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銀雷は罪過に狂う
42話 銀の少女
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「これは……」
俺は少女を見て、感嘆の声を漏らす。
毛並みがよく、触り心地の良さそうな銀色の髪に耳と尻尾。
俺は先程まで、彼女に見出していた価値はそこだけだった。
だが、その開かれた瞳を見た瞬間、それらが一瞬で霞むぐらいの衝撃を受ける。
元々は鋭く、猛獣のように強い意志を宿していたであろう黄金の瞳。それがまるで死んだように色を失い、濁りきっていて――見惚れる程に美しかった。
今まで、何人も絶望した人間の目を見たが、それとは違う。何かで押し込められ、極限まで熟成されたような深く、黒い底無し沼を思わせる感情が目の奥には込められていた。
だが、まだ死んでいる。諦めている。これより先に進むには、足りないものがある。
これは面白そうなものを見つけたと、俺は自然と口角が上がるのを感じる。
目を開いた少女は、何を反応するでもなく、傍らでしゃがみ込んで顔を覗き込んでいる俺をボーっと見つめている。
早くしないと出血で盗賊が死んでしまうことに気付いた俺は、少女に声を掛けた。
「おーい」
「――!!」
「おおう」
即座に反応した彼女は背中で跳ねるようにして飛び起き、洞窟奥の壁を背にして飛び退く。
「……だ、誰ですっ!? …………? 私、声が……それに目も……」
警戒心を露わにした少女だったが、自分の体に違和感を感じたのか俺そっちのけで自らの体を確認し始めた。
「あれだけあった傷が――」
「おーい、もういいかー?」
「ひいぃっ! ごめんなさいごめんなさい何でもしますからどうか殴るのだけは――」
俺がもう一度声を掛けると、今度は俺に背を向けて蹲り、ブツブツと早口で何かを呟く。
……若干鬱陶しいな。
だが、せっかく退屈しのぎになりそうなものを見つけたのだ。無下に扱う訳にもいかないか。
俺は少女に近付くと、クウにやるように頭をそっと撫でてみる。
「ひっ! ……ん……あ…………はふぅ……」
優しく労わるように、バレない程度に獣耳を掠めながら撫でていく。
最初はビクついて逃げようとしていた彼女もしつこく撫で回していると次第にされるがままになり、リラックスしたように息を吐き出した。
……それにしても、このフサフサの耳の触り心地は凄い。
ほのかな暖かさに、クセになる感触。滑らかな手触りといい、これだけで一日時間を潰せそうだ。
だが楽しみも残っているし、ここまでだな。尻尾は後の楽しみにしよう。
手を止めた俺は、頭に手を乗せたまま向き合い、安心させるように彼女に語りかけた。
「安心しろ。お前には危害を加えないから」
「…………か……た……です」
どうやら分かってもらえたらしい。
彼女は少し逡巡して、小さく頷いた。
「よし。じゃあ着いて来てくれ」
盗賊達を地獄に案内するため、元来た道を戻っていた俺と少女は、その間に簡単な自己紹介を済ませる。
まだ少し怯えてはいるようだが、さっきのスキンシップが功を奏したらしく、徐々に口調が滑らかになった彼女は素直に教えてくれた。
聞いたところによると、彼女の名前はリリー。
狼人族と呼ばれる獣人の一族で、村を出て森で一人薬草採取をしている所を盗賊に攫われたらしい。
「……私の、その……色は珍しいから、どこかの変態貴族に売るって言ってたです」
変態貴族って……いや、確かに一部で需要はあるかもしれんが。
「珍しいって普通は何色なんだ?」
「本来、狼人族は黒か茶色なのです。私のお母さんもそうだったです」
だった、か。もしかしてもう死んでいるのだろうか。
「君の、リリーのお父さんは?」
「……お父さんは私が生まれた時からいなかったです」
子供を守る筈の親がいない。そしてその子供は一族の誰とも異なった外見をしている。
……なるほど。
「リリーって村で暴力を振るわれたりはしてないか?」
「――えっ……!」
人間は自分達とは違う者を嫌悪し、排斥しようとするものだ。
そして、襤褸切れから覗く数々の傷跡。奇跡的に顔には目立った傷跡は無いが、それでも体の至る所から見える。
ポーションでは古傷を治すことは不可能だ。さっきの異常なまでの怯え様も常日頃から暴力を振るわれていると思えばなっとくできる。
あまりにもありきたりな話だ。よく考えれば不自然なところも見えてくる。
いくら人族よりも身体能力に優れた獣人だからと言って、魔物が大量に出るところにこんな年端もいかない少女を一人で出す筈も無いだろう。
まあ全ては異世界思考に染まった俺の予想なんだが、あながち間違ってはいないと思う。
「わ、私は――」
「着いたぞ」
「へ?」
盗賊の元に着いたので、話を中断する。
番をしていたクウの姿を見つけた俺は、軽く声を掛けた。
「クウ、ご苦労様。先に外に出て真白と待っていてくれ」
「はーい!」
元気よく返事をしたクウは、洞窟の外へと走っていった。真白もいつの間にか居なくなっていたので、きっと外で見張ってくれているだろう。
クウが去ってすぐ、後ろから来たリリーは、両足を切断され、地に這うようにして呻く八人の盗賊を見て小さく息を呑んだ。
「うっ……」
だが今はそちらに構っている場合では無い。
【気配察知】によると、少しずつだが盗賊達の気配が弱くなっているのが分かる。やるなら早めに、だな。
「え……、な、何を……」
俺はリリーの言葉を無視して盗賊の一人に近寄る。
そして懐に仕舞っていたペインダガーを手に取ると、それを左の眼球に深く突き刺した。
刃先はあっさりと沈み込み、すぐに何かが潰れる感触が伝わる。
「――あぎゃあぁあああああああ!!」
すると今までぐったりとしていた盗賊は狂ったように叫びを上げ、体を跳ねさせる。
洞窟内に響き渡る苦痛の声は他の盗賊達の恐怖心を煽り、よりこの時間を格別なものへと変えてくれるだろう。
「あぎぃ、や、やめっ――」
「そーれ、もう一回!」
「ぎぃやあぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
反対側の眼球にも同じようにして突き刺し、抉るようにグリグリと押し込む。
どうすれば一番苦しんでくれるのか。いい声を聞くにはどうすれば効率良く長く楽しめるのか。
心を知るため、俺は実験を楽しむ子供のように次々にペインダガーを振り下ろしていく。
【拷問】スキルによって死にたくても死ににくくなった盗賊は、やがて全身の至る所に穴を開け、ようやく死に絶えた。
それをゆらりと立ち上がった俺は静かに見下ろす。そして、残りの七人に目を向けた。
「た、助け……」
「いやだぁ! 俺はあんな――」
涙を流して恐怖する者、誰かに助けを求め始める者、必死で命乞いをする者もいる。
そして俺はそんな奴らに、満面の笑みで告げた。
「全員楽しませてくれよ?」
「――ふぅ……」
俺は苦悶の表情のまま死んだ八体の死体を見て、満足気に息を吐いた。
本当に楽しい時間だった。最近はこうやってゆっくり心を知る暇も無かったので尚更だ。
俺はそこで、ふとリリーの存在を思い出した。
夢中になっていたせいで、すっかり存在を忘れていたようだ。
同時に己の失態に気付く。
これでは、さっきまでの気遣いが無駄になってしまう。というか、もう手遅れだろう。
俺はウンザリした気持ちになりながら、青い顔で怯えているであろうリリーを――
「あ、あのっ!」
「……ん?」
だが、俺の想像を裏切り、怯えた様子をみせながらもしっかりと立ち上がって震える声を精一杯張り上げたリリーの姿がそこにはあった。
俺が反応すると、リリーは勇気を振り絞る様にして叫んだ。
「あっ、あなたは正義じゃ無いのですかっ!?」
「………………は?」
この子いきなり何言ってんの?
俺は少女を見て、感嘆の声を漏らす。
毛並みがよく、触り心地の良さそうな銀色の髪に耳と尻尾。
俺は先程まで、彼女に見出していた価値はそこだけだった。
だが、その開かれた瞳を見た瞬間、それらが一瞬で霞むぐらいの衝撃を受ける。
元々は鋭く、猛獣のように強い意志を宿していたであろう黄金の瞳。それがまるで死んだように色を失い、濁りきっていて――見惚れる程に美しかった。
今まで、何人も絶望した人間の目を見たが、それとは違う。何かで押し込められ、極限まで熟成されたような深く、黒い底無し沼を思わせる感情が目の奥には込められていた。
だが、まだ死んでいる。諦めている。これより先に進むには、足りないものがある。
これは面白そうなものを見つけたと、俺は自然と口角が上がるのを感じる。
目を開いた少女は、何を反応するでもなく、傍らでしゃがみ込んで顔を覗き込んでいる俺をボーっと見つめている。
早くしないと出血で盗賊が死んでしまうことに気付いた俺は、少女に声を掛けた。
「おーい」
「――!!」
「おおう」
即座に反応した彼女は背中で跳ねるようにして飛び起き、洞窟奥の壁を背にして飛び退く。
「……だ、誰ですっ!? …………? 私、声が……それに目も……」
警戒心を露わにした少女だったが、自分の体に違和感を感じたのか俺そっちのけで自らの体を確認し始めた。
「あれだけあった傷が――」
「おーい、もういいかー?」
「ひいぃっ! ごめんなさいごめんなさい何でもしますからどうか殴るのだけは――」
俺がもう一度声を掛けると、今度は俺に背を向けて蹲り、ブツブツと早口で何かを呟く。
……若干鬱陶しいな。
だが、せっかく退屈しのぎになりそうなものを見つけたのだ。無下に扱う訳にもいかないか。
俺は少女に近付くと、クウにやるように頭をそっと撫でてみる。
「ひっ! ……ん……あ…………はふぅ……」
優しく労わるように、バレない程度に獣耳を掠めながら撫でていく。
最初はビクついて逃げようとしていた彼女もしつこく撫で回していると次第にされるがままになり、リラックスしたように息を吐き出した。
……それにしても、このフサフサの耳の触り心地は凄い。
ほのかな暖かさに、クセになる感触。滑らかな手触りといい、これだけで一日時間を潰せそうだ。
だが楽しみも残っているし、ここまでだな。尻尾は後の楽しみにしよう。
手を止めた俺は、頭に手を乗せたまま向き合い、安心させるように彼女に語りかけた。
「安心しろ。お前には危害を加えないから」
「…………か……た……です」
どうやら分かってもらえたらしい。
彼女は少し逡巡して、小さく頷いた。
「よし。じゃあ着いて来てくれ」
盗賊達を地獄に案内するため、元来た道を戻っていた俺と少女は、その間に簡単な自己紹介を済ませる。
まだ少し怯えてはいるようだが、さっきのスキンシップが功を奏したらしく、徐々に口調が滑らかになった彼女は素直に教えてくれた。
聞いたところによると、彼女の名前はリリー。
狼人族と呼ばれる獣人の一族で、村を出て森で一人薬草採取をしている所を盗賊に攫われたらしい。
「……私の、その……色は珍しいから、どこかの変態貴族に売るって言ってたです」
変態貴族って……いや、確かに一部で需要はあるかもしれんが。
「珍しいって普通は何色なんだ?」
「本来、狼人族は黒か茶色なのです。私のお母さんもそうだったです」
だった、か。もしかしてもう死んでいるのだろうか。
「君の、リリーのお父さんは?」
「……お父さんは私が生まれた時からいなかったです」
子供を守る筈の親がいない。そしてその子供は一族の誰とも異なった外見をしている。
……なるほど。
「リリーって村で暴力を振るわれたりはしてないか?」
「――えっ……!」
人間は自分達とは違う者を嫌悪し、排斥しようとするものだ。
そして、襤褸切れから覗く数々の傷跡。奇跡的に顔には目立った傷跡は無いが、それでも体の至る所から見える。
ポーションでは古傷を治すことは不可能だ。さっきの異常なまでの怯え様も常日頃から暴力を振るわれていると思えばなっとくできる。
あまりにもありきたりな話だ。よく考えれば不自然なところも見えてくる。
いくら人族よりも身体能力に優れた獣人だからと言って、魔物が大量に出るところにこんな年端もいかない少女を一人で出す筈も無いだろう。
まあ全ては異世界思考に染まった俺の予想なんだが、あながち間違ってはいないと思う。
「わ、私は――」
「着いたぞ」
「へ?」
盗賊の元に着いたので、話を中断する。
番をしていたクウの姿を見つけた俺は、軽く声を掛けた。
「クウ、ご苦労様。先に外に出て真白と待っていてくれ」
「はーい!」
元気よく返事をしたクウは、洞窟の外へと走っていった。真白もいつの間にか居なくなっていたので、きっと外で見張ってくれているだろう。
クウが去ってすぐ、後ろから来たリリーは、両足を切断され、地に這うようにして呻く八人の盗賊を見て小さく息を呑んだ。
「うっ……」
だが今はそちらに構っている場合では無い。
【気配察知】によると、少しずつだが盗賊達の気配が弱くなっているのが分かる。やるなら早めに、だな。
「え……、な、何を……」
俺はリリーの言葉を無視して盗賊の一人に近寄る。
そして懐に仕舞っていたペインダガーを手に取ると、それを左の眼球に深く突き刺した。
刃先はあっさりと沈み込み、すぐに何かが潰れる感触が伝わる。
「――あぎゃあぁあああああああ!!」
すると今までぐったりとしていた盗賊は狂ったように叫びを上げ、体を跳ねさせる。
洞窟内に響き渡る苦痛の声は他の盗賊達の恐怖心を煽り、よりこの時間を格別なものへと変えてくれるだろう。
「あぎぃ、や、やめっ――」
「そーれ、もう一回!」
「ぎぃやあぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
反対側の眼球にも同じようにして突き刺し、抉るようにグリグリと押し込む。
どうすれば一番苦しんでくれるのか。いい声を聞くにはどうすれば効率良く長く楽しめるのか。
心を知るため、俺は実験を楽しむ子供のように次々にペインダガーを振り下ろしていく。
【拷問】スキルによって死にたくても死ににくくなった盗賊は、やがて全身の至る所に穴を開け、ようやく死に絶えた。
それをゆらりと立ち上がった俺は静かに見下ろす。そして、残りの七人に目を向けた。
「た、助け……」
「いやだぁ! 俺はあんな――」
涙を流して恐怖する者、誰かに助けを求め始める者、必死で命乞いをする者もいる。
そして俺はそんな奴らに、満面の笑みで告げた。
「全員楽しませてくれよ?」
「――ふぅ……」
俺は苦悶の表情のまま死んだ八体の死体を見て、満足気に息を吐いた。
本当に楽しい時間だった。最近はこうやってゆっくり心を知る暇も無かったので尚更だ。
俺はそこで、ふとリリーの存在を思い出した。
夢中になっていたせいで、すっかり存在を忘れていたようだ。
同時に己の失態に気付く。
これでは、さっきまでの気遣いが無駄になってしまう。というか、もう手遅れだろう。
俺はウンザリした気持ちになりながら、青い顔で怯えているであろうリリーを――
「あ、あのっ!」
「……ん?」
だが、俺の想像を裏切り、怯えた様子をみせながらもしっかりと立ち上がって震える声を精一杯張り上げたリリーの姿がそこにはあった。
俺が反応すると、リリーは勇気を振り絞る様にして叫んだ。
「あっ、あなたは正義じゃ無いのですかっ!?」
「………………は?」
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