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恐くない
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◆
「……信じられない」
空港で、結珂は呆然とつぶやいた。坂本は隣で、来る途中買い込んだものをひとつにまとめている。
結珂はロビーの椅子に腰掛けているのだが、なぜか顔が青冷めている。
「なんであんなにすっ飛ばすわけ……? おまけに寒いし。しかも静岡からこの空港まで買い物以外休みなしだし」
ぶるっと身震いする。
「それに何よあの運転! 早いわけよ、違反はするし乱暴だしスカートめくれるし」
「おれも信じられねえ」
つめこんだものをぎゅっと押さえつけ、荷物の口を閉じながら坂本。
「全財産三百九十五円で、よく手伝うなんて言えるよな」
「うっ」
痛いところを突かれたように、結珂の顔がひきつる。じろりと横目で見て、坂本は切符を差し出す。
「お前の分」
「 ─── ありがと……」
小さくなって受け取る。坂本は立ち上がり、腕時計と空港の時計が合っていることを確かめ、飛行機の時間を見る。
「あと二分で出るのが満席だから次の飛行機の取ったから。それまでに着替えてこいよ」
ひとつだけまとめずにいた紙袋を結珂に渡す。「えっ」と顔を上げると、坂本は疲れたように肩を回した。
「明日だって平日だろ、制服じゃ目立つんだよ。だけどあんまりいい服は選べなかったぜ」
「あ……ありがとう」
時計を見て、急いでトイレへ走っていく結珂。だが実際紙袋を開けてみて、驚いた。せいぜいTシャツとジーンズくらいかなと思っていたのに ─── センスのいい白とピンクのツーピース、それに合わせた上着と靴。よく男が選ぶとやたら可愛らしすぎる服になることがあるが、そんなことはなかった。結珂自身が選ぶものよりもぴったり似合う。
「ああ、いいよそれ。やっぱり似合うな」
服を着ておずおずと戻ってきた結珂を振り返り、坂本は満足そうにそう言った。
「これ……こんないい服……あの、あたしいつかちゃんとお金払うから」
「いいんだよ、おれが勝手にそういうの選んだんだから」
そろそろ行くぞと席を立つ。慌ててついていく結珂、坂本と一緒にゲートを通る。
「でも、高いでしょこれ……それに靴まで」
「やるって言ってんだからとっとけよ。ほら、乗るぞ」
まだ「でも」、と続ける結珂の手を引っ張って、坂本は歩いていく。
時刻はとうに夜の域。
はたして初めて飛行機に乗った結珂は、生まれて初めて見る「月光に照らされた雲の海」に感激することになった。
◆
北海道に着いた時は、もう夜もすっかり更けていた。普段ならとっくにお風呂に入っている時間である。
しかし結珂は今、汽車に乗っていた。そろそろ一時間になるところで、もう客もあまり乗ってこない。
空港で買ったお弁当で夕食を摂ったあと、坂本は向かいの席で腕組みをしてじっと目を閉じていた。眠っているのかもしれない。
空港から出たとたん、あまりの寒さに絶句した結珂のために店に寄ってコートを買った。それを肩にかけなおしながら、坂本って実はお金持ちだったのかなあと結珂はしげしげ彼の寝顔を見つめた。
「なに、見てんだよ」
ふいに目を開けて、坂本。もろに視線が合ってしまい、結珂はたじろいだ。
「な、なんだ起きてたんだ」
「飛行機で眠ったからな」
そうか、結珂が月と雲を見てはしゃいでいる間、いやに静かだったのはそのためか。
坂本は身を起こし、窓の外を見て「ああ」と言った。
「外に出た時寒かったからまさかと思ったんだけど、やっぱりだ。雪が降り始めた」
「えっ!?」
ぎょっとした結珂、窓にへばりつく。道理で寒かったわけだが ─── 。
「だって今秋だよ十月下旬だよ!?」
「本州の常識が通用しないところもあるんだよ、ここでは」
小さい頃から双子と一緒に北海道へ遊びに来ていて慣れているらしい。窓のところに置いておいた缶コーヒーを開け、坂本はのんびり飲んでいる。
「風も強かったよな。そのうち吹雪になったりして」
「そういう無責任かつ呑気な推測を立てるのはやめてほしい……」
「やっぱり今夜はどっかに泊まらなきゃならなくなるかもな。光(みつ)寛(ひろ)のとこに電話しといて良かった」
坂本の発言に結珂はぽかんと口を開ける。そういえば空港に着いたとき、どこかに電話を入れていたが……。
「光寛って誰?」
「おれ達がこっちに来るといつも必ず会ってた友達。心配すんなよ、親も同居してるから」
コーヒーの缶を窓際に置き、にやっと笑う。
「それとも二人だけでホテルが良かった?」
「そ ─── そういうこと言うからあんたって軽く見えるのよ!」
思い切り動揺する結珂が面白いらしく、坂本はくすくす笑う。
「安心しろよ、今はそんな場合じゃないだろ」
「……坂本って意地悪じゃなきゃいいのに」
それを聞いた坂本の目が、ふと優しくなる。
「そうしなきゃおれが恐くならない?」
「今だって恐くないわよ」
結珂はうつむく。なぜか目を合わせる勇気がない。
「 ─── ほんとは優しいって、少し分かってきたから……」
坂本は黙っていた。でも優しい視線を感じた。
はじめは彼を敬遠していたのに、いつのまにか平気になっていることに自分で驚いた。
安心感さえ、……あった。
「……信じられない」
空港で、結珂は呆然とつぶやいた。坂本は隣で、来る途中買い込んだものをひとつにまとめている。
結珂はロビーの椅子に腰掛けているのだが、なぜか顔が青冷めている。
「なんであんなにすっ飛ばすわけ……? おまけに寒いし。しかも静岡からこの空港まで買い物以外休みなしだし」
ぶるっと身震いする。
「それに何よあの運転! 早いわけよ、違反はするし乱暴だしスカートめくれるし」
「おれも信じられねえ」
つめこんだものをぎゅっと押さえつけ、荷物の口を閉じながら坂本。
「全財産三百九十五円で、よく手伝うなんて言えるよな」
「うっ」
痛いところを突かれたように、結珂の顔がひきつる。じろりと横目で見て、坂本は切符を差し出す。
「お前の分」
「 ─── ありがと……」
小さくなって受け取る。坂本は立ち上がり、腕時計と空港の時計が合っていることを確かめ、飛行機の時間を見る。
「あと二分で出るのが満席だから次の飛行機の取ったから。それまでに着替えてこいよ」
ひとつだけまとめずにいた紙袋を結珂に渡す。「えっ」と顔を上げると、坂本は疲れたように肩を回した。
「明日だって平日だろ、制服じゃ目立つんだよ。だけどあんまりいい服は選べなかったぜ」
「あ……ありがとう」
時計を見て、急いでトイレへ走っていく結珂。だが実際紙袋を開けてみて、驚いた。せいぜいTシャツとジーンズくらいかなと思っていたのに ─── センスのいい白とピンクのツーピース、それに合わせた上着と靴。よく男が選ぶとやたら可愛らしすぎる服になることがあるが、そんなことはなかった。結珂自身が選ぶものよりもぴったり似合う。
「ああ、いいよそれ。やっぱり似合うな」
服を着ておずおずと戻ってきた結珂を振り返り、坂本は満足そうにそう言った。
「これ……こんないい服……あの、あたしいつかちゃんとお金払うから」
「いいんだよ、おれが勝手にそういうの選んだんだから」
そろそろ行くぞと席を立つ。慌ててついていく結珂、坂本と一緒にゲートを通る。
「でも、高いでしょこれ……それに靴まで」
「やるって言ってんだからとっとけよ。ほら、乗るぞ」
まだ「でも」、と続ける結珂の手を引っ張って、坂本は歩いていく。
時刻はとうに夜の域。
はたして初めて飛行機に乗った結珂は、生まれて初めて見る「月光に照らされた雲の海」に感激することになった。
◆
北海道に着いた時は、もう夜もすっかり更けていた。普段ならとっくにお風呂に入っている時間である。
しかし結珂は今、汽車に乗っていた。そろそろ一時間になるところで、もう客もあまり乗ってこない。
空港で買ったお弁当で夕食を摂ったあと、坂本は向かいの席で腕組みをしてじっと目を閉じていた。眠っているのかもしれない。
空港から出たとたん、あまりの寒さに絶句した結珂のために店に寄ってコートを買った。それを肩にかけなおしながら、坂本って実はお金持ちだったのかなあと結珂はしげしげ彼の寝顔を見つめた。
「なに、見てんだよ」
ふいに目を開けて、坂本。もろに視線が合ってしまい、結珂はたじろいだ。
「な、なんだ起きてたんだ」
「飛行機で眠ったからな」
そうか、結珂が月と雲を見てはしゃいでいる間、いやに静かだったのはそのためか。
坂本は身を起こし、窓の外を見て「ああ」と言った。
「外に出た時寒かったからまさかと思ったんだけど、やっぱりだ。雪が降り始めた」
「えっ!?」
ぎょっとした結珂、窓にへばりつく。道理で寒かったわけだが ─── 。
「だって今秋だよ十月下旬だよ!?」
「本州の常識が通用しないところもあるんだよ、ここでは」
小さい頃から双子と一緒に北海道へ遊びに来ていて慣れているらしい。窓のところに置いておいた缶コーヒーを開け、坂本はのんびり飲んでいる。
「風も強かったよな。そのうち吹雪になったりして」
「そういう無責任かつ呑気な推測を立てるのはやめてほしい……」
「やっぱり今夜はどっかに泊まらなきゃならなくなるかもな。光(みつ)寛(ひろ)のとこに電話しといて良かった」
坂本の発言に結珂はぽかんと口を開ける。そういえば空港に着いたとき、どこかに電話を入れていたが……。
「光寛って誰?」
「おれ達がこっちに来るといつも必ず会ってた友達。心配すんなよ、親も同居してるから」
コーヒーの缶を窓際に置き、にやっと笑う。
「それとも二人だけでホテルが良かった?」
「そ ─── そういうこと言うからあんたって軽く見えるのよ!」
思い切り動揺する結珂が面白いらしく、坂本はくすくす笑う。
「安心しろよ、今はそんな場合じゃないだろ」
「……坂本って意地悪じゃなきゃいいのに」
それを聞いた坂本の目が、ふと優しくなる。
「そうしなきゃおれが恐くならない?」
「今だって恐くないわよ」
結珂はうつむく。なぜか目を合わせる勇気がない。
「 ─── ほんとは優しいって、少し分かってきたから……」
坂本は黙っていた。でも優しい視線を感じた。
はじめは彼を敬遠していたのに、いつのまにか平気になっていることに自分で驚いた。
安心感さえ、……あった。
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