ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

文字の大きさ
62 / 198
第二部

7.予期せぬ光景(後編)

しおりを挟む
 ◇


 それから三十分ほどして、シオンはようやく目を覚ました。

 灯りが眩しい。自分はいつの間に眠ってしまっていたのだろうか。
 彼はゆっくりと身体を起こし、そこでようやく、エリスの姿がないことに気が付いた。

「……姉さん?」

 シオンは無意識にエリスの姿を探そうとする。
 けれどそれより早く、「エリス様なら、殿下と夜の庭園を散歩中ですよ」との声が聞こえ、ハッとそちらを振り向いた。

 するとそこには、ローテーブルを挟んだ対面のソファに腰かけて、どことなく冷たいオーラを放つセドリックの姿がある。

「セドリック殿……?」

 シオンは驚いた。
 エリスの部屋で、セドリックと二人きり。侍女の姿もない。
 これはいったいどういう状況だろうか。

「あの……僕に何か御用でしょうか」

 シオンはまだ、セドリックと殆ど言葉を交わしたことがなかった。
 まともに話したのは、三ヵ月前の宮廷舞踏会のときだけだ。


 ――それは第二皇子クロヴィスから『話し合い』という名の尋問を受け、目的を洗いざらい吐かされた後のこと。
 ジークフリートと共に帰りの馬車に乗る直前、セドリックに呼び止められこう聞かれた。

「ところでシオン様。つかぬことをお聞きしますが――エリス様の肩の傷は、いったいどういった理由でできたものなのでしょうか」と。

(肩の傷? 姉さんの……?)

 シオンは予期せぬ質問に驚いたが、すぐにそれが、火傷の痕のことであろうと思い至る。
 けれど彼はアレクシスに強い敵対心を燃やしていたため、絶対に教えてやるものかと、このように答えたのだ。

「姉さんが教えていないことを、僕が言うわけにはいきません」――と。

 するとセドリックはすぐに「それもそうですね」と引き下がったため、それ以上会話は続かなかった。


 それはシオンが帝国に来てからも変わらない。
 セドリックとは無難な挨拶を交わす程度で、会話らしい会話をした記憶は一切ない。

 それなのに今、セドリックは自分が起きるのを待っていたかのように、こちらを見下ろしている。

 その冷えた眼差しに、シオンは悟った。

(ああ、そうか。この男は僕に、『処分』を下すためにここにいるんだな)
 ――と。

 昼間、自分が起こした騒ぎ。
 その内容がアレクシスに伝わったのだろう。

 ということつまり、自分は今日明日中にここを追い出されるはず。

 だがそれも致し方ない。自分は、それだけのことをしでかしたのだから。

 シオンはきゅっと唇を結ぶと、ソファから足を下ろしセドリックに向き直る。
 未だ黙ったまま、こちらの様子を伺うような視線を寄こすセドリックを、毅然と見据えた。

 するとようやく、セドリックが口を開く。

「私は殿下から、あなたへの『伝言』をお伝えする役目を仰せつかっております。けれどその前に、昔話をさせていただいても?」
「昔話、ですか?」
「ええ。私がまだ十二のころ、ランデル王国に半年ほど滞在していたときの思い出を」
「…………」

(このタイミングで昔話? いったいどういうつもりで……)

 シオンは訝し気に眉を寄せる。――が、自分に拒否権はない。

 シオンが小さく頷くと、セドリックは薄く微笑み、語り出す。

「全ては十二年前、皇帝陛下の第三夫人であり、殿下のお母上、ルチア皇妃が事故でお亡くなりになったことから始まりました――」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話

鷹 綾
恋愛
婚約者である王子から「有能すぎる」と切り捨てられた令嬢エテルナ。 彼女が選んだ新たな居場所は、冷徹と噂される公爵セーブルとの白い結婚だった。 干渉しない。触れない。期待しない。 それは、互いを守るための合理的な選択だったはずなのに―― 静かな日常の中で、二人は少しずつ「選び続けている関係」へと変わっていく。 越えない一線に名前を付け、それを“猶予”と呼ぶ二人。 壊すより、急ぐより、今日も隣にいることを選ぶ。 これは、激情ではなく、 確かな意思で育つ夫婦の物語。

処理中です...