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1.桜舞い散る正門で(前編)
しおりを挟む「おい、東条! 待ちやがれ!」
その日、高校の卒業式を終え正門を出ようとしていた東条陸は、背後から聞こえた叫び声に思わず溜め息をついた。
振り向かなくてもわかる。声の主は、共に卒業を迎えた深海湊斗だ。
毎日のように殴り合い死闘を繰り広げた、犬猿の相手である。
陸が振り向くと、やはりそこには予想通り、仁王立ちで自分を睨みつける湊斗の姿があった。
「逃げんなよ、東条。俺は勝ち逃げは許さねェ。最後に一発殴らせろ」
湊斗は唐突にそう言って、バキバキと指を鳴らす。
けれど陸は、そんな湊斗を呆れ顔で見返すだけ……。
「相変わらずだね~、お前」
湊斗の喧嘩腰な態度は三年前から少しも変わらない。何度負けようが、湊斗は性懲りもなく立ち向かってくる。――卒業式を終えた、今日この時でさえ。
「でもさ~、俺たちさっき卒業したじゃん? チームのことは全部後輩に任せたし、お前に殴られる理由はないっていうか。そもそも俺、ほんとは喧嘩とか全然好きじゃないしさぁ」
「――なッ! ふざけたこと抜かすんじゃねェ! お前のせいで俺がどれだけの苦汁を舐めたと思ってる!」
「でもそれ、俺のせいじゃなくない? お前が弱いせいじゃん?」
「……っ」
――二人はこの男子校をまとめる二大勢力の各リーダーだった。
入学式に金髪&ピアス姿で現れた陸に、湊斗が喧嘩を吹っかけて返り討ちにあったときからの関係で、それ以降は別々のチームに所属し三年間対立し続けてきた。
二人がチームのリーダーになってからの勝率はほぼ五分。
だが湊斗が陸に個人的に勝てたのはほんの一度きりだ。
それだって、陸に三十八度の熱があり体調が万全ではなかったからである。
その因縁も、今日の卒業を持って終わったはずだった。少なくとも陸はそう思っていた。
けれど、湊斗からしたらそうは問屋が卸さなかったらしい。
「ほんっとにお前は口が減らねーな。ま、その達者な口がなきゃ、お前みたいなチビがトップなんて張れるわけねーか」
「はぁー? 俺はね、お前みたいに力で従わせたりしてないの。ちゃんと対話で信頼を勝ち取ってんだよ。それに何度も言ってるけど、これでも俺170はあるから。日本人男性の平均身長だから」
「それでも、俺からしたらお前がチビなことに変わりはねェ」
「――ハァア?」
確かに湊斗の身長は185センチを超えている。筋肉質でガタイもいい。
そんな湊斗からすると、陸が小さく見えてしまうのは致し方ないが……。
身長コンプレックスのある陸に、身長の話は禁句なのだ。それは全校生徒の暗黙の了解でもある。
それでも敢えてその話題を持ち出してくるということは、湊斗は本気で陸に喧嘩を売っているということだ。
――けれど。
「そんなに俺に負けっぱなしが悔しいんだ? でも俺、喧嘩はもうしないって決めたんだよね」
「何だと?」
「お前も知ってるでしょ? 俺さぁ、家が結構金持ちなんだよ。でも出来のいい兄が二人もいるし、おまけに後妻だし、色々居心地悪くてさ。反抗心だけでここに入って馬鹿やって……でも今ごろ、俺が必要になったって言うんだよなぁ」
「――は? え? お前、急に何の話……」
「まぁとにかく、俺、明日の朝の便でロスに発つんだ。あっちの大学入って勉強しながら、父親の仕事の手伝いすんだよ」
「……!?!?!?」
陸の突然すぎる告白に、湊斗は目を白黒させて混乱する。
どうやら脳みそがキャパオーバーのようである。
当然陸の方もそれを理解した上で、今こうして湊斗に話しているわけだが……。
「なっ――、おま……、それ……それは……お前……、お前はそれで……本当に、いいのか……?」
困惑した様子で陸に問いかける湊斗。
その目は、陸が心配で仕方がないと言っていた。本当は嫌なのではないかと、陸の身を案じていた。
三年間、犬猿の仲だった相手を、湊斗は本気で心配してくれている。
「本当に、お前は納得してるのか?」
「……はっ? そんなの、そうに決まってるだろ」
「――本当か?」
「……ああ」
「本当の本当の本当にか?」
「…………だから、そうだって」
「――いや、嘘だな」
「……っ」
「嘘だ」
「…………何で」
「俺にはわかんだよ。お前は本当は嫌なんだ。お前と毎日喧嘩してた俺が言うんだ。間違いねぇ」
「……は……何だよ……その理由……。……馬鹿じゃないのか」
――本当は気が付いていた。
自分の気持ちに、陸はちゃんと気が付いていた。それでももう決まったことだからと、自分を無理やり納得させていた。
だが今さら何を言っても遅い。
これはもう決まったことなのだ。覆すことなどできない。
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