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第二部
85.セドリックの焦燥(前編)
しおりを挟むアレクシスの剣先が天を仰ぐ。
廊下から様子を伺っていた使用人たちから悲鳴が上がり、それと同時に、リアムめがけて振り下ろされる鋭い刃。
だが、そんなアレクシスの剣を止めようとする者がいた。
それは、他でもないセドリックだった。
「いけません、殿下ッ!」
セドリックは剣を両腕で支えながら、アレクシスとリアムの間に身体を滑り込ませる。
刹那、ガキィン――と剣がぶつかり合う鋭い金属音が鳴り響き、セドリックの全身に、電撃でも走ったかのような強い衝撃が加わった。
「――くッ」
(……重い。――流石殿下だ。片腕だったら、間違いなく折れていた)
セドリックはギリギリのところでアレクシスの剣を押しとどめながら、アレクシスの殺意に満ちた瞳を、真正面に捉える。
「落ち着いてください、殿下! 我が国では私刑は禁じられています! 私は、殿下が罪を犯すのを見過ごすわけには参りません……!」
そう、アレクシスを説得すべく訴える。
だが、アレクシスは力を弱めなかった。
それどころか、セドリックの剣を力任せにはじき返し、吐き捨てる。
「――ハッ! 俺の罪だと? そんなことはどうでもいい。こいつはここで殺す。もし俺の邪魔をするなら、たとえお前だろうと容赦はせんぞ!」
「……ッ、殿下……!」
(駄目だ。怒りで完全に我を忘れている。――どうすれば、殿下を止められる)
◆
セドリックは今しがた、この屋敷に急ぎ駆け付けたところだった。
――それは今より十五分ほど前のこと。
学院の寮内、シオンの部屋で手掛かりを探っていたセドリックのもとに、マリアンヌの従者がやってきて、蒼い顔でこう言った。
「アレクシス殿下を止めてください!」
「殿下を止める? どういうことです?」
「――実は」
詳しく話を聞くと、マリアンヌの従者は、エリスについての不名誉な噂を知ったアレクシスが、その噂を流したであろうリアムの屋敷に行ってしまったと語った。
そのときのアレクシスがまるで戦地にでも赴くような様子だったことから、マリアンヌの命で、急ぎ知らせにきたのだと。
それを聞いたセドリックは、慌てて馬を走らせたのである。
だが、セドリックがこの部屋の前にたどり着いたとき、既に事態はひっ迫していた。
廊下にまで響き渡るリアムの声――それは確かにリアムの声に違いないのに、まるで別人であるかのように、悪意と憎悪に満ちていたのだ。
「――っ」
(……あの男、――まさか!)
瞬間、セドリックの勘が警鐘を鳴らす。
それ以前の二人の会話を聞いていなかったセドリックでも、リアムが今やろうとしていることに、気付かざるを得なかった。
リアムの目的は、アレクシスに自身を罰せさせることによって、アレクシスに罪を負わせることなのではないかと。
そのために、リアムはアレクシスを煽るような物言いをしているのでは、と。
(まずい、このままでは……!)
セドリックは、ようやく使用人たちを押しのけて、リアムの部屋へと踏み込んだ。
するとその瞬間、セドリックの目に飛び込んできたのは、リアムに剣を振りかぶるアレクシスの姿で――。
「いけません、殿下ッ!」
セドリックは床を蹴り、剣を抜きながら、二人の間に滑り込む。
こうして、何とかアレクシスの第一撃を止めることには成功したのだが――。
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