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酔いどれ狼 4
しおりを挟む「ほら、腕上げろ」
シャツを捲り上げながら敬吾が言うと、逸は素直に両腕を上げた。
そこまで上げられると敬吾の手が届かないほど上げた。
「上げすぎ!」
「えへへー」
「…………。」
そう小柄でもない自分を見下ろすくせに、赤ん坊のように笑う逸を敬吾はぽかんと見返す。
一体なんだ、この酔い方は。
延々見つめてしまいそうなので意識して俯き、敬吾は逸のバックルに手を掛けた。
「あー、敬吾さんのえっちー」
「はいはいえっちえっち」
本当に汗だくになったらしく、まだいくらか湿っているジーンズが貼り付いてしまって落ちていかない。
膝をついてそれを引き下げ、下着も下ろすと逸も足を上げる。
ごく当然のことだが今の逸がそれをすると妙に賢く思えた。
「ほれじゃあ入ってこい。」
「えっ!」
「俺ついさっき入ったばっかなんだよ。もっかい脱ぐのめんどくさい」
明らかに責めは敬吾にあるが、逸はしょぼんと肩を落として素直に浴室に入る。
そのまま戸も閉めずにシャワーを出し始めるが、転んでも危ないので敬吾としても監視はしておくつもりだった。が。
突如振り返った逸が、戸先に立っていた敬吾に一瞬シャワーを向ける。
「わっ!!」
「あはは!」
「何してんだお前はー!」
顔にも飛んだ飛沫を拭いつつすっかり濡れたスウェットを見下ろしていると、逸は擽ったそうに目を細めてその敬吾に笑いかけた。
「敬吾さんもー」
「…………………っ」
先に騙し討ちしたのは自分である、敬吾は強く非難できない。
そこを責めるでもなく無邪気な逸の笑顔がまた、敬吾を誠実な気持ちにさせる。
渋い顔のまま服を脱ぎ始める敬吾を、逸は浴槽に腰掛けてにこにこと見守っていた。
頭も体も、ほわほわと軽く暖かくて不思議な感覚だった。
きちんと折り目のあるような感情はなく、ただ素直に目の前にいる敬吾がやはりふわふわと愛おしい。
それを、「今は駄目だ」などと思うことはない。
「なっ、こら!」
逸が敬吾を抱き寄せてその胸に顔を埋める。
当然敬吾は諌めるが、逸は全く意に介さず動かない。
ため息をつき、敬吾はそのまま逸の髪を濡らした。
「目ぇ瞑ってろよ」
「あいー」
髪を濡らし終え、シャンプーを取ろうにも逸はやはり縋り付いてくる。
まるで蜘蛛の糸に縋るような欲深さに敬吾は心底呆れていた。
一向に逸が離れないので、敬吾は仕方なく髪を洗い始める。
逸は、安否が不安になるほど動かなかった。
終わったぞ、と敬吾に言われてやっと顔を上げる。
生きていたし、笑っていた。
少々ぬるついていそうな顔を流してやってもまだ、目を閉じて笑っている。
「おい、寝てんのか?」
小さく飛沫を零しながら逸はふるふると首を振った。
「きもちよかったですー」
「………………」
広い肩をゆるりと落として、逸は幸せそうに言う。
それが伝染してきてしまい、敬吾は不覚にも赤くなった。
ひとつ咳払いをし、意識しててきぱきとタオルを泡立てる。
首すじから肩、腕、胸と流してやるとまた更に幸せそうに逸が笑った。
大人しくそうしてにやけているので敬吾が油断したところに、泡だらけの腕がするりと巻き付く。
「んわっ!」
「敬吾さん……」
「おいっ、こら………」
敬吾が諌めても、逸はむにむにと顔を擦りつけ幸せそうに唸るのみ。
これは聞きはしないだろうな──と仕方なく敬吾も腕を回し、子象の飼育員にでもなったつもりでその背中をがしがし擦ってやった。
逸は一言イタイと零したが、敬吾としては手を動かすべし、である。
ごく真面目に事務的に届く範囲を洗ってやって、さて、と思ったところで、ようやくどうも怪しい雲行きに気がついた。
なんだか背中を撫でられている。ぬるぬると。
「……………。おい。」
「んーー…………」
ああ、この声はもう駄目だ。
一瞬でそう確信してため息をつき、敬吾はシャワーヘッドに手を伸ばす。
事情聴取は御免だ。
「……ここはダメだぞ」
「ふふ、……はい」
呆れたような表情の敬吾に背中を流されながら、逸はやはり幸せそうに笑っていた。
脱衣所に出ると逸は、体を拭き終えた後さっき自分が濡らした床も律儀に拭いた。
そう立ったり座ったりするな、と敬吾が手を出しかけるが、逸はひとつもよろめかない。
「……………。岩井」
「はい?」
「お前もしかして酔い冷めて来てる?」
「えっ」
やや呆けたような敬吾と同じように、逸もまた瞬きながらそれを見返した。
そして、子供のように首を傾げる。
「……あれ?そうかも」
言われてみれば、意識が遥かにはっきりしている気がした。
かと言って全くの素面かと言われればそうでもなく、少しは靄がかってどこか適当なような気持ちだが。
先程までよりはかなりしっかりしている逸の目を見て、敬吾は笑った。
「代謝良すぎだろ」
「そうなん、ですかね?」
「頭痛とかは?」
「やー、ぜんぜん」
もちろん酒の量自体少なかっただろうし、それは大きそうだが。
「これならそのうち普通に飲めるようになるかもな」
からかうように敬吾に頭を撫でられ、逸の目がふっと自分の内面を見る。
大事なことを思い出していた。
「けーごさん」
「んー、うぉ……っと」
死角から抱き竦められ、敬吾は驚いたように瞬く。
逸は冷たい髪をすり寄せていた。
「……そしたら、お酌してほしいな……………」
「………………え、」
「お酒」
「────」
突然何を言い始めるのか、と敬吾がまだ考えているうちに逸の腕が解け、唇が触れる。
するすると脇腹だの胸だの撫でられて、素朴な疑問は放棄させられた。
優しく触れていた唇が深く、激しく貪り始める。
口の中から直接響く濡れた音が理性を薄くして、既に──と言おうかま未だと言おうか──熱い逸の指先が背骨や胸を擽った。
そうなると、もう。
支えられるのは敬吾の方である。
「敬吾さん……」
「っん……」
やはり熱い逸の吐息が顎を掠める。
敬吾はまともに顔を見られなかった。
「……してもいい?」
「っ、聞くな、もう……」
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