ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

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第二部

22.初秋の朝(後編)

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 アレクシスは普段、エリスに仕事の話はしない。
 軍の扱う情報は、そのほとんどが機密事項であるからだ。

 エリスはそのことをよく理解していたため、自分からアレクシスの仕事について尋ねることはなかった。
 けれど、演習で宮を空けるというのなら、その日程くらい聞いてもバチは当たるまい。

 アレクシスはエリスの問いに一瞬考える素振りを見せたものの、話しても問題ないと判断したのか、このように説明してくれた。

「出立は十日後。戻るのはその一月後の予定だ。今年の演習実施地は帝国最南西の駐屯地だからな。演習自体は七日間の予定だが、道のりはそれ以上……馬で片道十日以上の距離がある。天候状況によっては二週間ほど延びるだろう」
「最南西、ですか。それは……とても遠いですわね」
「共和国との国境付近だからな。まあ、それなりの距離にはなる」
「……危険はないのですよね?」
「あくまで演習だからな、その心配はない。毎年、酒に酔って夜の海に飛び込む奴は出るが……まあ、それぐらいだな」
「…………」

 酔った状態で夜の海に飛び込む? 果たしてそれは大丈夫と言えるのだろうか?
 エリスは不安を覚えたが、演習自体に危険はないのだと一応は理解する。

「出立までに、わたくしにできることはありますか?」

 最後に――と言った風に尋ねると、アレクシスは驚いたように目を見開いた。
 まさかそんなことを聞かれるとは……という顔で息を呑み、一拍置いて、口を開く。

「そう、だな……。俺は君が健やかに過ごしてくれさえすればそれでいいんだが……強いて言うなら、夜、起きていてくれると嬉しい」
「夜、ですか? でも、それっていつもと変わらないのでは……」

 そもそも、エリスはここ一月ほど、毎日アレクシスと寝台を共にしているのだ。
 それを考えると、今アレクシスが言った願いは、何一つ特別ではないことのように思えた。

 アレクシスもそれは理解していたのか、「それはそうなんだが」と言葉を続ける。

「演習までは色々とやることが多くてな、帰りが遅くなりそうなんだ。夕食は宮廷で取ることが多くなるだろう。だが、必ず日付が変わるまでに戻るようにする。だから、待っていてくれるか?」
「……っ」

 その乞う様な眼差しに、エリスは顔を赤らめた。
 言われなくても待っているつもりだったが、こんな風に言われると、恥ずかしくて返って返事がしずらくなってしまうではないか。

 そんなことを思いながら、エリスはこくりと頷く。

「はい。わたくし、起きて殿下をお待ちしております。ですから、必ず毎日帰ってきてくださいね」
「――! ああ、勿論だ」

 するとアレクシスは満足したのか、フッと頬を緩める。

 その後急いで食事をかき込むと、「では行ってくる。できるだけ早く帰れるようにする」と言い残し、セドリックと共に宮廷へと出掛けていった。
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