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第4話 思い出
しおりを挟む翌日、リディアは父から正式にジェイドを紹介された。
ジェイドは遠征先で怪我を負ったため、しばらく休暇を取って療養することになったが、リディアが記憶喪失のために屋敷に籠っていることを知り、護衛兼話し相手役を申し出たのだという。
一時期この街に住んでいたことがあり、地理にも人にも精通していると説明された。
リディアは嬉しい反面恐縮した。騎士を護衛にするなど、一貴族の令嬢には過分すぎる。
けれどジェイドから「ひとりでは、一年の休暇はあまりに長すぎるのです。どうか、私の暇つぶしに付き合うと思って」と冗談交じりに言われ、「そういうことでしたら」と受け入れた。
それからというもの、リディアはジェイドに連れられて、少しずつ外に出るようになった。
街で一番立派な教会や、巨大な図書館、食品から宝石まで何でも揃っている商店街。
緑豊かな公園や、町はずれにある美しい湖。
湖は、冬になると氷の上を滑れるのだと、ジェイドは懐かしそうな目で言った。
何も覚えていないリディアにとって、毎日が新鮮だった。
ジェイドと過ごす毎日が、リディアにとってかけがえのないものになるまでに、それほど時間はかからなかった。
夏の終わりには、バスケットにサンドイッチを詰めて、川辺でピクニックをした。
その頃には、もうすっかり、お互い気兼ねなく話せる仲になっていた。まるで、本当の"兄妹"のように。
「君の御父上に聞いたんだ。君が記憶を失う前、夏は毎年ここでピクニックをしていたって」
「まぁ、そうなのですか?」
「子供の頃は、ドレスから水が滴るくらいはしゃぎ回って、目が離せなかったと言ってたな。随分なお転婆娘だ」
「……! 父がそう言ったのですか?」
いくらジェイドが護衛だからって、異性にそんなことを話すだなんて有り得ない。
帰ったら文句の一つでも言ってやらなければ――父への不満を分かりやすく顔に出すリディアを、ジェイドは温かな目で見つめる。
「リディア、せっかくだ。川に入ってみないか?」
「えっ、でも」
「大丈夫だ。ここには、俺たちを叱る大人は誰もいない」
「そう言うジェイド様こそ、もう立派な大人だと思いますけど」
「いいじゃないか。大人になっても遊んだって」
あっと言う間に裸足になり、ざぶざぶと川に入って行くジェイドを追って、リディアも水に足を入れる。
瞬間、冷やりとした感覚が全身に広がった。
「……気持ちいい」
「だろう? ほら、もっとこっちへ。奥には魚もいるんだ」
ジェイドが手を差し出してくる。
リディアは、左手でドレスの裾を持ち上げながら、右手をそっと重ねた。
すると次の瞬間、不思議な既視感に襲われ、足を止める。
「リディア、どうした?」
「いえ……、何でも」
(今の、何かしら。一瞬、とても懐かしく思えたような……。気のせいかしら?)
リディアは違和感を覚えたが、本当に一瞬のことだったため、すぐに忘れて川遊びを楽しんだ。
夏が過ぎて秋になると、ジェイドは毎日、剣を奮うようになった。
昼間はリディアと過ごし、夕方から夜にかけて、リディアの屋敷の庭園の隅で、黙々と素振りをする。
そんなジェイドの様子を眺めるのが、リディアの新しい日課になった。
澄んだ空気に、金色の葉が舞う。
ジェイドの剣が空を裂くたび、耳に届くその音が、どうしようもなく、懐かしく思えた。
「……氷の上を、滑ってるみたい」
不意に呟くと、ジェイドが手を止める。
「今、何と言った?」
「え、っと……、ジェイド様の剣の音が、氷を滑るみたいで綺麗だな、と。すみません、おかしなことを」
真顔になったジェイドを見て、リディアは慌てて言葉を濁す。
すると、ジェイドはすぐに頬を緩めた。
「違うんだ。昔、同じことを言われたな、と、思い出しただけで」
「今の、わたしと同じことをですか?」
「ああ。ちょっと……驚いた」
その声は、必死に寂しさを隠しているようだった。
リディアはその横顔から、その相手がジェイドの大切な人だったことを悟り、ほんの少し、胸が痛んだ。
それからも二人は、毎日のように共に過ごした。
秋が終わり、冬が訪れる頃には、リディアにとってジェイドは、なくてはならない存在となっていた。
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