ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

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第二部

94.愛と嫉妬と独占欲(後編)

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 ◇


(……殿下の体は見慣れているはずなのに、どうしてこんなに恥ずかしいのかしら。殿下の方を、まったく見られないわ)

 
 夜の寝室とは違い、浴室ここが明るいからだろうか。
 慣れた自分の部屋ではなく、アレクシスの部屋の風呂だからだろうか。

 それとも、アレクシスと会うのがひと月ぶりだからだろうか。

 あるいは、アレクシスの眼差しが、いつも以上に鋭いせいなのか――。


(殿下の視線が、痛い……)


 背中を向けているにも関わらず、視姦されているような気分になってくる。

 アレクシスの顔も体も見えていない。触られてもいないのに、心臓が脈打って、身体が火照ってしょうがない。
 恥ずかしくて恥ずかしくて、何も考えられなくなる。

 そんな場合ではないと、わかっているのに――。
 

「あ……あの、殿下。……やはり、わたくしは一人で……」

 羞恥心のあまり、エリスは咄嗟にそう口にした。
 けれど当然の如く、アレクシスには却下され――。

「何を今更。君が言ったんだぞ、あいつとは何もなかったと。君はそれをこれから、俺に証明してくれるのだろう?」
「――っ」


 ちゃぷ――と、水の刎ねる音がした。

 アレクシスの影が背後へと迫る。

 水面が揺れる――その振動だけで、エリスの心臓は張り裂けんばかりに音を鳴らした。


「なるほど。確かに背中には何の痕もないようだ」という声に、理由もなく、肩が震えてしまう。


 ――当然だ、と思いながらも。

 リアムとは本当に何もなかったのだから。
 確かにエリスはリアムから薬を盛られはしたが、それ以上のことはされなかった。

 エリス本人は眠っていたため覚えてはいなかったが、オリビアはエリスにそう証言したし、医者もそれを証明してくれた。


 そしてそのことを、エリスは馬車の中でアレクシスに確かに説明し、アレクシスも一度は納得を見せたのだ。

 だがそれでもアレクシスは、自分の目で確かめたいと言って譲らなかった。


「さあ、次は前だ。……エリス、こっちを向け」

「……は、い」
 

 以前と変わらぬ、淡々とした低い声。

 けれどそこには、確かに緊張と不安、それにリアムへの怒りが混じっているように聞こえて、エリスは胸が締め付けられるような心地がした。


 ――恥ずかしい。

 でもそれ以上に、やっぱり、アレクシスを安心させてあげたくて。


 エリスは、ゆっくりと背後を振り返る。

 するといやおうでも目に入る、アレクシスの厚い胸板。太い腕。割れた腹筋――と、それから……。


「――っ!」


 刹那、エリスは本来の目的を忘れ、咄嗟に両手で顔を覆った。
 と同時に、再びアレクシスに背を向けて、バシャンと湯舟にしゃがみこむ。

 大きく膨れ上がったアレクシスの一物に、そうせざるを得なかった。

 が、アレクシスはそれを許さない。

「隠すな、ちゃんと俺に見せるんだ」

 そう耳元で囁いて、エリスの身体を抱き上げる。

 そうして、エリスの身体を問答無用で浴室の淵に腰かけさせると、俯くエリスの顔を覗き込んだ。

「怖がるな。君が嫌がることはしない。腹の子に何かあってもいけないからな。――だが」


 ――顔を真っ赤にして、目を潤ませるエリス。

 アレクシスはそんな彼女の頬に鼻を摺り寄せ、そっと唇を落とすと、こう続けた。

「誰が何と言おうと、君は俺のものだ、エリス。君が他の男に何をされようと、周りが君をどう思おうと、俺が君を愛していることは変わらない。君の心も、体も、魂も。この髪のひと房まで、全ては俺のものだということを、決して忘れるな」

「……っ」

 その告白に、エリスはハッと目を見開いた。

 自分がアレクシスを安心させるつもりだったのに、逆に安心させられてどうするのだ――そんな気持ちで、アレクシスを見つめ返す。


「わたくしも、殿下と同じ気持ちですわ。怖いなどと思うはずがありません。ただ……少し、恥ずかしかっただけで……」

 すると、アレクシスもまた驚いたような顔をしたが、すぐに安堵したように目を細めた。

「……そうか。ならば続きをさせてもらうぞ。腹の子のことがあるから挿れるつもりはないが、正直……もう限界なんだ」

 そう言って薄く微笑むと、エリスが答えるよりも早く、薄紅色の唇に、深く深く口づける。


「――エリス。二度と、君の体を他の男に触れさせるな」

 
 と諭すように囁いては、自身の痕を刻み付けるかのように、エリスの体に、何度も、執拗に、口づけの雨を降らせていった。
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