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第二部
40.懐妊の兆しと二度目の再会(前編)
しおりを挟む「――え? 悪阻……?」
オリビアに通された客室で、医師から下された診断に真っ先に声を上げたのは、エリスではなくシオンの方だった。
――今より少し前、オリビアの屋敷に運び込まれたエリスは、ほどなくして目を覚まし、医師の診察を受けていた。
なお、オリビアは気を利かせて医師と入れ違いに出ていったため、今部屋にいるのはエリスとシオン、あとはオリビアが手配してくれた、眼鏡をかけた温和そうな男性医師の三人だけだ。
「悪阻ってことは……、つまり……姉さんは……」
「ええ。まだ確定はできませんが、症状と問診の結果からして妊娠初期でしょう。あとは軽い貧血が見られますが、他に異常はありません。あまり心配されずとも大丈夫ですよ」
「……っ」
男性医師は、狼狽えるシオンを宥めるようにニコリと微笑む。
するとシオンは途端に緊張の糸が切れたのか、椅子にストン――と腰を抜かし、両手を額に当てたまま、大きく項垂れた。
「あー……なんだよ、もう……」
(……病気じゃ、なかったのか)
――シオンは、エリスが『妊娠』の診断を受けるまで、生きた心地がしなかった。
不安と憤りで、どうにかなってしまいそうだった。
万が一にでもエリスを失ってしまったらと――そう考えるだけで、心臓が凍り付くほど恐怖したのだ。
そんなシオンが、『妊娠』という予期せぬ二文字に強い衝撃を受けつつも、エリスが命に関わる病ではなかったことに安堵するのは、当然のことだった。
(でも、そうか……。姉さんが、妊娠……)
とは言え、思うところは色々とある。
子供を身ごもったということは、当然その父親はアレクシスに違いなく――姉とアレクシスのそういう場面を嫌でも連想させる『妊娠』という事実は、シオンにとってとても複雑なことだった。
何より、第三皇子とはいえ皇族の血を引く子供が生まれると言うのは、政治的に非常にセンシティブな事柄だ。祖国にいる強欲な家族たちのこともひっくるめ、色々と心配は尽きない。
――けれど今はそんなことよりも、エリスが無事であったことの方が重要だ。
(そうだ。とにかく……姉さんが無事でよかった。それだけで十分だ)
その気持ちを伝えるべく、シオンはようやく顔を上げ、精一杯の笑顔をエリスに向ける。
突然の『妊娠』診断に戸惑いを隠せないエリスを安心させるべく、「おめでとう、姉さん」と、微笑みかける。
アレクシスが軍事演習で帝都を離れている間だけでも、弟の自分がエリスを守るのだという一心で。
「色々大変だと思うけど、僕、きっと姉さんの力になるから。悪阻のこととか……他にも色々。だから、僕を頼ってよ」
「――!」
するとエリスは、一度は驚きに目を見開いたものの、「ありがとう、シオン」と表情を和らげてくれた。
「正直、まだ全然実感が湧かなくて……。でも、あなたがいてくれて心強いわ」
「うん。安心してよ、姉さん。僕がついてるからね」
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