270 / 345
TrashWorks 11
しおりを挟む視線と同じく静かな声音だった。
だが微かな揺れが切ない。
泣いてしまうのだろうかと逸は一気に心配になる。
「……なんか言うことねえのか!」
「えっ!すみませんっ!」
「何がだ!?」
「えっ!?えっとっ、変なやきもちやいて…………??」
「………………」
無言で額を張られ、逸は小さく仰け反った。
「なんっにも分かってねえじゃねーか!!」
「うっ……?」
少々うろたえた間に敬吾にぐいぐいと押し上げられ、なぜかきちんと正座してしまった逸は額を押さえたまま立ち膝の敬吾を見上げる形になった。
「俺が何のために断ったと思ってんだよ。お前が言った通りやっぱ嫌だぞ、あんな必死なの断わんのは!」
──そうだ。
だから自分も振られずに済んだのだ。
こくこくと頷く逸に敬吾は、「そうじゃねえだろこの馬鹿」とひとりごちる。
それに恐怖したように、やや訝しく首を傾げる逸はやはり大馬鹿者だ。
普段はそれなりに頭も切れるくせに、自分が絡むとどうもこの男は──
「──お前、俺がもしかしたら流されると思って不安だったんだろ。俺は実際断ってんのにだ」
言葉にされると愚鈍も甚だしい。
流石に恥ずかしくなって逸はやや小さくなった。
「それ以前に俺が恋愛対象にされんのも嫌なんだろ。そんなの誰にもどうっしようもねえのに」
これもまたその通りで、冷静に言われると非常に考え足らずな感情だ。
更に小さくなりながら赤くなり、逸は小さく頷く。
「──で、それを俺に知られたら嫌われるって思ってる」
それも、その通りだ。
だがそこだけは恥じることもなく狂信者のように曇りのない気持ちで頷いた。
敬吾はため息をつく。
「……そこがおかしいっつってんだろ。栗屋さんが誰好きになろうと自由だし、俺ちゃんと断ってるし。お前がどうこうできるもんじゃない」
「う……」
「……でもどう思うかは自由だろ。妬くのはいいよ別に、お前彼氏だろ」
「────!」
まだ落ち込んだような、それでも華やいで一気に近づく顔をバスケットボールよろしく片手で止めてから敬吾は続ける。
「んでそのやきもちめんどくせえなって思うのも俺の自由なわけ!まあもし喧嘩して別れるようなことになったらお前の不安は的中なわけだけども!!」
「ええっ………!」
もがもがと呻いてから必死に敬吾の手を退け──自分が引けば早いのだと気づくのには数秒かかった──逸はもう一度敬吾ににじり寄り、かぶり付きで聞き募った。
「ほらぁ!やっぱりめんどくさいんじゃないですかっ……」
「そりゃめんどくせえよ」
「じゃあっ……」
「だから!めんどくせえと思ってんのは俺が謂れなき誤解を受けてるからだ!!栗屋さん振るのもお前の焼きもち許すのもなんで選択肢から外れてんの?なんでそこの是正からしなきゃなんねーんだよ!」
「………………へ」
きっちりと厳格だった敬吾の顔がややそらされて、僅かに赤らんでいくように見える。──のは、逸の願望だろうか。
その疑いが消えないので逸はいつまでもそうして敬吾の顔を見守っていた。
──浮かれて良いのだろうか。
やはり判断がつかずに結局教えを乞うことになる。
「…………え、じゃあ……」
「…………………」
「……俺むちゃくちゃ妬いても敬吾さん、嫌にならない?………」
「………………………………」
相変わらず不服気な顔はやはり、すこし赤い。
今度は逸の目の迷いではない。
小さく頷いたのもきっと。
「……………じゃあ俺、あの………」
「………………」
「やっぱまだ妬いてるから、………」
「………………」
「──俺だけの敬吾さんが見たいんですけど」
「……………………」
「──嫌いにならない?」
──嫌う、どころか。
静かに低まった声は腰から背中をくすぐった。
何をされるのかなど、分からないが。
「………たぶんならない」
「…………………っ」
一応の余地は持たせたものの、かなりの確信を伴った、全ての解だった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる