邪神様に恋をして

そらまめ

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邂逅

邪神様、相対したくはなかったです

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 食事も終わり、食後の談笑へ移っていた。
 満腹と疲れですでに、狐耳の幼女は俺の膝の上で寝ていたが、起こさないようにそっと静かにテントまで運んで寝させた。

「で、ユータ。あの子どうするの」
「どうするも何も。帰る場所が見つかるまで面倒をみるだけだろ」
「その帰る場所自体が謎すぎるけどね」
「まあそうだな。しかし名前がないのは不便だよな。あの子に名前でもつけてあげようかな」
「またバカなことを言いだしたよ。で、あんたあの子を使役でもするつもりなの」
「はあ、んな訳あるかよ」
「悠太、あの子は妖狐です。妖狐に名を授けるという事は、悠太があの子を縛ることになるのです。安易に名を授けてはいけません」

 たかが名前だろ。
 そんな風に思っていた時、突然ヒルデが立ち上がって周囲を警戒した。

「悠太、戦闘の準備を。エイルはあの子を」

 ヒルデは言葉短く指示する。
 その様から警戒すべき脅威が訪れている事がわかる。
 俺はすぐに刀を抜けるように戦闘に備えた。

「そこに居るのは分かっています。隠れていないで姿を見せたらどうですか」

「隠れてるなんて失礼ね。気づくまで待っていてあげたのに」

 その言葉と共に暗闇から女の姿が現れた。
 その見知った姿、その格好に、声を失う。
 赤の長襦袢を下に白い小振袖、雪の様な柄の入った鮮やかな青色の帯。黒の長い髪を薄い桜色のリボンで後ろに纏めていた。この世界には存在しない艶やかな振袖姿だ。


「再会できて、嬉しいわ、佐藤くん」

「なんで、お前が……」

 鼓動が激しくなり、息も上手くできない。
 俺はあの子を知っている。
 二年前の春、病気で亡くなった、同い年で幼馴染みの女の子だ。

「貴方に逢いたかった、かしら。半信半疑だったけれど、こうしてまた再会出来たのだから、運命なのかもね」
「運命って…… おまえは今まで何してたんだ、何処にいたんだ」
「そんなに動揺して、らしくないわね。そうね、昔みたいに遊んでくれたら教えてあげる。私と、斬り合いましょう」

 彼女はゆっくりと鞘から刀を抜いて下段に構える。
 その所作は洗練されていて優雅で美しい。
 間違いなく、俺の知っている子、その本人だ。

「どうしたの。私と斬り結べる喜びで声を失った。それともまた、勝負から逃げて、私の前から居なくなるつもり」

 彼女の黒い瞳が俺を真っ直ぐに射抜く。
 彼女のもとへ、ゆっくりと歩を進めた。
 間合いを図り、無言で八艘の構えをとる。

「刀一本って、手加減でもするつもり」
「生憎、こっちでは一本しか持ち合わせてないからな」
「そう、残念ね」

 その言葉で彼女の刃が揺れた。刹那、音もなく一気に間合いを詰め、刀を斬りあげる。
 後ろに下がり初撃をなんとか躱すが、彼女は刀を返し、大きく振り被る事なく最小限の動きで振り下ろした。
 横に逸れてなんとか躱し、俺は間合いを取り直した。

「刀一本だけとはいえ、相変わらず避けるのは上手のね。でも久々の再会だし、もっと熱く、もっと激しく、貴方と交わりたいのだけれど」

 相変わらずの狂人振りで嫌気がさす。
 彼女は初めて会った時から何一つ変わっていない。
 いや、変態的言い回しは酷くなっているかも。

「こっちはもう何年も刀を振ってないからな、期待には添えないかもな」
「大丈夫。貴方程の才能だもの、多少のブランクで弱くなったりはしないわ」

 彼女は自分の唇を舐め、妖艶に微笑んだ。
 おいおい、同い年なのにどう生活したら、そんな色気だせるんだよ。

 真剣で女性を傷物にしたくないので、ある提案を持ちかける。

「なあ、おまえの刀を折ったら、俺の勝ちでいいか。まあ正確には斬っちまうんだけどな」

 わざと彼女を煽った。
 案の定、一瞬、彼女は妖艶な笑みに怒気を浮かべた。

「わたしの刀を斬るですって。冗談でもとても不愉快ね。でもいいわ、貴方の申し出を受けてあげる」

「ああ、ありがとう」

 俺は納刀して、居合の構えをとり、眼を閉じる。
 ただ静かに神経を研ぎ澄まし集中する。

「いいわ、ゾクゾクする。やっぱり佐藤くんは最高の男ね」

 彼女は霞の構えから、俺の喉元目掛けて突きを放った。

 だが、その切先は刺さることもなく地に落ちた。

 俺の女神刀に斬れぬものなど無い。
 その女神刀から繰り出された技は、佐藤流奥義、女神の一閃である、なーんてね。

 突きの態勢のまま固まっている彼女に声を掛ける。

「凛子、俺の勝ちだ」
「……斬られた感触が、無かった」

 信じられないって感じか。まあ弾かれたなら兎も角、刀を斬られたらショックだよな。

 彼女は膝から崩れ落ちるが、途中で俺が抱き支えた。

「凛子、大丈夫か」
「大丈夫じゃない、わたしが負けたんだよ。……えーん、わたしまけたよぉー、くやしいよぉー」

 大声で泣いた。子供の様に俺の胸の中で泣く。
 だからこいつと勝負するの嫌なんだよな。
 普段との落差が有りすぎて。
 なんで俺に負けた時だけ泣くんだよ。意味がわかんねえーよ。

 俺は彼女を座らせると、きれいな布を渡した。
 落ち着きますよと言って、ヒルデがお茶を手渡した。

「悠太、この人はなんですか」

 誰ですか、ではなく、なんですかときた。

「んー 俺の同門っていうか、流派は違うけど、うちの道場に来てたから正確には違うんだけどけど、そんな感じ、かな」
「そうですか、でもなんで悠太の居場所が分かったのでしょうか」


「それは私が連れて来たからです。はじめまして、佐藤悠太さん」

 ……いきなり宙から、女の人が現れた
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