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祝福と憧憬 6
しおりを挟む(──敬吾さん何食ってるかな)
暗い部屋に帰り、逸が最初に考えたのはそれだった。
自分は、敬吾に作ったホットサンドの残りとスープ、サラダをテーブルに運ぶ。
何も夕食を別に取るのは珍しいことではない。
それぞれが別に予定があればそうなるし、その後各々の部屋に帰ってそのままということも当然ある。
こうも心がざわつくのは、ただ単純に敬吾がここに居ないことが原因ではない──
(電話してえなー……)
箸を口に挟んだまま、行儀悪く携帯を手にとってみる。
もちろん着信やメッセージはない。
今頃はきっと、夕飯を食べ終え、風呂でも浴びて、明日の式の話などしているはずだ。
(──水入らずだもんな)
どうにか自分を諌めて端末を置き、気を取り直して食事を取るが味が薄いような気がする。
いつの間にか点けていたテレビの音も耳に入ってこなかった。
諦めてさっさと食べ終え、手抜き気味に片付けを済ませてしまってシャワーを浴びる。
もう寝てしまおうか──とベッドに腰掛けながら携帯を手に取ると。
着信を知らせるランプが点滅していた。
『──もしもし?』
「あ、敬吾さんっ!」
『え、はい』
浮かれきった逸の声に、ごく平坦な敬吾の声。
その温度差が、もしや何かあったのでは──と逸の熱量をぐっと縮ませる。
「すみません、風呂入ってて………、どうかしましたか?」
『いや?なにもないけど。なんとなく』
「…………………」
数秒その言葉を噛み締めて、やっと心に染みてから逸は笑った。
「そっか………」
『うん』
逸の声が軽くなり、そもそも最初の一言の華やかさで敬吾の気がかりはほぼ消える。
考え過ぎだったか──。
『もしかして寝るとこだったか?』
「あはは、敬吾さんいないと起きててもなんか……」
『はー?』
「敬吾さんは?」
『姉貴が酔いつぶれたから逃げてきた』
「え!?いいんですか、最後の夜なのに」
『ん?──ああ、いや家出るわけじゃないから。河野さん婿に入って同居』
「え、そうだったんですか」
確かに具体的にどちらの家に入るなどとは聞いたことがない。
それでも意外で逸はしばらく瞬いていた。
『うちの両親と河野さんめちゃくちゃ仲良いからな、次男みたいだし自然とそうなったっぽい』
「へ──……」
まだぽかんとした様子の声を漏らす逸に、敬吾は少し笑う。
『つーか、姉貴が未だにお前来ると思ってんだけど』
「──えぇ?」
『サプライズ計画してるんでしょ!?っつって。二次会終わるまで諦めない勢い』
「────」
逸の目の裏に桜の表情が浮かぶ。
きっと拗ねたように唇を尖らせているか──いや、サプライズを信じ切ってご機嫌で笑っているかもしれない。
「………っあはは!マジですか!!」
『どんだけ気に入られてんだよお前は……』
「嬉しいですけど、じゃあお姉さん本気でがっかりしちゃいますね」
『勝手に思い込んでるだけだからほっとけ』
そうは言うものの敬吾の口調は柔らかで、逸はふと微笑んでしまう。
「──じゃあ、改めてお姉さんにおめでとうメールしときます。ほんと嬉しい」
『そーかぁ……?』
「はい」
『…………………』
「──じゃあ」
「おやすみなさい」を言うのが辛い。
どうにかこうにか短いその台詞を絞り出して、逸はしばらく携帯を眺めていた。
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