人間不信の異世界転移者

遊暮

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完全犯罪は異世界転移で

12話 兵士の誇り

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「それじゃあカール、交代だ。後は頼んだぞ」

 暗闇に消えていく同僚の後ろ姿を見送り、入れ替わりで宝物庫の扉の前に立つ。
 すると、隣で同じく入り口を守っている同僚のニクラスが話しかけてきた。

「おい、聞いたかよ。ロスーアとの戦争が休戦になったらしいぞ」

「なに? それは本当か? それにしても何故そんな突然に?」

 いくら戦況が不利と言っても、王侯貴族の多くは戦争推進派が占めていたと記憶している。頭の固い連中が簡単に諦めるはずが……。

「それがどうやら聖国が介入してきたらしいぞ」

「……なるほど、それならあっさり休戦したのも頷けるな」

 流石にシオン王国や魔国ロスーアと言えど、神の意思には逆らえない。
 だが、戦争はもう八年は続いていた。それが今になって介入してきた理由で考えられるとすれば――。

「原因は十中八九、転移者達だろうな」

 その言葉を聞いて、俺は僅かに顔を顰めた。
 二週間前、召喚された異世界人はなんと三十七人という過去に例のないほど多かったそうだ。
 だがそれも今では三十人を割っている。あの<殺戮姫>によって殺されたのだ。昼間にすれ違った幾人かは皆、一様に暗い顔をしていた。

「そもそも、ああいったやり方は好きではないんだがな」

 別の世界から強制的に連れてきて戦わせるなんて馬鹿げている。
 例え過去に功績を残した転移者がいるからと言ってそれをあんな若い子達に強いるなど……。

「おいおい、誰かに聞かれないようにしろよ? まあこんな夜中だ。誰も居ないとは思うけどな」

「それでも油断は禁物だぞ。また侵入しようとする輩が居ないとも限らんからな」

 「喋ってんのはお前じゃねえか」とぶつくさ言うニクラスに軽く笑いを返し警戒を続ける。

 二週間、召喚されたばかりの転移者二人がこの宝物庫に忍び込もうとした時があった。だが、彼らは所詮レベル一。いくら強力なユニークスキルを得ようと、力に溺れた彼らを捕まえることは容易かった。

 あれから魔物を倒してレベルが上がっただろうが、聞いたところによると、まだレベルは高い者でも三十もないと聞いた。
 二週間という期間では驚くべき成長速度だが、この城の兵士の平均レベルは六十。俺達宝物庫を守る者に至ってはレベル八十を超える。
 このレベルはCランク冒険者に匹敵する強さだ。日夜魔物と戦い、レベルの高い者が多い冒険者の中でも中堅と呼ばれるくらいの強さではあるが、兵士の中ではかなりエリートに分類される。
 まだ戦闘経験の少ない転移者達では、相手になるはずもない。

「ん? おいカール、何か聞こえねえか?」

 俺同様に警戒していたニクラスが真剣な表情で俺に話しかける。普段はお調子者だが、こういった時には頼りになる相棒だ。

「確かに聞こえるな。……こちらに来たぞ」

 暗闇から丸いボール状の物体が跳ねて近づいてくる。俺達はすぐさま身構えた。するとその物体の後ろから、追いかけるように走る足音が聞こえた。

「すみませーん! そのスライムを捕まえてください!」

 言われてみると、その跳ねる物体はスライムだった。あれは……珍しいな、グラトニースライムか。
 半透明の体に赤い目と、殆どスライムと変わらない容姿。しかしその実ランクDの魔物で、初心者冒険者がスライムと間違えてやられる事もあるという。俺たちでも、油断はできない相手だ。

「――よっと、おお、可愛いなこいつ」

 前に出たニクラスがブラッドスライムを抱えて捕まえる。

「おい! 油断はダメだと――」

「大丈夫だって、テイムされているようだし……ほら、向こうは無手だ」

 こちらに走ってくる人物を見ると、確かに何も持っていなかった。
 黒髪黒目の少年は、息を僅かに切らして走ってくる。俺はニクラスの前に出てこちらまで来た少年に注意を向けながら話しかけた。

「こんな夜更けにどうした?」

 警戒されている事が分かったのか、少年は緊張を解すように軽く笑みを浮かべながら理由を答える。

「あ、実は部屋で魔法の練習をしていて……。そしたら急にクウが部屋の外に飛び出して行っちゃったんです」

 なるほど、怪しい所は今の所何も無いな。それに向こうは何も武器を持っていない。疑うのは仕方の無いことだが、これ以上は失礼だろう。
 俺は腰に差した剣に添えていた手を放す。

「そうか。いくらテイムした魔物とはいえ城に一匹で行動させていたら討伐されかねん。気をつけるんだな」

 逃げ出したモンスターが間違って討伐されたなど、笑えない話だ。この少年が悲しむ様を見たくはないからな。

「ええ、肝に銘じておきます。……ところで随分と親切なんですね」

 ――っ! それまでにこやかに話していた少年の雰囲気がガラリと変わる。まるで、気味の悪いものを見たような表情だった。
 何故だ、何故俺がこんな視線を向けられている!?

「ニクラス気をつけろ! こいつ――」

 その時、俺の持つパッシブスキル【危機察知】に反応があった。背後からの攻撃を咄嗟に左腕で庇う。

「ぐうっ! ニクラス!?」

 剣によって切り裂かれた左腕は、切り落とされはしなかったものの、ぶらりと垂れ下がり使えなくなってしまった。
 ニクラスに声をかけるが反応がない。振り向くとニクラスの顔はスライムに覆われ、既に意識の無い状態だった。

「――っ!!」

 だが、そちらに意識を向けたのが失敗だった。前から少年がいつの間にか手に持った刀身の黒い短剣の様なものを振り下ろす。
 後ろに跳んで避けようとするが、今度は右の太股を切り裂かれてしまう。すると、体から力が急激に抜けていく。あれは魔剣か!?
 下がった俺に少年は追撃はせず、真っ直ぐにこちらを見据える。

 ニクラスは……もうダメか。ニクラスの体はもう全身が覆い尽くされ、生きたまま溶かされていた。まだ生きているだろうが、あれでは助かるまい。

「クソッ! ……おい、少年。何でこんなことをした」

「……」

 無視か。時間稼ぎをして増援を待てればよかったが不可能のようだ。
 戦況は圧倒的にこちらが不利。まさかここまでやられるとは思わなかった。
 転移者達は人も殺したことの無いような甘っちょろい人間と聞いていたが、あれはヤバイ。俺の本能が逃げろと言ってくる。

 レベルやスキルではない。精神構造からして普通の人間とは違うのだ。ああいう人間を俺は戦場で何人も見てきた。

 左腕が使えず足も封じられている。しかも魔剣で切られたせいか、いつもより体が重い。ここは逃げて応援を頼んだ方がいいのかもしれない。

「だがな、俺にも誇りってもんがあるんだよっ!」

 ニクラスは死んだ。このままでは宝物庫への侵入を許してしまうだろう。だが、このままでは終わらせない!
 俺は無事な左足で床を強く踏みしめ、少年へと切りかかる。

 ――その瞬間、後ろから飛来した剣が俺の背中を貫いた。

「――がふっ……」

 口内に血の味が広がる。そして、気がついた時には目の前に少年が立っていた。

「じゃあな」

 首に走った焼けるような熱を最後に、俺のの意識は闇へと落ちていった――。


 △ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △


 俺は、目の前で血の海に沈む兵士の死体を見下ろす。

「誇り……ね」

 最後に叫んでいた兵士の言葉。誇り、プライドや信念とも言うが、俺にそんなものはあっただろうかと考える。だがすぐに答えは出た。
 俺にそんなものはない。そもそも、誇りというのは何かを信じ、それに尽くすことができるような者が持つものだ。
 自分すら信じない俺がそんな高尚なものを持っている訳がないと自嘲する。

 それにしても作戦が上手くいった。まさかこんなにも作戦通りになるとは。

 クウに気を引かせ、兵士が装備している剣を【武器支配】で操り後ろから攻撃。スキルレベルが二になって同時に武器を二本操れるようになったので、主武器の魂削包丁を背中に張り付かせて、無手を装い油断させた。射程が五メートルから十メートルになったのも大きい。
 【武器支配】のスキルレベルが上がってなかったら魔法で攻撃しようと思っていたから、本当にクラスメイトでレベルを上げておいてよかった。でなければ勝てなかったかもしれない。発動速度は速い魔法はあるが、威力が低いからな。

「クウ、そいつちゃんと生かしてるか?」

 もう一人の兵士を覆っていたクウにどいてもらう。するとクウは少し不満そうにしながらも、さっきまで俺が戦っていた兵士の死体を吸収しにいってくれた。

 クウに溶かされていた兵士は確かに生きていた。既に内臓などの主要な器官しか残っておらず、生きているのが不思議なくらいだが、これで十分だ。俺は手に持った魂削包丁でとどめを刺す。これで七人目、親を含めて九人目だ。

「それにしても……お前ってチート武器だったんだな」

 魂を吸収して成長するだけかと思っていたが違ったらしい。さっきの戦闘、【鑑定】したら相手はレベル八十六だったのだが、この剣で切りつけた後に見ると七十五まで下がっていたのだ。

 まさか切りつけた相手の魂を削るというのが、レベルの事だとは思わなかった。発動は人間相手だけだろうが、かなり強力だ。

 気が付くと、後処理は終わっていた。俺が武器を眺めている間にクウは全てを食べてしまったようだ。まだ体に鎧の破片が浮いてはいるが、もうすぐで吸収できるだろう。そんなにお腹空いてたのか?

 クウの食いしん坊キャラ疑惑に首を傾げつつ、俺は宝物庫へと向かって歩いて行った。
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