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第二部
41.懐妊の兆しと二度目の再会(後編)
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◇
「では、私はこれにて失礼させていただきます。近日中に必ず、主治医か専門の医師に診てもらってくださいね。先ほどご説明したとおり、私には確定診断は下せませんので」
「はい、先生。突然の往診に応じてくださり、心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました」
「いえ、医者として当然のことをしたまでですから。では、お大事に」
その後、医師はエリスとシオンに簡単な妊娠の知識を授けると、礼儀正しく目礼し、退室していった。
シオンはそんな医師の背中をエリスと共に見送って、内心大きく息を吐く。
実はシオン、医師から妊娠の説明を聞き、漠然とした不安を抱き始めていた。
『今自分たちが置かれたこの状況は、かなり望ましくないものなのでは』――と。
その理由は主に二つ。
一つ目は、妊娠初期は流産の確率が高いこと。
そして二つ目は、妊娠したのが他の誰でもない、皇子妃であるということだった。
先ほど医師は、安定期に入るまでは何が起こるかわからないため、一般的にはこのタイミングで周囲に妊娠を知らせることは多くない、と言っていた。
つまり、妊娠初期のこの段階で、エリスの妊娠を身内以外に知られるのは望ましくない。
けれど――これはシオン自身が真っ先に懸念したことであるが――皇子妃の懐妊は国家間の問題であるため、一度広まってしまえば、情報を止めるのは難しくなる。
そうなれば当然、祖国の家の者たちにも知られることになるだろう。
だが、もしもそんなことになれば、強欲な父は何をしでかしてくるかわからない。
つまり、まだ何の手も打っていないこの状況で、エリスが妊娠した事実はどうあっても伏せておく必要があるのだが……。
――さて、どうするべきか。
(幸い、オリビア嬢にはまだ僕の名前を伝えただけだ。姉さんの素性は明かしていないし、姉さんの正体に気付いた素振りもなかった。それに、さっきの医者には『客人の体調不良の原因が妊娠であることを口外しない』と確かに約束させてある。彼から屋敷の者へ伝わる可能性は低いだろう。つまりオリビア嬢さえ上手く誤魔化すことができれば、何も問題はないはずだ)
シオンは、ここまでのことを凡そ数秒で思考すると、「姉さん、僕、考えたんだけど――」と、顔を上げる。
「さっき、先生はこう言っていたよね? 『妊娠初期は、自然流産する確率が小さくない』って。だから、周りにはもうしばらく、妊娠の事実を伝えない方がいいと思うんだ。つまり、この屋敷の人たちにも、姉さんの素性は明かさない方がいいと思うんだけど、姉さんはどう思う?」
「……それは、わたしが皇子妃であることを隠すってこと?」
「うん。幸い、姉さんが皇子妃であることはまだ誰にも気付かれていない。だから、このまま隠し通せればと思ってる。今は殿下もいらっしゃらないし、万が一にでも何かあったらいけないから」
「…………」
シオンの言葉に、エリスは驚きを隠せないようだった。
助けてもらった恩人に嘘をつくというのが、どうしても気になるのだろう。
だが最終的には、シオンの意見を渋々ながらも承諾してくれた。
こうして二人は、自分たちの素性をランデル王国の商家の夫人とその弟という設定にし、無事オリビアを誤魔化すことには成功したのだが――。
その後、帰りの身支度を整えたエリスとシオンの元に、「兄が帰宅したので紹介しますわ」とオリビアが一人の青年を連れてきたことで、事態は一変した。
青年は、エリスを一目見て硬直する。
「……あなたは」と。
そしてまた、エリスもハッと目を見張った。
「……リアム、様?」
――そう。
なぜならオリビアの兄とは、エリスが建国祭で溺れた子どもを救助した際の協力者であり、アレクシスの旧友でもある、リアム・ルクレールだったのだから。
「では、私はこれにて失礼させていただきます。近日中に必ず、主治医か専門の医師に診てもらってくださいね。先ほどご説明したとおり、私には確定診断は下せませんので」
「はい、先生。突然の往診に応じてくださり、心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました」
「いえ、医者として当然のことをしたまでですから。では、お大事に」
その後、医師はエリスとシオンに簡単な妊娠の知識を授けると、礼儀正しく目礼し、退室していった。
シオンはそんな医師の背中をエリスと共に見送って、内心大きく息を吐く。
実はシオン、医師から妊娠の説明を聞き、漠然とした不安を抱き始めていた。
『今自分たちが置かれたこの状況は、かなり望ましくないものなのでは』――と。
その理由は主に二つ。
一つ目は、妊娠初期は流産の確率が高いこと。
そして二つ目は、妊娠したのが他の誰でもない、皇子妃であるということだった。
先ほど医師は、安定期に入るまでは何が起こるかわからないため、一般的にはこのタイミングで周囲に妊娠を知らせることは多くない、と言っていた。
つまり、妊娠初期のこの段階で、エリスの妊娠を身内以外に知られるのは望ましくない。
けれど――これはシオン自身が真っ先に懸念したことであるが――皇子妃の懐妊は国家間の問題であるため、一度広まってしまえば、情報を止めるのは難しくなる。
そうなれば当然、祖国の家の者たちにも知られることになるだろう。
だが、もしもそんなことになれば、強欲な父は何をしでかしてくるかわからない。
つまり、まだ何の手も打っていないこの状況で、エリスが妊娠した事実はどうあっても伏せておく必要があるのだが……。
――さて、どうするべきか。
(幸い、オリビア嬢にはまだ僕の名前を伝えただけだ。姉さんの素性は明かしていないし、姉さんの正体に気付いた素振りもなかった。それに、さっきの医者には『客人の体調不良の原因が妊娠であることを口外しない』と確かに約束させてある。彼から屋敷の者へ伝わる可能性は低いだろう。つまりオリビア嬢さえ上手く誤魔化すことができれば、何も問題はないはずだ)
シオンは、ここまでのことを凡そ数秒で思考すると、「姉さん、僕、考えたんだけど――」と、顔を上げる。
「さっき、先生はこう言っていたよね? 『妊娠初期は、自然流産する確率が小さくない』って。だから、周りにはもうしばらく、妊娠の事実を伝えない方がいいと思うんだ。つまり、この屋敷の人たちにも、姉さんの素性は明かさない方がいいと思うんだけど、姉さんはどう思う?」
「……それは、わたしが皇子妃であることを隠すってこと?」
「うん。幸い、姉さんが皇子妃であることはまだ誰にも気付かれていない。だから、このまま隠し通せればと思ってる。今は殿下もいらっしゃらないし、万が一にでも何かあったらいけないから」
「…………」
シオンの言葉に、エリスは驚きを隠せないようだった。
助けてもらった恩人に嘘をつくというのが、どうしても気になるのだろう。
だが最終的には、シオンの意見を渋々ながらも承諾してくれた。
こうして二人は、自分たちの素性をランデル王国の商家の夫人とその弟という設定にし、無事オリビアを誤魔化すことには成功したのだが――。
その後、帰りの身支度を整えたエリスとシオンの元に、「兄が帰宅したので紹介しますわ」とオリビアが一人の青年を連れてきたことで、事態は一変した。
青年は、エリスを一目見て硬直する。
「……あなたは」と。
そしてまた、エリスもハッと目を見張った。
「……リアム、様?」
――そう。
なぜならオリビアの兄とは、エリスが建国祭で溺れた子どもを救助した際の協力者であり、アレクシスの旧友でもある、リアム・ルクレールだったのだから。
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