ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

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第二部

107.空白の五日間(前編)

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「どうして、あなたがいるの?」――と、呆然と呟いたエリスの視線の先には、オリビアの肩を抱くシオンがいた。

 意識を失くしかけたオリビアに、

「大丈夫ですから。少し、眠ってください」

 と、優しく声をかける弟の姿があった。


 そんなシオンのオリビアへの対応に、エリスは困惑を隠せない。

 この二人はいったいどのような関係なのだろう。
 そもそも、宮の出入りを禁止されていたはずのシオンが、どうしてここにいるのだろう、と。

 するとシオンは、エリスの考えなど全てお見通しというのような顔で、「失敗したなぁ」と小さく呟く。

「遠くから見るだけのつもりだったのに」と、腕の中で眠りについたオリビアを見つめ、困った顔で笑うのだ。

 それはまるで、秘め事を知られてしまったときの様な横顔で、エリスは一瞬狼狽うろたえた。

 その眼差しが、いったい何に対する感情なのか、少しもわからなかったからだ。


 だが、エリスはすぐに気を取り直し、二人の側に歩み寄る。

 今は動揺している場合ではない、と。
 自分はこの件について、全てを知ると決めたのだから。

 
「シオン、答えて。どうしてあなたがここにいるの? もしかして、オリビア様をここに連れてきたのは、あなたなの?」


 聞きたいことは山ほどある。

 この五日間、シオンはどうしていたのか。
 侍女はちゃんと手紙を届けたか。

 リアムの件はどうなったのか。
 オリビアが今話した言葉の意味は――アレクシスを慕っていたというのが『嘘』だったとは、いったいどういうことなのか。


 多くの質問を内包させて尋ねると、シオンは諦めたように溜め息をつき、オリビアを両腕に抱えた状態で、近くの花壇の淵に腰かける。

 そうして、「姉さんも座りなよ」と、いつものような優しい声でエリスを誘うと、「どこから話せばいいのかな」と慎重に言葉を選ぶようにして、この五日間のことを語り始めた。


 ◇


「僕、今、オリビア様の屋敷に泊まってて。そこから学院に通っているんだけど――」

 そんな言葉から始まったシオンの話は、エリスにとって驚きの連続だった。


 ――五日前、帝国ホテルに残されたシオンは、セドリックから『アレクシスとリアムが決闘する』ことを聞かされた。

 するとその直後、部屋の奥でセドリックの話を聞いていたオリビアが飛び出していってしまい、シオンはそれを追いかけて、屋敷まで送り届けたという。

 だが屋敷に戻ったオリビアを待っていたのは、部屋に閉じこもったリアムと、使用人たちのリアムに対する『軽蔑の目』だった。


「詳しい状況は、オリビア様の侍女が教えてくれた。リアム様が殿下の前で、母親が娼婦であると自ら出生を明かしたこと。それに、殿下に決闘を申し込んだこと。そのせいで使用人たちは皆、リアム様に不信感を持ってしまったって」
「――!」


 シーズンオフの今、ルクレール侯爵は領地に戻っており、帝都の屋敷タウンハウスは実質あるじ不在の状況だ。

 その為、リアムがすべての権限を握っていたのだが、そのリアムがアレクシスと衝突したことで、屋敷内は混乱状態に陥ってしまった。

 ――果たして、この家は大丈夫なのだろうか、と。

 そんな状況の屋敷にオリビアを一人置いてはおけないと思ったシオンは、しばらく留まることを決めたのだ。


「この五日間のうちに、半数もの使用人が辞めていったよ。それもあって、オリビア様はほとんど休めていないんだ。リアム様と話をしようにも、部屋から出てこないんじゃどうしようもない。それでもオリビア様は、残った使用人たちを不安にさせないよう、気丈に振舞ってたんだけど……。昨夜、ついに耐えきれなくなったのか、泣いちゃって」

 そのときのことが思い出されるのか、シオンは腕の中のオリビアを見つめ、瞼を伏せる。

「彼女、言ったんだ。リアム様と半分しか血が繋がっていないことを、以前から知っていたって。母親の血筋のせいで、リアム様は父親から毎日のように暴力を振るわれていたのに、止められなかったって。リアム様の側にいるために、殿下を慕っているだなんて嘘をついてしまったんだって」
「……っ」

 刹那、エリスはハッと息を呑んだ。
 それこそが、『嘘』の内容だったからだ。

「オリビア様はね、ただリアム様と一緒にいたかっただけなんだ。成人したリアム様と過ごすためには、どうしても理由が必要だったから。リアム様と仲のいい殿下のことを慕っていると言えば、リアム様と一緒にいられる。最初は、本当にそれだけの理由だったんだ」
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