ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

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第二部

70.リアムの悪意(後編)


 ◇


(……でも、まだ返事がいただけてないのよね)


 エリスは、ウェイターが運んできた紅茶を嗜みながら、再び小さく息を吐く。

 リアムに断りの返事を出して以降、気持ちは随分とすっきりした。
 オリビアやリアムへの罪悪感は残れども、これで心置きなくアレクシスを出迎えることができる、と。

 けれど、一つだけ気になることがあった。
 一週間が経っても、リアムからの返事がないのである。

(やっぱり気分を害してしまったのかしら。下手な言い訳をするのもどうかと思って、結論だけを書いたのが良くなかったのかもしれないわ)

 とは言え、こればかりは仕方ない。
 リアムから恨まれようとも構わない――エリスはそんな覚悟を決めて、断りの返事を送ったのだから。


(それにしても、マリアンヌ様はまだかしら。時間に遅れられるなんて、初めてのことよね)

 ――と、そう思ったその時だ。

 不意に足音が聞こえ、エリスはそちらを振り返った。
 ようやくマリアンヌが到着したのかと、そう思ったのだ。

 だが、違った。
 そこにいたのは、マリアンヌではなく、リアム。

 何の前触れもないリアムの登場に、エリスは驚きを隠せない。
 
(リアム様? どうして、こちらに?)

 偶然だろうか。――きっとそうだ。
 ここは帝国図書館。リアムがいても何らおかしくはない。

 けれど、どうしてだろうか。
 どうにも、嫌な感じがするのは……。


 リアムはエリスのすぐ前に立つと、ニコリと微笑み、脈絡もなくこう言った。

「皇女殿下はお越しになりませんよ」――と。

「……え?」
「『急用ができた』と、あなたの字でふみを出しておきましたから」
「…………」

(いったい、どういうこと……?)

 全く訳がわからない。なぜリアムがそんな手紙を出す必要があるのか。
 エリスは酷く混乱する。

 そんなエリスを前に、リアムはテーブルの上の紅茶をチラリと見やり、こう続けた。

「……良かった。その紅茶、飲んでいただけたのですね」と。

 放心するエリスの反応を確かめるように、一層笑みを深める。

「そのお茶は、あなたが頼んだものではありません。私が用意させたものです」
「――!?」
「大丈夫、毒など入っておりませんから。ただ数滴、眠気を誘う薬を入れただけ」
「……!」
  
 ――そんな、まさか、どうして。

 エリスはいきどった。
 よもや、こんな人気ひとけのある場所で薬を盛られるなどと、誰が予想しただろう。

 エリスは咄嗟に椅子から立ち上がり、リアムから距離を取ろうとする。
 けれど薬が回り始めていたのか、エリスはたちまち眩暈を起こし、その場にへたり込んでしまった。

「……っ」

 眠い。身体に力が入らない。――声が、出ない。

(……どう、して……こんな……)

 まるで天地がひっくり返ったように目が回り、意識が闇に引きずり込まれる。

 目を開けていられない。眠くて、――眠くて。


 エリスはもはや成すすべもなく、

「手荒なことはしませんから、ご安心を」

 ――というリアムの声を遠くに聞きながら、意識を手放したのだった。

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