ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

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第二部

84.対峙(後編)

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(リアムは、エリスの失踪とは無関係だったのか? それに、こいつの物言いは……)


 混乱するアレクシスに、リアムはさも愉快そうな目を向ける。

 もはや、隠す意味はないとでも言うように。


「私の目的はね、君を苦しめることなんだよ、アレクシス。オリビアを侮辱された屈辱を、オリビアを失う胸の痛みを、君に与えてやらねば気が済まない」

「……ッ! だからエリスを狙ったと? そんな理由で、何の関係もないエリスを巻き込んだのか!」

「そんな理由だと? ――ああ、そうだろうな。君はそう言うと思っていたよ。生まれながらの皇族である君に、庶子である私の気持ちなど到底理解できるはずがないのだから」

「――っ」

(庶子、だと……?)

 刹那、突然リアムの口から飛び出したその言葉に、アレクシスは絶句する。


「君にはわからないだろう。娼婦の腹から生まれた私がどんな風に育てられたか。死んだ兄の身代わりとして、生涯あの男の言いなりになって生きるしかない私の気持ちが。育った孤児院に火を放たれ、かつての友人を皆殺しにされたと知ったときの絶望が……! どうしてお前に理解できる!?」
「……ッ」
「それに、エリス妃はもはや無関係な人間ではない。私は悪魔ではないからな。彼女が私に誠意を見せれば、手を出すのは止めようと決めていた。だが彼女は自身の利益を優先し、私のオリビアへの愛を踏みにじったんだ。理由など、それで十分だろう?」

「――!」


 それは自白以外の何ものでもなかった。

 焦りも後悔も、反省の色一つ映さない。
 どころか、アレクシスの反応をたのしむように見据える、かつての友。

『理由などそれで十分だ』と下卑げひた笑みを浮かべるリアムは、アレクシスの記憶の中のリアムとは、もはや別人だった。


「……リアム、――貴様、本当に……」


 信じられなかった。信じたくなかった。

 何かの間違いであってくれればと思った。

 一刻も早く犯人を捕らえ、エリスの居場所を突き止めねばと思う反面、リアムではない別の誰かの仕業であってくれたらと願っていた。

 もしもリアムの仕業であろうとも、リアムの心に自責の念が、あるいは、反省の色を少しでも見せるのなら、たとえ許せずとも、話し合うつもりでいた。

 それが、自身の身勝手な気持ちで突き放してしまった友人にできる、唯一の贖罪だと思っていたから。


 だが、そのわずかな希望はたった今消えてなくなった。
 リアムは明確な悪意を持ってエリスに手を出したのだと――そう、悟ってしまったからだ。


(確かに、こいつにはこいつなりの理由があったのだろう。――だが)


 日の光の閉ざされた部屋で、アレクシスはリアムを睨みつける。


「つまり、お前は認めるんだな? エリスについてあらぬ噂を流し、彼女を個室に連れ込んだと」

「ああ、認めよう。エリス妃の不貞・・の噂を流し、彼女を薬で眠らせ個室に連れ込んだのはこの私だ。全ては、噂を真実・・・・にするために・・・・・・な……!」

「――ッ!」


 瞬間、アレクシスの中で、プツリ――と、何かが途切れる音がした。

 それは、必死に抑えていたリアムへの殺意が、理性を飲み込んだ瞬間だった。


 ――この男を、殺さねば、と。


 右手が無意識に腰へと伸びる。

 鞘に納められていた剣身が姿を現し――その切っ先が、大きく天を仰いだ。


 だが――アレクシスが剣を振り下ろした、その瞬間。


「いけません、殿下ッ!」


 ――と叫び声が聞こえ、リアムの首筋を捉えるはずだった自身の剣が、セドリックによって、寸でのところで止められていた。
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