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10 いごこち
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彼はおもむろに席を立った。
一つ一つの挙動が人目を引く男だ。白衣を翻し、入口の方へ歩いていく。
ふと足を止め僕を横目で見ながら、言った。
「ついておいで。――正直な奴は嫌いじゃない」
僕も慌てて椅子を戻した。
彼は入口の左横、何故か乙女なポーズが保持されている(恐らく生物部の仕業)3体ほどの骨格標本の土台をずらした。
ガコッ!
なんと、下に隠し階段が出現した。1年生の頃幾度となく来ていたのにこんなのがあるなんて知らなかった……!RPGのダンジョンみたいだ。
驚くばかりの僕に構わず、男は階段を下り始める。僕も後ろについて、彼に倣った。
階段の幅は大人1人分程度しかないものの、高さは2メートルほどある。現に180近い彼が身を屈めることなく下りていることからも明らかだった。
手すりはないが、壁にはオレンジ色に近い小さな間接照明が等間隔でついている。目に優しいな、なんて思っていると身体が落ちガクン、とバランスを崩した。段差が急だったようだ。
やば、と思う前に、
「大丈夫か」
彼が振り向きざまに両脇の下に手を差し入れてくれた。
ちょうど小さな女の子がクマのぬいぐるみを抱き上げるような体勢になった。
顔の距離が一気に近くなり、思わずぎょっとしてしまう。彼の澄んだ目は心配の色というよりは、僕がいきなりバランスを崩したことに驚いているようだった。
「ッ、平気です、」
僕はわけの分からない動悸を悟られたくなくて、即座に距離を取った。
そうか、ならいい、と答えて彼は再度階段を下り始めた。
「新任式の時、引っ越しが間に合わなくて出られなかったが、――俺は教師だ。担当教科は古典」
下りながら、顔は前を向いたまま彼は言った。
「えっ…古典ですか!?理系科目じゃ……」
「あぁそうか、俺白衣着てるからね。そりゃ驚くのも無理はない」
彼はさもおかしそうに笑った。背中からでも伝わる。この人、よく笑うよなぁ……。
「色々あってね。生物の教師が俺の従兄で、縁あって同じ学校に勤務することになって――ま、その話は降りてからゆっくりするさ。それより肝心の自己紹介がまだだった」
ほどなくして足を止め、半身だけ僕の方に向き直った。間接照明が軽く逆光になって、彼の顔の輪郭を際立たせた。
「辰野という。先生つけても呼び捨てでも構わない。好きに呼んでくれ」
「タツノ……ですか」
「おう。今タツノオトシゴって考えてたらチョップするからな」
思わず僕は噴き出した。
「考えませんよ、そんなこと!」
すると彼は口の端を緩く持ち上げて微笑んだ。
「やあっと君も笑ったな。砂川陽雪くん、だっけ」
「……!」
そうだ。確かに笑ってなかったかもしれない。
「ほんと、そんなに驚かなくても……。さっきから警戒心強いなーと思ってたら今度は目を丸くするとこ、なんか――」
「…なんか、何ですか」
「……やっぱり何でもない」
「なんですかそれ!」
二人で笑い合う。
なんだか昔から知っているみたいな、居心地の良い人。
僕は辰野先生と呼ぶことにした。
一つ一つの挙動が人目を引く男だ。白衣を翻し、入口の方へ歩いていく。
ふと足を止め僕を横目で見ながら、言った。
「ついておいで。――正直な奴は嫌いじゃない」
僕も慌てて椅子を戻した。
彼は入口の左横、何故か乙女なポーズが保持されている(恐らく生物部の仕業)3体ほどの骨格標本の土台をずらした。
ガコッ!
なんと、下に隠し階段が出現した。1年生の頃幾度となく来ていたのにこんなのがあるなんて知らなかった……!RPGのダンジョンみたいだ。
驚くばかりの僕に構わず、男は階段を下り始める。僕も後ろについて、彼に倣った。
階段の幅は大人1人分程度しかないものの、高さは2メートルほどある。現に180近い彼が身を屈めることなく下りていることからも明らかだった。
手すりはないが、壁にはオレンジ色に近い小さな間接照明が等間隔でついている。目に優しいな、なんて思っていると身体が落ちガクン、とバランスを崩した。段差が急だったようだ。
やば、と思う前に、
「大丈夫か」
彼が振り向きざまに両脇の下に手を差し入れてくれた。
ちょうど小さな女の子がクマのぬいぐるみを抱き上げるような体勢になった。
顔の距離が一気に近くなり、思わずぎょっとしてしまう。彼の澄んだ目は心配の色というよりは、僕がいきなりバランスを崩したことに驚いているようだった。
「ッ、平気です、」
僕はわけの分からない動悸を悟られたくなくて、即座に距離を取った。
そうか、ならいい、と答えて彼は再度階段を下り始めた。
「新任式の時、引っ越しが間に合わなくて出られなかったが、――俺は教師だ。担当教科は古典」
下りながら、顔は前を向いたまま彼は言った。
「えっ…古典ですか!?理系科目じゃ……」
「あぁそうか、俺白衣着てるからね。そりゃ驚くのも無理はない」
彼はさもおかしそうに笑った。背中からでも伝わる。この人、よく笑うよなぁ……。
「色々あってね。生物の教師が俺の従兄で、縁あって同じ学校に勤務することになって――ま、その話は降りてからゆっくりするさ。それより肝心の自己紹介がまだだった」
ほどなくして足を止め、半身だけ僕の方に向き直った。間接照明が軽く逆光になって、彼の顔の輪郭を際立たせた。
「辰野という。先生つけても呼び捨てでも構わない。好きに呼んでくれ」
「タツノ……ですか」
「おう。今タツノオトシゴって考えてたらチョップするからな」
思わず僕は噴き出した。
「考えませんよ、そんなこと!」
すると彼は口の端を緩く持ち上げて微笑んだ。
「やあっと君も笑ったな。砂川陽雪くん、だっけ」
「……!」
そうだ。確かに笑ってなかったかもしれない。
「ほんと、そんなに驚かなくても……。さっきから警戒心強いなーと思ってたら今度は目を丸くするとこ、なんか――」
「…なんか、何ですか」
「……やっぱり何でもない」
「なんですかそれ!」
二人で笑い合う。
なんだか昔から知っているみたいな、居心地の良い人。
僕は辰野先生と呼ぶことにした。
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