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新婚編
邪神様、前世の記憶を
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乾いた空気に埃が舞い、草木もろくに育たない、そんな荒れた土地だった。
耳に聞こえるものは簡単に人を殺めてしまう武器の乾いた銃声と、それらから逃れようとする者たちの叫び。そして、その者たちを愉快そうに追い立てる輩達の下卑な笑い声。
そんな最悪で、最低な者達が跋扈する土地だった。
神であることを捨て、人の身でこの世界に降りてきたが、もうこの世界は終わりへ近づいていることを、すぐに感じ取った。
それもそうだろう。こんな醜い世界など、存在してはならないのだ。
俺は何も武器を手にしてはいなかったので、近くにきた精霊に力を貸してくれるよう頼んでみた。
「真なる王よ、私でよければ喜んで力をお貸し致します。ただ、あなた様が一言命じるだけで他のものも従いますが」
その深紅の髪を風もないのに靡かせた、その美しい精霊は、そう俺に教えてくれた。
「なぜ、神ではない私を王と呼ぶ」
「人の身に落ちても、あなた様の魂が曇ることなどありません。どの世界の同胞も自ら喜んで、あなた様のもとへ集うでしょう」
「そうか、そういうことか。なら、一人でも多く、か弱き善良な者を救いたい。俺に力を貸してくれ」
そしてその精霊が、俺の最初の協力者となった。
彼女は火の大精霊で、その中でも一番強大な力を持っていた。
そして、その彼女の進言により、俺はこの世界の最後の神獣に会いにいった。
「妖狐よ、俺に力を貸してはくれないか」
目の前には長き時を生きて、力を存分に増した強大な妖狐が横たわっていた。
黄金の美しい毛並み、九つの尾を持ったその妖狐は、俺に向き直ると頭を下げた。
「滅びゆく世界と人が願い、最後に希望を託した明星の神よ。喜んで私は、あなた様に従いましょう」
その美しく、威厳に満ちながらも優しい声で、妖狐は俺に応えてくれた。
「我が主人よ、感謝致します。あなた様が来られなければ、私は闇に堕ちていたでしょうから」
「なに、俺もそこの彼女と、君に会わなければ堕ちていたさ。良き巡り合いに感謝だな」
そう言って三人で笑いあい、親睦を深めた。
こうして俺は小さな火の大精霊と、わりと大きな妖狐と共に人を救う旅にでた。
傍からは大精霊も妖狐も姿は見えない、一人旅だと思われたが、その方が都合が良いので一人だと偽った。
旅の中で、徐々に仲間も増え、訪れた各地で同志も拠点もできたりもした。
だが、圧倒的に救えない命の方が多く、その度に自身の不甲斐なさを呪った。
けれど、あきらめたくはなかった。
一人でも多くの善良なるものを救い、この世界にも希望はあるのだと、世界は穢れてなどいないと。世界を穢すのも、希望を見失うのも、全て己の心次第なのだと、皆に思い出して欲しいと願った。
だが現実は厳しい。明日の生きる糧も少なくば、人はまたその少ない糧をめぐり争ってしまうのだから。
想いが伝わらず、偽善者だと石を投げられる事も多かった。
それでも血を流しながら、必死に訴えかけた。
だが、理解されることの方が少なく、それでもあきらめずに旅を続けた。
そんな厳しい世界でも、一度たりともこの世界に渡った事を後悔などしなかった。
何もせずに眺めているよりは、マシだと思ったからだ。
それに彼女と約束した。
だから、投げ出す訳にはいかない。
俺はまた三人で共に歩きだした。
一人でも多く救うために
◇
夢を見ていた。
遠い遠い昔の記憶のような夢を。
忘れてはいけない、大切な記憶のような夢を。
『悠太様、良かった。意識がお戻りになりましたか。でも、もう少しだけ休んでいてください。その間に、お体を回復させますので』
その声はアンジュか。君は昔からあまり変わっていないんだな。うらやましいよ。
『……悠太様、思い出されたのでしょうか』
ああ、少しな。君と妖狐と出会った頃の夢をみたよ。
『そうでしたか。けれど、今はまだお忘れください』
君は昔から心配症だな。俺の事を案じて、そんな風に言うのだろう。
『あなた様に、この身をもって全身全霊で尽くすのが、私の使命です。心配症とは違います』
ふふふ、変わらないな、君は。分かった。その時がきたら教えてくれ。
『はい。今はまだ、しばしお休みください』
彼女の姿は見えないが、おそらくかしこまって話しているのだろうな。見なくてもそんな彼女の姿が想像できた。
俺は彼女の言葉に従い、また意識を深く沈めた。
◇
「我が親愛なる女王よ、お願いがあります」
私が悠太くんの横で子供の服を縫っていると、アンジュが突然現れてそう言ってきた。
床ではクオンがお絵描きをしていたが、聞かれても特には問題がないということかな。
「ええ、あなた達の願いなら構わないわよ」
「感謝します。では単刀直入に言わせてもらいます。悠太様と、あの神体、まだ引き合わせないでください。なるべく、あれと離して頂けませんか」
ん、単刀直入過ぎて理解が追いつかないよ。
「あの水晶らしきものに囚われている彼とは合わせるな、ということかしら」
「はい。今、あれと触れれば悠太様は消えてしまいます。そんな事になれば悠太様の今世が泡と化してしまいます」
なるほど……
さっぱり分からないよ。どういことなの!
「分かりやすく言えば、あれは完全には死んでいないのです。不完全な死のまま奪われた、といえば理解されますか」
う、小癪な。私だって仮にも女神よ。
「そう、なの。その不完全だと何がダメなの」
「精神的にも、肉体的にも劣っている今世の状態では、おそらく前世の記憶に全てを取り込まれる事になるでしょう。そうなれば、今の悠太様は完全に消えてしまいます。全ての者から忘れられた存在になり、誰もが皆、悠太様を忘れてしまうでしょう」
え、そんな……
「ですから、一刻も早くこの屋敷から離れてください。悠太様にはお願いして、またお休み頂きましたが、できれば目覚める前に、この場を離れて頂けませんか」
「わかった、アンジュの言う通りにするわ。けど、後でちゃんと対処の仕方も説明してね。時間がないのでしょ。すぐに行動に移すわ」
「感謝致します。必ず後でお話し致します」
アンジュはそう言い残して消えた。
これは緊急事態だよ!
「アルヴィド! 至急、悠太くんを運ぶ手配を、一刻でも早くこの場から離れるわよ!」
わたしは廊下に出て、そう叫んだ。
ヒルデ達には悠太くんの回復の為だと嘘をついて説明すると、準備を急がせた。
また、フレイを呼んで、先程のアンジュとの話を説明した。
彼の神体については二手に分かれて、偽装して運びだし、秘密裏に他の場所へ隠す事にした。
絶対に、悠太くんを守る。
わたしは、そう固く胸に誓った。
耳に聞こえるものは簡単に人を殺めてしまう武器の乾いた銃声と、それらから逃れようとする者たちの叫び。そして、その者たちを愉快そうに追い立てる輩達の下卑な笑い声。
そんな最悪で、最低な者達が跋扈する土地だった。
神であることを捨て、人の身でこの世界に降りてきたが、もうこの世界は終わりへ近づいていることを、すぐに感じ取った。
それもそうだろう。こんな醜い世界など、存在してはならないのだ。
俺は何も武器を手にしてはいなかったので、近くにきた精霊に力を貸してくれるよう頼んでみた。
「真なる王よ、私でよければ喜んで力をお貸し致します。ただ、あなた様が一言命じるだけで他のものも従いますが」
その深紅の髪を風もないのに靡かせた、その美しい精霊は、そう俺に教えてくれた。
「なぜ、神ではない私を王と呼ぶ」
「人の身に落ちても、あなた様の魂が曇ることなどありません。どの世界の同胞も自ら喜んで、あなた様のもとへ集うでしょう」
「そうか、そういうことか。なら、一人でも多く、か弱き善良な者を救いたい。俺に力を貸してくれ」
そしてその精霊が、俺の最初の協力者となった。
彼女は火の大精霊で、その中でも一番強大な力を持っていた。
そして、その彼女の進言により、俺はこの世界の最後の神獣に会いにいった。
「妖狐よ、俺に力を貸してはくれないか」
目の前には長き時を生きて、力を存分に増した強大な妖狐が横たわっていた。
黄金の美しい毛並み、九つの尾を持ったその妖狐は、俺に向き直ると頭を下げた。
「滅びゆく世界と人が願い、最後に希望を託した明星の神よ。喜んで私は、あなた様に従いましょう」
その美しく、威厳に満ちながらも優しい声で、妖狐は俺に応えてくれた。
「我が主人よ、感謝致します。あなた様が来られなければ、私は闇に堕ちていたでしょうから」
「なに、俺もそこの彼女と、君に会わなければ堕ちていたさ。良き巡り合いに感謝だな」
そう言って三人で笑いあい、親睦を深めた。
こうして俺は小さな火の大精霊と、わりと大きな妖狐と共に人を救う旅にでた。
傍からは大精霊も妖狐も姿は見えない、一人旅だと思われたが、その方が都合が良いので一人だと偽った。
旅の中で、徐々に仲間も増え、訪れた各地で同志も拠点もできたりもした。
だが、圧倒的に救えない命の方が多く、その度に自身の不甲斐なさを呪った。
けれど、あきらめたくはなかった。
一人でも多くの善良なるものを救い、この世界にも希望はあるのだと、世界は穢れてなどいないと。世界を穢すのも、希望を見失うのも、全て己の心次第なのだと、皆に思い出して欲しいと願った。
だが現実は厳しい。明日の生きる糧も少なくば、人はまたその少ない糧をめぐり争ってしまうのだから。
想いが伝わらず、偽善者だと石を投げられる事も多かった。
それでも血を流しながら、必死に訴えかけた。
だが、理解されることの方が少なく、それでもあきらめずに旅を続けた。
そんな厳しい世界でも、一度たりともこの世界に渡った事を後悔などしなかった。
何もせずに眺めているよりは、マシだと思ったからだ。
それに彼女と約束した。
だから、投げ出す訳にはいかない。
俺はまた三人で共に歩きだした。
一人でも多く救うために
◇
夢を見ていた。
遠い遠い昔の記憶のような夢を。
忘れてはいけない、大切な記憶のような夢を。
『悠太様、良かった。意識がお戻りになりましたか。でも、もう少しだけ休んでいてください。その間に、お体を回復させますので』
その声はアンジュか。君は昔からあまり変わっていないんだな。うらやましいよ。
『……悠太様、思い出されたのでしょうか』
ああ、少しな。君と妖狐と出会った頃の夢をみたよ。
『そうでしたか。けれど、今はまだお忘れください』
君は昔から心配症だな。俺の事を案じて、そんな風に言うのだろう。
『あなた様に、この身をもって全身全霊で尽くすのが、私の使命です。心配症とは違います』
ふふふ、変わらないな、君は。分かった。その時がきたら教えてくれ。
『はい。今はまだ、しばしお休みください』
彼女の姿は見えないが、おそらくかしこまって話しているのだろうな。見なくてもそんな彼女の姿が想像できた。
俺は彼女の言葉に従い、また意識を深く沈めた。
◇
「我が親愛なる女王よ、お願いがあります」
私が悠太くんの横で子供の服を縫っていると、アンジュが突然現れてそう言ってきた。
床ではクオンがお絵描きをしていたが、聞かれても特には問題がないということかな。
「ええ、あなた達の願いなら構わないわよ」
「感謝します。では単刀直入に言わせてもらいます。悠太様と、あの神体、まだ引き合わせないでください。なるべく、あれと離して頂けませんか」
ん、単刀直入過ぎて理解が追いつかないよ。
「あの水晶らしきものに囚われている彼とは合わせるな、ということかしら」
「はい。今、あれと触れれば悠太様は消えてしまいます。そんな事になれば悠太様の今世が泡と化してしまいます」
なるほど……
さっぱり分からないよ。どういことなの!
「分かりやすく言えば、あれは完全には死んでいないのです。不完全な死のまま奪われた、といえば理解されますか」
う、小癪な。私だって仮にも女神よ。
「そう、なの。その不完全だと何がダメなの」
「精神的にも、肉体的にも劣っている今世の状態では、おそらく前世の記憶に全てを取り込まれる事になるでしょう。そうなれば、今の悠太様は完全に消えてしまいます。全ての者から忘れられた存在になり、誰もが皆、悠太様を忘れてしまうでしょう」
え、そんな……
「ですから、一刻も早くこの屋敷から離れてください。悠太様にはお願いして、またお休み頂きましたが、できれば目覚める前に、この場を離れて頂けませんか」
「わかった、アンジュの言う通りにするわ。けど、後でちゃんと対処の仕方も説明してね。時間がないのでしょ。すぐに行動に移すわ」
「感謝致します。必ず後でお話し致します」
アンジュはそう言い残して消えた。
これは緊急事態だよ!
「アルヴィド! 至急、悠太くんを運ぶ手配を、一刻でも早くこの場から離れるわよ!」
わたしは廊下に出て、そう叫んだ。
ヒルデ達には悠太くんの回復の為だと嘘をついて説明すると、準備を急がせた。
また、フレイを呼んで、先程のアンジュとの話を説明した。
彼の神体については二手に分かれて、偽装して運びだし、秘密裏に他の場所へ隠す事にした。
絶対に、悠太くんを守る。
わたしは、そう固く胸に誓った。
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