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37-裏事情
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(う~~……)
陽向は与一との合流地点である駅併設の巨大商業施設、その立体駐車場でハンドルに突っ伏していた。
傍らには真新しい携帯端末の箱。
ちょうど日中に商業施設にいくからと携帯端末を修理に出そうとしたのだが、ついてもらった店員にやり込められ無駄に最新機種を買わされてしまった。それ自体はままいいのだが、問題は仲の良い皆とやりとりしていたチャットアプリの引継ぎを失敗してしまったことだ。おかげさまで、新しい端末には誰とも繋がっていないチャットアプリが居座っている挙句、昔のやり取りを眺めるためだけに旧端末の修理までする羽目になった。
金に関しては別に気にならないが……正直、修理完了時にまたあの店員に付かれて何かを買わされそうで陽向は気が重かった。
周りが点滅した。
頭の上に疑問符を浮かべて陽向がハンドルから頭を上げると、ガラガラな駐車場なのにわざわざ誰かが陽向の車の正面に駐車していた。点滅はパッシングだったようだ。
相手は陽向が顔を上げたのをみて車から降り、大きく手を振った。陽向も車を降りる。
「おはよ、陽向。突っ伏してたから車の中で熱中症でも起こしたのかとちょっとヒヤッとしたぞ」
「そこま、で、どじじゃ、ない」
与一は大きな手で陽向の頭をぽふぽふと叩いた。うーうー唸りながら陽向が与一の手をどけて与一を睨むと、与一は楽しそうに歯を見せて笑った。
「元気か?」
「ん」
「のわりに、なんか辛そうだな。まあ、あとで聞いちゃろうな」
陽向が軽く目を瞠る。与一はニヤリと笑った。
「何年付き合いだと思ってんの?」
「……ん」
聞こうとする前に答えてくれる。陽向の小さな反応から陽向の心を窺い知ることができる与一の察しの良さに、昔から驚かされ、同時に救われてきた。
(話してしまったほうがいいだろうか?)
陽向の身に起きていること。
並行世界のような異世界に行けること。そこの世界の神様のために、花桃一族の人間を連れてきてほしいと頼まれていること。
そうしなければ、並行世界の人たちの命が危ないこと。
陽向の中にある選択肢は2つだけだ。
花桃一族の人間を杼ねのもとに連れて行くか、杼ねに正しい後継者を諦めてもらって陽向で我慢してもらうかだ。
(なあ、与一……)
与一なら。
普段からたくさんの人と接し、色々な経験をしてきた彼ならどう判断するだろうか。
(聞いてみたい)
陽向が口をもごもごさせる。
与一も陽向が何かを話そうとしているのには気付いているのだろう。陽向をじっと見て動かないでくれている。
だが、結局陽向は口の動きを止めた。
(二度手間は、ダメだ)
与一は陽向と違い妻子ある身。ただでさえ家族サービスしたいだろう休日に陽向に付き合わせてしまっている。それなのにわざわざ説明の時間を取らせ、さらに花桃一族の前でも同じ説明をするだなんて非効率的なことをすべきじゃない。陽向はのどまで出かかった言葉をそっと空気に溶かして追い出した。
与一が不思議そうに小首を傾げた。が、問いかけるようなことはせず。
「いくべ?」
「ん」
与一は陽向を手招くと、歩き出した。陽向もその後を追った。
歩きながら、与一は陽向に神社を売ってくれた一族の近況を教えてくれた。
「神社の持ち主が花桃って家なのは知ってるんだっけ?」
「うん」
「んじゃあざっくり説明しちまおうか。花桃の直系は女の一人っ子が2代続いてて、つゆりさんがかあちゃんで会社員してて、くゆりって娘さんのほうが今から行く喫茶店をやってる」
「? くゆりさん、けっこう、おおきい?」
「え? そりゃ俺らより3つ上だかんね。おばさんなんて呼ぶなよ? 殴られるぞ」
与一が笑って脅してくる。陽向は一生懸命首を横に振ってそんな失礼な呼び方しないと主張した。
と同時に、陽向の中でわずかに疑問が首をもたげてくる。
(あれ、くゆりさん結構大きい……?)
たしか松葉から土地の伝承を習った時、初めに巨木に捧げられたのは親に連れられた少女だったと言っていた。1000年前なら平安時代で当時の元服が15-17歳頃だから、少女は14歳以下だったということになる。
神社に萩やその次の植物が実ったころのことは聞かなかったから解らないが、その後の代である杼ねが並行世界に渡った時のことは「幼い少女が行方不明になった」という記載として残っていた、というようなことを松葉が言っていたはずだ。
陽向より3つ上ならくゆりは数え年で28歳。
陽向が異世界に行くようになったのが15歳、当時くゆりは18歳。
陽向が15歳の頃から杼ねが神の後継を求めていたとはいえ、当時の段階で、既にくゆりはあちらに渡って神となった者たちと比べるとずいぶん年が上に思う。
(ん~~?)
神の後継は、山鎮めとかいう四連川の儀式とは違って制限はないのだろうか? 山鎮めとかいう儀式には「清廉」というワードが付いていた。つまり童貞か処女であることが必須条件として明確になっていた。神の後継にはそういった条件があったりしないのだろうか。
「よいち」
「ん?」
「くゆりさん、けっこん?」
「ああ、18歳の時に13歳の頃から付き合ってた人と結婚して、それから調理師学校出たんだったかな。俺がまだ中学入りたての頃、まだ清い中だったはずのお2人が熱い夜を過ごした日があって、声がだだ漏れてた日があってそりゃもう男連中大騒ぎよ」
「聞きたくないです結構です」
「こういうときだけ流暢なのな」
ますます混乱する。
与一のおかげでくゆりが非処女なのはよくわかったが、それって神の後継の条件に引っ掛かるのではないだろうか。
(……あれ?)
先ほど与一は「女の一人っ子が2代続いている」と言っていた。
まさか。
「よいち」
「ん?」
「……子供?」
「くー姉んとこ? ああ、不妊治療頑張ってたみたいだけど……。今はもう治療止めたって言ってたかな。つゆりさん、くー姉産むときに子宮がダメになったから、娘の家族にはたくさん子宝に恵まれてほしいなって言ってたんだ。それだけに、不妊治療諦めたってくー姉がつゆりさんに報告したとき、夫婦の問題だものねって笑顔で支持してたけど、隠れて泣いてたの覚えてるわ」
「!」
田舎特有のガバガバ個人情報に感謝しつつも、陽向は必要ではない部分を全力で聞き流した。
正直、聞いている場合ではなかったのだ。バラバラだった色々な情報が、頭の中でパズルのピースを形成し始めたからだ。
(え、待って?)
落ち着いて1つずつ整理していく。
陽向とくゆりの歳差は3歳。
陽向が異世界に行けるようになったのは15歳。この頃、18歳のくゆりが結婚した。調理師学校への進学を控えていたのに、だ。
(結婚を急いだ? なんで? 目的があった?)
単純に愛し合っていたから? だとしても、結婚したら子供が欲しくなり学業がおろそかにならないだろうか。在学させながら子供を産み育てるのはリスクが……
(子供……、子供か!)
ピースがはまる。
18歳でしかも進学を控えているというのに花桃の家がくゆりの結婚を許可したのは、子どもを早めに産ませるためだったとしたら?
松葉の家には「花桃の子供が跡形もなく消えてしまい遺体すら見つからない」という伝承が伝わっている。悪いことに花桃つゆりはくゆり以外の子を持つことができないというのもあって、花桃一族の断絶回避のため早めにくゆりに子供を産んでおいてもらおうと思ってもおかしくない。特に、前回の行方不明事件からかなり期間が開いている現状、いつ花桃の子供が消えるか解らない状況でもあるのだ。
もしかしたら杼ねか花桃神社の神様が先ぶれとして何らかのアクションを起こしていた可能性も……。
(先ぶれ……。あっ!)
パチリと2つ目のピースがはまる。
陽向の目から見ても解るほど明確な先ぶれが神社のほうに出ていたではないか。
ある時期、花桃の神社にはどこからかやってきて神社内で姿を消し、探しても見つからないのに数時間後ふっと姿を現し帰っていく不気味な子供がうろついていた。そんな存在が姿を現したと認識した段階で、花桃か松葉の大人たちは伝承にある「行方不明になり遺体すら見つからない子供が出る」時期が近いと頭によぎったはずだ。
たとえその不気味な存在本人である陽向に、そんなつもりがなかったとしても。
このまま神社にくゆりが居れば遠からず神社に出入りする不気味な子供とくゆりが接触するだろう。そうなればいつくゆりを連れて行かれるか解らない。
(だから、結婚させた)
ひとまずくゆりを結婚させて神社から離した。実際、陽向は初めてあっちに渡ってから神社を購入するまで一度もくゆりを見かけたことがない。
先ぶれからくゆりを隠して時間を稼ぎつつ、その時間で子供を複数産ませて花桃の断絶を阻止しする。
時期が来て子供が一人連れて行かれても、他の子供がいれば花桃一族は生き残っていく。これが最も穏便に行方不明事件を終わらせる方法なのだと、知恵の回る大人たちは作戦をくゆりには伏せたまま、新たに生まれ来る花桃の末代の1人を犠牲にすることで無事に終わらせる青写真を描いたのだろう。
(けど、そううまくはいかなかった)
想定外のことが起きた。くゆりが不妊体質で子供が授からなかったのだ。
青写真を描いていた者たちは焦った。このままでは並行世界の神は花桃一族の直系で唯一の末裔であるくゆりを連れて行ってしまう。1000年前に自分たちの祖先を救ってくれた花桃一族が、自分たちの犠牲となってその血を絶やしてしまう。
焦りに焦った末、苦肉の策で考え付いたのが神社の売却だ。花桃一族と神社の縁を切ることでくゆりを守るという強硬手段に出たのだろう。
(そんなことをしたら、買った人がどうなるかとか考えなかったのか?)
行方不明になる子供の属性が、花桃の子供ではなく神社に住まう者の子供だった場合、買った人が花桃一族の負うはずだった責務を背負わされるのでは? そう考えると胸がモヤモヤする。
と同時に、ぱちりと最後のピースがはまった気がした。
(……あぁ、そういうことか)
花桃一族、もしくは花桃一族に神社の売却を命じたものからすれば、それこそが目的だったのだ。
花桃一族を守りながら、神の後継を出すという役割も無事終わらせたい。
そのジレンマを解消する方法として神社を売却させた。買い取ったよそ者を、よそ者が作った家庭の子供を、花桃の末裔の代わりに神の後継として差し出すために。
(そんな裏事情があるなんて露知らず、オレは神社を買ってしまった)
そして多分、陽向が辿りついた答えはほぼ間違っていないのだろう。
実際、陽向はこの神社を買い取った時、神の後継を出さなければいけない状況が近いかもしれないことも、並行世界と花桃一族の関連に関する説明すら受けていない。それどころか神社の持ち主に会うことすらなく全ての事務手続きは不動産屋任せだった。
万が一、陽向や陽向の築いた家庭から誰かが行方不明になった後に、陽向やその家族がそういう曰くのある土地だと知って報復に来るのを恐れたのだろう。
(でも、この方法でも結局は……)
神社を売って逃げても、花桃一族に遺伝するアビリティが神の資格として絡む以上、並行世界は花桃の一族に神の後継をねだることになる。何のアビリティが関連しているのかは明確には解らないが、一般人では10年務めるのでやっとの神という役職を花桃の血筋は100年単位で務められるのだ。ひどい言い方だがコスパの面でも花桃から出したいと願うのは当たり前のことだ。
何より杼ねもその前の神も、伝承に従いこの土地を守るために異世界に渡ることを選ばされた人達。次の代も慣例に習い、花桃の家から出して当たり前と思っていてもおかしくない。
(せめて、アビリティのことを花桃やその上の人間がしって知ってれば)
神社を売ることなく別の方法を試すこともできたはずだ。くゆりから取り出した卵子を別の女性の胎で育ててもらう代理母や、最悪の最悪は、クローン技術を用いてくゆりかつゆりの複製を作るという選択肢も現代にはあった。
だが、花桃一族は神社を手放してしまった。それで問題が解決すると信じて。
もともとの暮らしていた場所を失い、さらに神の後継として生贄まで差し出せと迫られるなんてどれほど悔しく感じるだろう。
(花桃にとって、オレは……)
先ぶれとして現れ、今また神の後継について話があると言いながら新たな生活の場を踏み荒らしに現れる陽向は、花桃の人間からしたら悪魔そのものに見えることだろう。
陽向の脚が止まる。
気づいた与一が振り向いた。
「どした?」
「あ、の、与一」
このまま丸腰で本丸に乗り込んでもろくなことにならない。与一の時間を浪費して悪いが、一度作戦会議の時間をとらせてほしい。
その思いで陽向は与一の腕を引っ張った。
だが。わずかに遅い。
「とりま、ついたし中で聞くわ。ほら、おいで」
そういうと、与一は喫茶店のドアを開けてしまった。
遮蔽物がなくなり見えたのは、昨日与一が送ってくれたURLで見かけた和風喫茶の内装だった。
ドアについていたベルが鳴る。音に気付いたのだろう、若い女が出迎えに来た。
「いらっしゃいま……あれ? 与一君?」
「お邪魔します。空いてますか?」
「来てくれたんだ! 今まだお客さんいないの。好きな席にどうぞ。お連れさんも、どー……」
そういって微笑んだ女性は、与一の連れの顔を見てギクリと固まった。
その反応がすべてだ。
陽向は自分の推測がそこまで的外れではないと理解した。
陽向は与一との合流地点である駅併設の巨大商業施設、その立体駐車場でハンドルに突っ伏していた。
傍らには真新しい携帯端末の箱。
ちょうど日中に商業施設にいくからと携帯端末を修理に出そうとしたのだが、ついてもらった店員にやり込められ無駄に最新機種を買わされてしまった。それ自体はままいいのだが、問題は仲の良い皆とやりとりしていたチャットアプリの引継ぎを失敗してしまったことだ。おかげさまで、新しい端末には誰とも繋がっていないチャットアプリが居座っている挙句、昔のやり取りを眺めるためだけに旧端末の修理までする羽目になった。
金に関しては別に気にならないが……正直、修理完了時にまたあの店員に付かれて何かを買わされそうで陽向は気が重かった。
周りが点滅した。
頭の上に疑問符を浮かべて陽向がハンドルから頭を上げると、ガラガラな駐車場なのにわざわざ誰かが陽向の車の正面に駐車していた。点滅はパッシングだったようだ。
相手は陽向が顔を上げたのをみて車から降り、大きく手を振った。陽向も車を降りる。
「おはよ、陽向。突っ伏してたから車の中で熱中症でも起こしたのかとちょっとヒヤッとしたぞ」
「そこま、で、どじじゃ、ない」
与一は大きな手で陽向の頭をぽふぽふと叩いた。うーうー唸りながら陽向が与一の手をどけて与一を睨むと、与一は楽しそうに歯を見せて笑った。
「元気か?」
「ん」
「のわりに、なんか辛そうだな。まあ、あとで聞いちゃろうな」
陽向が軽く目を瞠る。与一はニヤリと笑った。
「何年付き合いだと思ってんの?」
「……ん」
聞こうとする前に答えてくれる。陽向の小さな反応から陽向の心を窺い知ることができる与一の察しの良さに、昔から驚かされ、同時に救われてきた。
(話してしまったほうがいいだろうか?)
陽向の身に起きていること。
並行世界のような異世界に行けること。そこの世界の神様のために、花桃一族の人間を連れてきてほしいと頼まれていること。
そうしなければ、並行世界の人たちの命が危ないこと。
陽向の中にある選択肢は2つだけだ。
花桃一族の人間を杼ねのもとに連れて行くか、杼ねに正しい後継者を諦めてもらって陽向で我慢してもらうかだ。
(なあ、与一……)
与一なら。
普段からたくさんの人と接し、色々な経験をしてきた彼ならどう判断するだろうか。
(聞いてみたい)
陽向が口をもごもごさせる。
与一も陽向が何かを話そうとしているのには気付いているのだろう。陽向をじっと見て動かないでくれている。
だが、結局陽向は口の動きを止めた。
(二度手間は、ダメだ)
与一は陽向と違い妻子ある身。ただでさえ家族サービスしたいだろう休日に陽向に付き合わせてしまっている。それなのにわざわざ説明の時間を取らせ、さらに花桃一族の前でも同じ説明をするだなんて非効率的なことをすべきじゃない。陽向はのどまで出かかった言葉をそっと空気に溶かして追い出した。
与一が不思議そうに小首を傾げた。が、問いかけるようなことはせず。
「いくべ?」
「ん」
与一は陽向を手招くと、歩き出した。陽向もその後を追った。
歩きながら、与一は陽向に神社を売ってくれた一族の近況を教えてくれた。
「神社の持ち主が花桃って家なのは知ってるんだっけ?」
「うん」
「んじゃあざっくり説明しちまおうか。花桃の直系は女の一人っ子が2代続いてて、つゆりさんがかあちゃんで会社員してて、くゆりって娘さんのほうが今から行く喫茶店をやってる」
「? くゆりさん、けっこう、おおきい?」
「え? そりゃ俺らより3つ上だかんね。おばさんなんて呼ぶなよ? 殴られるぞ」
与一が笑って脅してくる。陽向は一生懸命首を横に振ってそんな失礼な呼び方しないと主張した。
と同時に、陽向の中でわずかに疑問が首をもたげてくる。
(あれ、くゆりさん結構大きい……?)
たしか松葉から土地の伝承を習った時、初めに巨木に捧げられたのは親に連れられた少女だったと言っていた。1000年前なら平安時代で当時の元服が15-17歳頃だから、少女は14歳以下だったということになる。
神社に萩やその次の植物が実ったころのことは聞かなかったから解らないが、その後の代である杼ねが並行世界に渡った時のことは「幼い少女が行方不明になった」という記載として残っていた、というようなことを松葉が言っていたはずだ。
陽向より3つ上ならくゆりは数え年で28歳。
陽向が異世界に行くようになったのが15歳、当時くゆりは18歳。
陽向が15歳の頃から杼ねが神の後継を求めていたとはいえ、当時の段階で、既にくゆりはあちらに渡って神となった者たちと比べるとずいぶん年が上に思う。
(ん~~?)
神の後継は、山鎮めとかいう四連川の儀式とは違って制限はないのだろうか? 山鎮めとかいう儀式には「清廉」というワードが付いていた。つまり童貞か処女であることが必須条件として明確になっていた。神の後継にはそういった条件があったりしないのだろうか。
「よいち」
「ん?」
「くゆりさん、けっこん?」
「ああ、18歳の時に13歳の頃から付き合ってた人と結婚して、それから調理師学校出たんだったかな。俺がまだ中学入りたての頃、まだ清い中だったはずのお2人が熱い夜を過ごした日があって、声がだだ漏れてた日があってそりゃもう男連中大騒ぎよ」
「聞きたくないです結構です」
「こういうときだけ流暢なのな」
ますます混乱する。
与一のおかげでくゆりが非処女なのはよくわかったが、それって神の後継の条件に引っ掛かるのではないだろうか。
(……あれ?)
先ほど与一は「女の一人っ子が2代続いている」と言っていた。
まさか。
「よいち」
「ん?」
「……子供?」
「くー姉んとこ? ああ、不妊治療頑張ってたみたいだけど……。今はもう治療止めたって言ってたかな。つゆりさん、くー姉産むときに子宮がダメになったから、娘の家族にはたくさん子宝に恵まれてほしいなって言ってたんだ。それだけに、不妊治療諦めたってくー姉がつゆりさんに報告したとき、夫婦の問題だものねって笑顔で支持してたけど、隠れて泣いてたの覚えてるわ」
「!」
田舎特有のガバガバ個人情報に感謝しつつも、陽向は必要ではない部分を全力で聞き流した。
正直、聞いている場合ではなかったのだ。バラバラだった色々な情報が、頭の中でパズルのピースを形成し始めたからだ。
(え、待って?)
落ち着いて1つずつ整理していく。
陽向とくゆりの歳差は3歳。
陽向が異世界に行けるようになったのは15歳。この頃、18歳のくゆりが結婚した。調理師学校への進学を控えていたのに、だ。
(結婚を急いだ? なんで? 目的があった?)
単純に愛し合っていたから? だとしても、結婚したら子供が欲しくなり学業がおろそかにならないだろうか。在学させながら子供を産み育てるのはリスクが……
(子供……、子供か!)
ピースがはまる。
18歳でしかも進学を控えているというのに花桃の家がくゆりの結婚を許可したのは、子どもを早めに産ませるためだったとしたら?
松葉の家には「花桃の子供が跡形もなく消えてしまい遺体すら見つからない」という伝承が伝わっている。悪いことに花桃つゆりはくゆり以外の子を持つことができないというのもあって、花桃一族の断絶回避のため早めにくゆりに子供を産んでおいてもらおうと思ってもおかしくない。特に、前回の行方不明事件からかなり期間が開いている現状、いつ花桃の子供が消えるか解らない状況でもあるのだ。
もしかしたら杼ねか花桃神社の神様が先ぶれとして何らかのアクションを起こしていた可能性も……。
(先ぶれ……。あっ!)
パチリと2つ目のピースがはまる。
陽向の目から見ても解るほど明確な先ぶれが神社のほうに出ていたではないか。
ある時期、花桃の神社にはどこからかやってきて神社内で姿を消し、探しても見つからないのに数時間後ふっと姿を現し帰っていく不気味な子供がうろついていた。そんな存在が姿を現したと認識した段階で、花桃か松葉の大人たちは伝承にある「行方不明になり遺体すら見つからない子供が出る」時期が近いと頭によぎったはずだ。
たとえその不気味な存在本人である陽向に、そんなつもりがなかったとしても。
このまま神社にくゆりが居れば遠からず神社に出入りする不気味な子供とくゆりが接触するだろう。そうなればいつくゆりを連れて行かれるか解らない。
(だから、結婚させた)
ひとまずくゆりを結婚させて神社から離した。実際、陽向は初めてあっちに渡ってから神社を購入するまで一度もくゆりを見かけたことがない。
先ぶれからくゆりを隠して時間を稼ぎつつ、その時間で子供を複数産ませて花桃の断絶を阻止しする。
時期が来て子供が一人連れて行かれても、他の子供がいれば花桃一族は生き残っていく。これが最も穏便に行方不明事件を終わらせる方法なのだと、知恵の回る大人たちは作戦をくゆりには伏せたまま、新たに生まれ来る花桃の末代の1人を犠牲にすることで無事に終わらせる青写真を描いたのだろう。
(けど、そううまくはいかなかった)
想定外のことが起きた。くゆりが不妊体質で子供が授からなかったのだ。
青写真を描いていた者たちは焦った。このままでは並行世界の神は花桃一族の直系で唯一の末裔であるくゆりを連れて行ってしまう。1000年前に自分たちの祖先を救ってくれた花桃一族が、自分たちの犠牲となってその血を絶やしてしまう。
焦りに焦った末、苦肉の策で考え付いたのが神社の売却だ。花桃一族と神社の縁を切ることでくゆりを守るという強硬手段に出たのだろう。
(そんなことをしたら、買った人がどうなるかとか考えなかったのか?)
行方不明になる子供の属性が、花桃の子供ではなく神社に住まう者の子供だった場合、買った人が花桃一族の負うはずだった責務を背負わされるのでは? そう考えると胸がモヤモヤする。
と同時に、ぱちりと最後のピースがはまった気がした。
(……あぁ、そういうことか)
花桃一族、もしくは花桃一族に神社の売却を命じたものからすれば、それこそが目的だったのだ。
花桃一族を守りながら、神の後継を出すという役割も無事終わらせたい。
そのジレンマを解消する方法として神社を売却させた。買い取ったよそ者を、よそ者が作った家庭の子供を、花桃の末裔の代わりに神の後継として差し出すために。
(そんな裏事情があるなんて露知らず、オレは神社を買ってしまった)
そして多分、陽向が辿りついた答えはほぼ間違っていないのだろう。
実際、陽向はこの神社を買い取った時、神の後継を出さなければいけない状況が近いかもしれないことも、並行世界と花桃一族の関連に関する説明すら受けていない。それどころか神社の持ち主に会うことすらなく全ての事務手続きは不動産屋任せだった。
万が一、陽向や陽向の築いた家庭から誰かが行方不明になった後に、陽向やその家族がそういう曰くのある土地だと知って報復に来るのを恐れたのだろう。
(でも、この方法でも結局は……)
神社を売って逃げても、花桃一族に遺伝するアビリティが神の資格として絡む以上、並行世界は花桃の一族に神の後継をねだることになる。何のアビリティが関連しているのかは明確には解らないが、一般人では10年務めるのでやっとの神という役職を花桃の血筋は100年単位で務められるのだ。ひどい言い方だがコスパの面でも花桃から出したいと願うのは当たり前のことだ。
何より杼ねもその前の神も、伝承に従いこの土地を守るために異世界に渡ることを選ばされた人達。次の代も慣例に習い、花桃の家から出して当たり前と思っていてもおかしくない。
(せめて、アビリティのことを花桃やその上の人間がしって知ってれば)
神社を売ることなく別の方法を試すこともできたはずだ。くゆりから取り出した卵子を別の女性の胎で育ててもらう代理母や、最悪の最悪は、クローン技術を用いてくゆりかつゆりの複製を作るという選択肢も現代にはあった。
だが、花桃一族は神社を手放してしまった。それで問題が解決すると信じて。
もともとの暮らしていた場所を失い、さらに神の後継として生贄まで差し出せと迫られるなんてどれほど悔しく感じるだろう。
(花桃にとって、オレは……)
先ぶれとして現れ、今また神の後継について話があると言いながら新たな生活の場を踏み荒らしに現れる陽向は、花桃の人間からしたら悪魔そのものに見えることだろう。
陽向の脚が止まる。
気づいた与一が振り向いた。
「どした?」
「あ、の、与一」
このまま丸腰で本丸に乗り込んでもろくなことにならない。与一の時間を浪費して悪いが、一度作戦会議の時間をとらせてほしい。
その思いで陽向は与一の腕を引っ張った。
だが。わずかに遅い。
「とりま、ついたし中で聞くわ。ほら、おいで」
そういうと、与一は喫茶店のドアを開けてしまった。
遮蔽物がなくなり見えたのは、昨日与一が送ってくれたURLで見かけた和風喫茶の内装だった。
ドアについていたベルが鳴る。音に気付いたのだろう、若い女が出迎えに来た。
「いらっしゃいま……あれ? 与一君?」
「お邪魔します。空いてますか?」
「来てくれたんだ! 今まだお客さんいないの。好きな席にどうぞ。お連れさんも、どー……」
そういって微笑んだ女性は、与一の連れの顔を見てギクリと固まった。
その反応がすべてだ。
陽向は自分の推測がそこまで的外れではないと理解した。
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自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。
そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。
「一緒にコラボ配信、しない?」
顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。
これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。
※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
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