邪神様に恋をして

そらまめ

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新婚編

邪神様、無防備の屋敷は逆に怖いですよね

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 全身を冷たい手で撫でられる感覚が続く。冷めた厳かな空気の薄暗い地下洞。大小の岩が転がる凸凹の道で、時折遭遇する戦士風の幽霊や骸骨戦士を倒しながら奥へ進んだ。
 フレイの言っていた門などもなく、ただ、なだらかに下る、景色も変わらない、そんな殺風景な場所にも終わりが見えてきた。

 やや遠目にはこんな場所に不似合いな藍色で飾られた大きな屋敷が建っていた。

「やっとか。しかし、聞いていた話とは随分と違ったな」

 フレイは屋敷を眺めながら、そんな感想を漏らした。

「ねえ、とても嫌な感じしかしないんですけど」
「ああ、俺もだよ」

 あの屋敷を目にすると何故か悪寒が走る。
 俺の危険センサーがレッドを示していた。

「悠太、ここからは絶対に油断するなよ。そして、どんな絶世の美女が現れても誘惑に負けるな。いいか、わかったな」

 真剣な表情で超絶美男子は俺に釘を刺した。

「あん、誘惑されるならフレイの方だろ。イヤミか」
「違う。生憎、私はああいった輩には嫌われる。なにせ、対照的な存在だからな」

 まあ、冥界とは対極だよな。
 遊んでいても豊穣と繁栄だったかの神だし。

「知ってる奴なのか」
「話でしか知らないな」

 そこはかとなく不安になってきた。
 やはり、危険が危ない、そんな感じがする。

 俺達はまた歩きだした。
 屋敷に近づくにつれて何かに引きつけられる感情が湧き上がってくるのと同時に、消えてしまいそうな、そんな不安な気持ちにもなっていく。

『悠太様、不安に呑み込まれてはいけません。自身を強く持ってください』
「アンジュ、どういうことだ」
『如何なる時も、悠太様は悠太様なのだと、強く意識してください。過去に、前世に決して呑み込まれないようにしてください』
「わかった。とにかく、俺はマルデルの旦那様だと思っていればいいんだな」
『まぁ、はい、そんな感じでもいいのかな』
「おい、なんで最後は疑問形なんだ」
『とにかく、絶対に今の自分を忘れないようにしてください』

 あ、アンジュが怒ってしまった。
 まあいい、俺にあきれただけだろう。
 だってさ、美女の誘惑っていってもマルデル以上の美女はいないからな。
 俺に魅了の魔法は効かないんだぜ。

「ユータ、でもあんた、すぐに快楽に負けるじゃん」
「おい、フレイの前でなんて事を言うんだ。一応あれでも義兄になるんだぞ、イテテッ」

 また、フレイに頬をつねられた。

「一応とはなんだ」
「はひ、すひまへん」

 フレイはまた最後にこれでもかと捻りを加えて離した。
 ちくしょう、最初から捻りを加えやがって。しかも最後にダメ押しすんなよな。ああ、痛えよ。


 
 やっとの思いで近くまで来ると、壁も柵もない、ただ無防備に屋敷がポツンと建っていることに気付く。

「なあ、怪し過ぎないか。かなり嫌な感じがする」
「ユータ、私もそう思うよ」
「しかも出迎えまでいるし」

 身なりのいい初老と思われる男が一人で立っていた。
 フレイはそんな事は気にも留めずに歩みを止めなかった。

 そして、その男の前で、俺達は足を止めた。

「私はナムタルと申します。こんな所まで何用ですかな」
「探し物があってな。面倒だがここまで足を運ばせてもらった」

 男はあからさまに不快だと言わんばかりの表情をした。

「何をお探しかは存じ上げませんが、ここはエレシュキガル様が治める地。生者は早々に立ち去るのが良いかと」
「それはできん。私も遊びできた訳ではないのだ。泥棒猫から友を返してもらわんと、帰りたくても帰れんよ」

 男の気配が一変した。その怒気をまとった表情と気配があからさまに分かる。

「我が主人を泥棒猫呼ばわりするのか」

 怒りを押し殺したように低い声で男はそう言うと、両手を掲げて短く何かを唱えた。
 そして、その両手をフレイに向けて振り下ろすと、黒い霧がフレイを包んだ。
 フレイは苦しそうに喉元を抑えて片膝をついた。

『そんなのは通用しませんよ』

 ウェンリィがそう言うと、また勝手に右腕を前に突き出して音もなく魔法が放たれた。
 その緑色に輝く魔法が喉元を抑え苦しんでいたフレイを癒した。しかも、まだ黒い霧に包まれているのに再度、苦しむことはなかった。

「な、なんだ、私の術が打ち消されただと」
「ふん、三下の分際で粋がらないでよね」

 おい、クロノア、今のはウェンリィの手柄だろ。なんで、お前が勝ち誇ってるんだよ。

「さてと、遊びもここまでだ。そこをどけ、貴様には用はない」

 あああ、フレイまでなに勝ち誇ってんの。
 ウェンリィのおかげで助かったやつのセリフじゃないだろ。

『悠太様、あなた様がそう思ってくれるだけで、私は充分です』

 なんて心優しいんだ、ウェンリィは。
 あとで、ご褒美にヨシヨシしてやるからな。

『はい!』

 あー、煩いですよ、君たち。
 ご褒美が欲しければウェンリィみたいに心優しい気持ちで頑張ってください。
 まったく、頭の中でゴチャゴチャ煩いんだよ。少しは静かにしてくれよな。

 俺が精霊達と遊んでるうちに男はフレイの手で既に倒されていた。
 あれ、いつの間に。まあいっか。気にしたら負けだな。


「さぁ悠太、屋敷に入るぞ」

 その声に歩き出そうとした時、屋敷から一人の女性が出てきた。
 その女性は苛烈なオーラをまとい、ゆっくりと歩いてくる。その相貌は美しく整って気品と気高さを感じさせる。が、同時に彼女の苛烈さも、強大さも表していた。

「私の配下を殺したのは、あなたかしら」

 彼女はそう言うと同時に、フレイの喉元に剣を突き立てた。
 フレイが後ろに下がらなければ確実に喉を貫かれていた。超絶美男子は紙一重で避けるという演出をしたのだ。

「先に仕掛けてきたのはそちらの方だ」
「この私の治める地で、そんな屁理屈が通るとでも」
「なら、どちらが正しいか勝負でもするかい」

 その言葉が合図となり、エレシュキガルは剣で突くと、連続して横に薙ぎ払った。
 その刃はフレイの喉元を掠め、血飛沫が舞った。
 フレイとエレシュキガルは三合ほど打ち合うと、互いの正面で鍔迫り合いとなった。
 傍から見て、互角だった。

「ユータ、助けなくていいの」
「うん、真剣勝負に水を差すなんて無粋な真似はできないよ」
「でも、フレイ若干押されてない」

 うーん、互角だと思ってたけど、どうやらエレシュキガルの方が技量は上だったか。
 でもなんかフレイの方は急激に体力を消耗している感じがするな。もしかして地の利ってやつか。

 フレイは剣を弾かれて、全身隙だらけと化したところで、俺は割って入り、彼女の剣を受け止めた。

 へえ、マルデルの刀で折れないのか。すごい剣だな。

 俺はフレイの腹を蹴飛ばして後方に下がらせると、彼女の剣を押し返して、突き飛ばした。

「真打登場だ」
「あ、あなたは!」

 俺の顔を見て彼女は驚いていた。
 しばらく俺を上から下まで眺めると、一度うなずいた。

「まさか、欠片がここまで力を持つとは、エンリルも思ってなかったでしょうね」

 欠片、そうかやっぱり、ここにあるのか。

「その欠片が、取り戻しに来たんだけど素直に返してくれないかな」
「あれは私のお気に入りなの。残念だけど返す訳にはいかないわ」

 彼女は踏み込んで横に剣を払った。
 後ろに下がり上手く紙一重で避けたと思ったが、切先が腹を掠めていった。
 ち、手元上手かよ。マチルダみたいだな。

「ユータ、なにやってるのよ。ほら」

 クロノアはすぐに回復魔法で傷を癒してくれた。

「貴方。女相手に妖精の力を借りるなんて、随分と卑怯者なのね」
「神様相手だ、これくらいのハンデはいいだろ」

 そうね、と彼女は言って、俺の左肩を狙って剣を振り降ろすが、俺はその剣の軌道を変えてそのまま受け流した。
 そして振り抜いた体勢で空いた彼女の首筋に刀を当てた。

「俺の勝ちだ。大人しく負けを認めて返してくれないか」

 彼女は首筋に刃を当てられたまま俺を見た。
 そして一瞬、ニヤリと笑った。

『悠太様!』

 アンジュの悲鳴のような叫び声が聞こえて、体が勝手に横へ動こうとするが俺は背後から突然激しい痛みを感じた。
 俺は視線をゆっくり下に移すと、腹から剣が突き出ている。

 口から大量の血が吐かれた……

「ユータ!」
「あの時と同じだな。貴様はまた背後から剣で貫かれるとは。あっはは、実に皮肉なものよな」
「エンリル、許さぬぞ!」

 フレイがそう叫んで、俺を刺したやつに斬りかかろうとしていた。
 俺は痛みを堪えて冷静に、勝ったと思い油断している背後の男の胸を刀で刺し貫いた。

「ば、馬鹿な、我が神体を貫くだと……」
「マルデルの刀をなめるな」

 男は胸を刺されて後方に逃れるように倒れた。
 おい、剣は抜いていけよな。痛えだろうが。
 男が倒されて惚けているエレシュキガルの肩口に刀で峰打ちをして倒すと、ゆっくりとエンリルと呼ばれた男の方へ振り返る。するとフレイがちょうどその男の首を跳ね落としていた。

 敵を倒した事に俺は安心してか、崩れ落ちるように片膝をついた。

「ユータ、しっかりして。今、みんなで治してるからね!」
「うん、おかげで少し痛いくらいにはなったよ。ありがとう」
「悠太、大丈夫か!」

 フレイは剣を一気に引き抜くと、俺を抱き支えてくれた。

「もう少し丁寧に抜いてくれよな」
「すまん、慌てた」

 なに超絶美男子が慌ててるんだよ。らしくねえな。
 クロノアは年頃バージョンになって傷口に手を当てて魔法で癒してくれていた。
 俺の頭の中ではアンジュ達が必死に傷を中から治している声が響いている。
 そんなに騒がしくしなくても、みんなのおかげで平気だから。

「フレイ、彼女は殺すなよ。ちゃんと話をしたいから」

 フレイがうなずいたのを確認して、俺は目を閉じた。


 少しだけ、寝かせてくれ。そう二人に呟いた。
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