ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

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第二部

79.不義の噂(後編)

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(……マリアンヌ?)

 その名前に、アレクシスはハッと我に返った。

(そう言えば、セドリックがマリアンヌにも連絡をすると言っていたな)

 そもそも、エリスはマリアンヌと会うために図書館に行ったのだ。マリアンヌなら、何か知っている可能性が高い、と。

 きっとマリアンヌは、セドリックからの報せを受け、こうして訪れてくれたのだ。
 

「通せ」


 アレクシスがマリアンヌと最後に対面したのは、三ヵ月以上前の建国祭のとき。

 その後は一度、演習出立前日の第二皇子クロヴィスとのチェス対戦時に壁越しに声を聞いたが、あれからまだ一月しか経っていないというのに、随分前のことのように思える。

 アレクシスはそのときのセドリックの不可解な態度を思い出しながら、マリアンヌを出迎えた。


「よく来てくれた。掛けてくれ」
「……はい」

 事が事だからだろう、マリアンヌの表情は暗い。

 アレクシスの知るマリアンヌは、兄妹相手だろうと決して微笑みを絶やさない皇女のかがみのような女性だが、今日のマリアンヌはまるで別人のように静かなのだ。

 アレクシスはそんな妹の様子に、マリアンヌがエリスについて、何かを知っているのだと悟った。


 アレクシスは執務卓からソファへと移動し、テーブルを挟んでマリアンヌの対面に腰かける。
 すると、マリアンヌは挨拶も早々に、二通の手紙をテーブルに置いた。

「これは?」

 アレクシスが尋ねると、マリアンヌは神妙な顔で瞼を伏せる。

「どちらも、エリス様からわたくしに宛てられた手紙……と言いたいところですが、右の手紙は、エリス様の名を語った別の者からの、いわゆる、偽物ですの」
「偽物だと? どういうことだ」

 マリアンヌの話はこうだった。


 昨日、図書館に向かうためにマリアンヌが皇女宮を出る寸前、このような手紙が届いた。

『急用のため、図書館に行けなくなりました。大変申し訳ございません。 エリス』

 マリアンヌはそれを読み、多少の違和感を覚えたものの、外出を取り止めた。

 だが明朝、セドリックからエリスが帰っていないことを知らされ、慌てて、以前エリスから届いた別の手紙と、筆跡を比べてみたという。
 その結果、別人が書いたものであることが判明したのだ。


 マリアンヌは、二通の手紙の同じ単語をそれぞれ指差し、アレクシスに謝罪する。

「ここ、一見同じに見えますが、Sの形が少々違うのです。……申し訳ございません、お兄様。この手紙を受け取ったとき、すぐに気付いていればこのようなことには……」
「いや、これだけ似ていたら、気付くのは難しい。お前が気に病む必要はない」
「いいえ、そんな風におっしゃらないで。以前のわたくしなら、手紙を受け取ったとき、すぐに気付けたはずですもの」
「以前のお前なら? どういう意味だ」

 アレクシスが困惑気に尋ねると、マリアンヌは意を決した様子で、口を開いた。

「わたくしには、エリス様が外出を取りやめられる理由に心当たりがあったのです。ですから、手紙の出所を疑いませんでしたの」

 マリアンヌは、酷く言いにくそうな顔で、言葉を続ける。

「きっとお兄様のお耳にもすぐに入ると思いますから、お伝えしますが……。一週間ほど前、宮廷内にとある噂・・・・が立ちましたの」
「噂?」
「はい。クロヴィスお兄様がすぐに止めに入ってくださいましたし、今はシーズンオフなので、それほど広まりはしなかったのですが……」
「…………」

(何だ? マリアンヌは、いったい何を言おうとしている?)

 噂について全く心当たりのないアレクシスは、目の前のマリアンヌの態度を不可解に思いながら、答えを待つ。

 そんなアレクシスに突き付けられた、マリアンヌの言葉――それは。

「エリス様が、お兄様以外の男性と通じ……子供を身ごもった……と」

 ――などという、全くもって信じ難い内容だった。
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