乙女ゲームのモブ令嬢、マリア・トルースの日記

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「——!! お前との婚約を破棄する!」
 
 遠くから聞こえてきたその言葉に、私はうっかり口から飲み物を吹き出しそうになった。

 ちょ、今なんて言った!? 聞き間違い!?

「おい、なんだ聞こえなかったのか!? お前との婚約を破棄すると言ったんだ!」

 うわぁ、聞き間違いではなかった。

 私、マリア・トルースがいるこの場はあちこちが綺麗に飾り付けをされた華やかなパーティー会場だ。

 私が今年から通い始めた王立学園の伝統ある卒業記念パーティー、のはずだった。

 それが今、誰かによってぶち壊されようとしている。

 卒業生たちの表情を見ればこの騒動に非常に困惑しているのがわかる。

 その困惑の視線の先には、主役である自分たち卒業生を差し置いて目立つ人物たちが。
 
「待って、このゲームに婚約破棄イベントとかないからね?」
 
 そう、ここはゲームの世界。

 私は乙女ゲームの中へ異世界転生とやらをこの身を以って体験してしまったのである。

 

◆◆◆



 "私、ゲームの世界に転生してる"

 そうわかったのは父親から学園への入学案内を渡された時だった。

 前世の記憶は物心付いた時からあった。

 別に頭を打ったわけでも、ショックな出来事があって熱を出して寝込んだわけでもない。

 ましてやゲームの中に転生したいとか、異世界に飛ばされたいとか願ったことなど一度もない。

 死んだ覚えもないのに、気が付いたらこの世界で当たり前のように過ごしていた。

 前世の最後の記憶はなんだったっけ? 

 あ、そうだ。いつものようにゲームをプレイして、セーブ画面を開いたところだった。

 セーブ画面でモブの女の子が"記録をしました"と言っていたっけ。

 まさか最後にプレイしていたその乙女ゲームの世界に転生するなんて思わないよね。

 それに私、モブだし。

 この世界の私の名前はマリア・トルース。

 ど田舎にある伯爵家の長女として生まれた。

 見た目も家柄も良くも悪くも普通。

 あの乙女ゲームに、マリア・トルースという人物は記憶にない。少なくとも登場人物たちの紹介には出ていなかった。

 だからモブだと判断することができた。

 見た目も茶色の髪に、茶色の瞳。ザ、モブ。
 どこからどう見てもただのモブ令嬢。

 あの乙女ゲームは好きだったし、近くでヒロインたちのイベントが見られるなんてラッキー! ぐらいの気持ちで学園へと通えばいっか、と軽く考えていた。

 ヒロインとの最初の出会いは入学式の日だった。


 話は約一年前の入学式へと遡る。



◆◆◆



 ——入学式の日。

「うわぁ、スチルと一緒だ!」

 目の前には何度もゲーム画面で見た、王立学園の正門。

 ここでヒロインは攻略対象者と待ち合わせをしたり、帰宅イベントなどをしたりしていた。

 その時に使われていたあのスチルそのままだった。

 どきどきしながら門をくぐり、感激しながら歩いているとふと、とあることに気が付いて立ち止まった。

 あれ、今年って何年? そもそも私と同じ年にヒロインが入学するっていう保証、ないよね?

 え、もしかして卒業しちゃった後とかじゃないよね?

 これは早く入学式で確認をせねば! と、もう一度歩き出そうとしたその時、私の肩にぶつかってきた人が。

「きゃっ、ご、ごめんなさいっ」

 可愛らしいその声は聞き覚えがあった。何度も聞いた、あの有名声優さんの声と同じだった。そう、まさにヒロインの声のそれだった。

 私は高鳴る胸を抑えながらぶつかってきた女の子を見た。

「あ、いえ、こちらこそすみま……」

 そこまで言って、私はピタリと止まった。
 ヒロインのあまりの可愛さに言葉を失う。さすがヒロイン。なにこの可愛さは?

 ピンクの髪にピンクの瞳。どこからどう見てもザ・ヒロイン。

「本当にごめんなさいっ。あの、私はオフィーリア・アルコットと申します。もともと平民だったんですけど、アルコット子爵家の娘だと分かって……。それで今年からこの学園に入学することになったんです。あまりの嬉しさにきょろきょろしちゃってました。あ、あなたのお名前をお伺いしても……?」

 さすがヒロイン。聞いてもいないのに勝手に可愛らしく自己紹介をしてくれる。

「私はマリア・トルースです。私も今年入学なんですよ。あの、よかったら……」

 よかったら一緒に入学式が行われる講堂に行きませんか? と聞こうとしたけれど、オフィーリアは何かを考えているようで私の声が届いていなかった。

「マリア・トルース……? 知らない名前だわ」

「え? えっと、そうですね、初対面ですから」

 私はヒロインの名前を知っているけれど、ヒロインからしたら私はただのモブで、一度も会ったことがないから名前なんて知らなくて当然だろう。

「——、」

 オフィーリアは小さな声で呟いたため、何と言ったのかよく聞こえなかった。

「え? 今何か……?」

「ごめんなさいっ、私、急いでるのでもう行かなきゃ」

 オフィーリアはにこりと笑い、それだけ言うと足早に行ってしまった。

「う、うん? あれ?」
 
 少しだけ引っかかりを覚えたけれど、私も急がないと入学式に遅れてしまう。深くは気にせず私も講堂へと向かおうとしたら後ろから声を掛けられた。

「マリア」

 私に声を掛ける人なんて一人しか思い浮かばない。

 周りに何もないど田舎に引きこもっていた私には知り合いどころか友人などいないからだ。一人を除いては。

「あ、ジーク」

 声を掛けてきたのはジークだった。

 ジークは私の父親の上司の息子。まぁ、幼馴染とも言えるかな? なぜかど田舎の伯爵家まで、父親にくっついて遊びに来ていた変わり者。

 ちなみにジークのお父様に「嫁に来るかい?」なんて冗談を言われて笑い流したこともあるほどの仲ではある。

「マリア、迎えに行くと伝えたのにどうして先に行ったんだい?」

「え、あぁ、ごめんなさい。学園に行くのが楽しみで待ちきれなかったの」

 嘘はついていない、嘘は。
 ここに来るのが楽しみすぎて昨日眠れなかったぐらいだから。ついうっかり忘れてしまった。

 私は高等部からの入学だったため、まだ王都に来て日が浅いのだ。

「ふぅん、そう。ところで今話していたのは知り合い?」

「いや……ちょっとぶつかっただけだよ」

「ぶつかった、ね」

「え? うん。私がこんなところに突っ立ってたから……」

「あの人、君以外にもぶつかっていってたよ。危ないから気を付けて」
 
 いってた? あれか、ヒロインはドジっ子属性なのかな? 

 それにしてもジークはそんなにヒロインのことを見ていたのね。ジークは攻略対象ではないけれど、ヒロインのあまりの可愛さに射抜かれちゃったのかしら。

「ジークはさっきの子のことが気になるの?」

「どうしてそうなるのかな?」

 私がそう聞くとジークは怒りながら講堂へと先に行ってしまった。
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