」

 強引に鞄を奪い取られ、手首を掴まれる。あっという間に教室から出させられた。
 仕方なく、観念することにする。

「なあ、お前なんでおれ避けるの?」

 校門を出たところで坂本が尋ねてきた。別に気分を害しているふうではなく、答えを知っていてわざと聞いている感じだ。その証拠に口の端がわずかに上がっている。

「………軽いし遊んでるしからかうし」

 むすっとしながら結珂は律儀に答える。居心地が悪くて、なんとなくポニーテールの先をいじったりしながら。

「おれ軽い?」
「軽い」
「遊んでる?」
「 ─── 自覚ないの? 女の子の五人にひとりはあんたとどっか行った話してるわよ」
「ふたりっきりってのはあんまりないけどなあ」

 わざとらしく腕組みして考えこんでみせたあと、にっこり見下ろしてくる。

「幡多も今度どっか行かない?」
「手握っただけで子供できそうだから、いや」
「そりゃ面白い! やってみよう」

 本当に手をのばしてきたので結珂は焦った。思わず数メートルも後退すると、坂本は爆笑する。

「ははっ、面白いやつだな、ほんとにお前!」

 また、からかわれた。怒りと恥ずかしさで赤くなる結珂の背後に、ふと黒い影が落ちる。すっと坂本が真面目な表情になる。

「幡多。こっち来い」
「なによ」
「いいから来い」
「ずいぶんだなあ坂本」

 突然の声に、結珂は悲鳴を上げた。何の行動を起こす余裕もなく手首を取られる。背後に三人の男子生徒。他校の生徒で、金髪がふたりに赤毛がひとり。

「お前高校入ったらおれらのことは完全無視? あんなに仲良くやってたのによ」

 結珂の手首を掴んでいる少年が、揶揄するように笑う。金髪に染めて、両耳にずらりといくつもピアスをしていた。
 坂本は怯えるでもなく、ただ無表情だ。いやむしろ不機嫌にも見える。

「そいつ離せよ」

 いつもの坂本の声音ではない。あんな軽い調子ではなかった。結珂の背筋がぞくりと冷える。
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