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TrashWorks 10
しおりを挟む──そこでふと言葉を飲み、逸は顔を上げて正面から敬吾を見た。
獣じみていた表情が少し凪ぐ。
きっと乱暴に所有権を主張されるのだろうと思っていた敬吾はなぜか──
──少し、残念な気がしていた。
「……ごめんなさい。本当に馬鹿なのは分かってます、ちゃんともとに戻るから」
「────」
「だから──」
少しの間だけ、自分だけができることをさせて欲しい。
自分だけが知っている表情を見せて欲しい。
それを上手く言葉に出来ずに逸が黙る僅かな間に、敬吾がぎゅっと眉根を寄せる。
「お前な……!」
「……はい」
「──今度は良い子のふりか!」
「………はい?」
てっきり嫉妬と暴挙を叱られるものと思っていた逸は二度瞬く。
「なんなんだよもう、好き勝手言いやがって──」
「すみません……」
子供のようなやきもちを焼いたかと思えば力任せの実力行使に出て、今度はまた物分りの良いふりか。
結局は逸の好きなようにされ、しかもいちいち本気で受け止めて翻弄されて敬吾はどうしていいのか分からなくなっていた。
──自分ばかりが動揺していると思うな。
ふつふつと湧き上がる敬吾の怒りに、逸は小さく首を傾げる。
「お前なあ!」
「えっはいっ!」
──自分ばかりが好きだと思うなよ。
組み伏せられたまま横目に自分を見る敬吾の視線の強さに、逸は我知らず空唾を飲み下していた。
「確かになあ!されたんだよ告白栗屋さんに!好きだっつわれたわ!!」
「………………えっ」
「断ってんの普通に、とっくに!!」
「……………………!?」
──そこまでは予想していなかった逸がぽかんと呆気にとられるうち、敬吾の表情は少し子供じみる。
相変わらず逸を睨む目の端は僅かに潤んだ。
「それでもまだどーのこーの言うか!?」
「……いや、あの」
「つうか!言うんなら言い切れよ半端に良い子なフリしやがって──それでまた何かあったらどうせへこむんだろ!?」
「う、いや……だって、呆れてるでしょ敬吾さん……」
「そりゃ呆れるわ!なんで──」
ぐ、と言葉を飲み寸の間歯を食いしばって、敬吾は改めて逸を見上げた。
未だ呆気にとられている表情は、次の言葉で溶解する。
「……なんでまだ不安なんだよ。なんでお前だけ好きみたいなことになってんだ」
「──────」
「なんで俺が流されるってなるんだよ。やきもち焼いたら嫌われるとか思ってんのも意味分かんねえ」
「…………敬吾さん?……」
精一杯の様相で敬吾の名前を呼び、やはり逸はそれきり黙った。
拗ねた幼子のような敬吾の表情が、思考回路も根こそぎ焼き切ってただ視覚だけに意識を注がせる。
「栗屋さんすっげえちゃんとした……もー少女漫画みてえな告白したんだからな!それをちゃんと断ってんの俺は」
敬吾の顔がやや切なげに伏せられる。
少し背徳じみたような、栗屋に申し訳ないような気持ちがしていた。
「──後藤の時みてえに不愉快な思いもしてないし。お前にわざわざ言うようなこと何も起きてねーんだよ、栗屋さんにだって失礼だし」
「………………」
「……お前がしてんのは一人相撲なんだよ。一人で妬いて腹立ててまた我慢するって………馬鹿か」
「………………」
辛辣に過ぎる言葉に逸が何も言えずにいると、それを慮った様子もなく敬吾はまた伏せていた瞳を逸に向ける。
その視線は言葉の割につっかかるようなものではく、ただ静かだった。
「──俺を、物の数に入れてねえから」
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