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前編
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前編
両親を交通事故で揃って亡くしたのは俺が中二の時。
八つ上の兄が大手の企業に内定を貰いめでたい最中の事であった。
社会人に成り立ての兄が面倒を見るのは何かと大変であろうと俺は引き取ろうとしてくれた親戚の人も居たが、突然の両親の事故で苦しんでいた俺は他人との生活に耐えられない。
それを分かっている兄は決して俺を他所へやろうとしなかった。
それから俺達兄弟は二人で生きている。
兄に感謝してもしきれない。
大企業でバリバリ仕事しながら忙しいなか三者面談や運動会に駆け付けてくれたり、二人暮らしが始まった当初など料理や洗濯掃除も全部引き受けたりと完璧に保護者をこなしてくれた。
両親の死を受け入れられずに意気消沈して一日中ぼんやりしてた俺も、忙しい兄に流石に家の事まで全て押し付ける訳にはいかないと奮い立ち、家事をしようと頑張ったがこれがなかなか難しい。
母が気に入っていた硝子の置物は大破し、兄の白いYシャツに色がつき、米はべちゃべちゃ魚は墨と化しても兄は笑顔で俺の頭を撫でてくれる。
’’焦らなくていい、少しずつ覚えていけばいい''
’’協力して二人で生きていこう''と。
そんな兄のお蔭で家事も徐々に上達していき今では女の子への好評価ポイントとして役立つまでになった。
その後大学まで出させて貰い兄の会社と比べると足下にも及ばないが、そこそこ居心地の良い会社へと入社出来た。
社会人になってから一人暮らしを考えなくもなかったが、生憎不景気な昨今初任給は微々たるもので過保護な兄の猛反対もあり諦めた。
それからズルズルと四年もそのまま兄の所に居座っている。
家賃や光熱費を半分どころか殆ど負担しているのに、ずっと一緒に暮らそうと笑って言ってくれる兄に申し訳ない。
というのも俺が一緒では兄の婚期が遅れてしまうと世話好きの叔母さんからさりげなく注意されたからだ。
兄は弟の俺から見ても大変魅力的な男でもある。
ハッとさせられる程整った顔立ちで一分の隙もない雰囲気は一見取っ付きにくそうだが、いつもの包容力満点の優しい笑みを綺麗な顔に乗せれば落ちない女の子なんていないだろう。
そんな兄なのに女の影が一切見当たらない。
これは多分、いや絶対に俺のせいだろう。
俺を育てるのに必死に女にまで目をやる余裕がなかったんだ。
俺自身は俺の庇護の元、ぬくぬくと気楽に育ったのに…兄は俺という泥を被って損してばかり。
もうそろそろ呪縛から抜け出すべきだ。
だから、二年間付き合っている彼女から切り出された話を聞いて、良い機会だと思った。
「兄ちゃん、話があるんだ」
「なんだ?」
「実は深雪が妊娠したらしい」
兄と違い容姿が良いわけでも頭が良いわけでもない普通の男である俺を見初め、信じがたいことに告白してくれたのが深雪である。
可愛くて優しくて俺には過ぎた彼女。
今まで付き合った恋人達は大抵格好いい兄を紹介するとそちらに惚れてしまい破局というパターンだったのに、深雪は地味な俺の方が好きなんだと。
褒められているのかは疑問だが、初めて兄でなく俺を選んでくれた深雪との結婚を考えるに至るまでそう長くはなかった。
まだ二十六だからもう少し先の話かと思っていたが、深雪との子供は凄く嬉しいし貯金も少しあるので問題もない。
「そうか、やったな」
兄は優しく笑って抱き締めてくれる。
俺も兄の背に腕を回して受け入れる。
男兄弟でスキンシップ過多な気もするがこれがずっと我が家の常識である。
「意外と長かったな」
「…?」
ボソリと呟かれた言葉の意味は分からなかったが胸から抜け出して見上げた兄の顔は嬉しそうだ。
俺は保父の道に進もうかと進路に悩んだほど子供が好きだし、死んだ両親みたいな温かい家庭を築くのが夢であるのを知っている兄もまた喜んでくれているようだ。
「新居を探そう。子供が走り回れるような広い家がいいな」
「うーん、でも最初は俺の月給じゃ無理かも」
「そんなの俺が出すに決まっているだろ?」
兄の突然の申し出に面喰らう。
流石にそこまで面倒を見てもらう訳にはいかない。
兄に家賃を出して貰うなんて俺の男のプライドにも関わる。
「子供はいつ産まれるんだ?それまでには全部整えなければな」
「あ、うん。深雪のご両親にも挨拶して結婚式もちゃんとしようと思う。新居も深雪と二人で探すから心配しないで」
さりげなく断りを入れると兄の眉間に皺が寄る。
「新居はお前が選んでくれていいけど、二人のことだろ?深雪さんにそこまで世話かけるのは良くないぞ」
「………?」
二人のことだからこそ深雪と一緒に決めるべきだろ?
普段の説教モードの時と同じ平淡な声のトーンでよくわからない事を喋る兄に首を捻る。
「それに式なんて絶対にいけない」
「はぁ!?」
「そんなことして深雪さんを期待させたらどうする。可哀想だ。結婚なんて出来ないのに」
え?
一瞬、何を言われているか理解出来ずに固まってしまった。
動揺を必死で抑え兄の様子を窺うが別段変わったところは見られないので、声が震えないように気をつけながら口を開く。
「兄ちゃんどういうこと?意味が分かんないんだけど」
そんなこと考えもしなかったが、もしや兄は俺達の結婚に反対なのだろうか?
だとすればとても悲しい。
唯一の肉親であり恩人であり大切である人から祝福が貰えないというのは胸が張り裂けそうなほどつらい。
「それは…深雪との結婚を認めてくれないってこと?」
胸が張り付き声が枯れる。
兄は俺の結婚を認めてくれない。
これから行うであろう言い争いを思うと目眩がしてきた。
両親を交通事故で揃って亡くしたのは俺が中二の時。
八つ上の兄が大手の企業に内定を貰いめでたい最中の事であった。
社会人に成り立ての兄が面倒を見るのは何かと大変であろうと俺は引き取ろうとしてくれた親戚の人も居たが、突然の両親の事故で苦しんでいた俺は他人との生活に耐えられない。
それを分かっている兄は決して俺を他所へやろうとしなかった。
それから俺達兄弟は二人で生きている。
兄に感謝してもしきれない。
大企業でバリバリ仕事しながら忙しいなか三者面談や運動会に駆け付けてくれたり、二人暮らしが始まった当初など料理や洗濯掃除も全部引き受けたりと完璧に保護者をこなしてくれた。
両親の死を受け入れられずに意気消沈して一日中ぼんやりしてた俺も、忙しい兄に流石に家の事まで全て押し付ける訳にはいかないと奮い立ち、家事をしようと頑張ったがこれがなかなか難しい。
母が気に入っていた硝子の置物は大破し、兄の白いYシャツに色がつき、米はべちゃべちゃ魚は墨と化しても兄は笑顔で俺の頭を撫でてくれる。
’’焦らなくていい、少しずつ覚えていけばいい''
’’協力して二人で生きていこう''と。
そんな兄のお蔭で家事も徐々に上達していき今では女の子への好評価ポイントとして役立つまでになった。
その後大学まで出させて貰い兄の会社と比べると足下にも及ばないが、そこそこ居心地の良い会社へと入社出来た。
社会人になってから一人暮らしを考えなくもなかったが、生憎不景気な昨今初任給は微々たるもので過保護な兄の猛反対もあり諦めた。
それからズルズルと四年もそのまま兄の所に居座っている。
家賃や光熱費を半分どころか殆ど負担しているのに、ずっと一緒に暮らそうと笑って言ってくれる兄に申し訳ない。
というのも俺が一緒では兄の婚期が遅れてしまうと世話好きの叔母さんからさりげなく注意されたからだ。
兄は弟の俺から見ても大変魅力的な男でもある。
ハッとさせられる程整った顔立ちで一分の隙もない雰囲気は一見取っ付きにくそうだが、いつもの包容力満点の優しい笑みを綺麗な顔に乗せれば落ちない女の子なんていないだろう。
そんな兄なのに女の影が一切見当たらない。
これは多分、いや絶対に俺のせいだろう。
俺を育てるのに必死に女にまで目をやる余裕がなかったんだ。
俺自身は俺の庇護の元、ぬくぬくと気楽に育ったのに…兄は俺という泥を被って損してばかり。
もうそろそろ呪縛から抜け出すべきだ。
だから、二年間付き合っている彼女から切り出された話を聞いて、良い機会だと思った。
「兄ちゃん、話があるんだ」
「なんだ?」
「実は深雪が妊娠したらしい」
兄と違い容姿が良いわけでも頭が良いわけでもない普通の男である俺を見初め、信じがたいことに告白してくれたのが深雪である。
可愛くて優しくて俺には過ぎた彼女。
今まで付き合った恋人達は大抵格好いい兄を紹介するとそちらに惚れてしまい破局というパターンだったのに、深雪は地味な俺の方が好きなんだと。
褒められているのかは疑問だが、初めて兄でなく俺を選んでくれた深雪との結婚を考えるに至るまでそう長くはなかった。
まだ二十六だからもう少し先の話かと思っていたが、深雪との子供は凄く嬉しいし貯金も少しあるので問題もない。
「そうか、やったな」
兄は優しく笑って抱き締めてくれる。
俺も兄の背に腕を回して受け入れる。
男兄弟でスキンシップ過多な気もするがこれがずっと我が家の常識である。
「意外と長かったな」
「…?」
ボソリと呟かれた言葉の意味は分からなかったが胸から抜け出して見上げた兄の顔は嬉しそうだ。
俺は保父の道に進もうかと進路に悩んだほど子供が好きだし、死んだ両親みたいな温かい家庭を築くのが夢であるのを知っている兄もまた喜んでくれているようだ。
「新居を探そう。子供が走り回れるような広い家がいいな」
「うーん、でも最初は俺の月給じゃ無理かも」
「そんなの俺が出すに決まっているだろ?」
兄の突然の申し出に面喰らう。
流石にそこまで面倒を見てもらう訳にはいかない。
兄に家賃を出して貰うなんて俺の男のプライドにも関わる。
「子供はいつ産まれるんだ?それまでには全部整えなければな」
「あ、うん。深雪のご両親にも挨拶して結婚式もちゃんとしようと思う。新居も深雪と二人で探すから心配しないで」
さりげなく断りを入れると兄の眉間に皺が寄る。
「新居はお前が選んでくれていいけど、二人のことだろ?深雪さんにそこまで世話かけるのは良くないぞ」
「………?」
二人のことだからこそ深雪と一緒に決めるべきだろ?
普段の説教モードの時と同じ平淡な声のトーンでよくわからない事を喋る兄に首を捻る。
「それに式なんて絶対にいけない」
「はぁ!?」
「そんなことして深雪さんを期待させたらどうする。可哀想だ。結婚なんて出来ないのに」
え?
一瞬、何を言われているか理解出来ずに固まってしまった。
動揺を必死で抑え兄の様子を窺うが別段変わったところは見られないので、声が震えないように気をつけながら口を開く。
「兄ちゃんどういうこと?意味が分かんないんだけど」
そんなこと考えもしなかったが、もしや兄は俺達の結婚に反対なのだろうか?
だとすればとても悲しい。
唯一の肉親であり恩人であり大切である人から祝福が貰えないというのは胸が張り裂けそうなほどつらい。
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