ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

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第二部

135.答え合わせ(後編)

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 ――『ずっと側にいたらいい』


 瞬間、再びシオンの目が見開く。
 その内容が、一度は諦めかけた夢だったからだ。


 シオンは幼少期から、エリスと共に生きたいと願っていた。その為だけに努力してきた。
 成績表を偽造したのも、浮いたお金で投資をしたのも、元を辿れば、全てはエリスと共にある為だった。

 けれどエリスは帝国に嫁ぎ、しかも、自分の存在はエリスの負担になってしまう――それを悟ったシオンは、エリスと一定の距離を保とうと決めたのだ。

 それなのに、エリスは自分が側にいてもいいのだと言う。
 

「……ずっと側にいていいの? 本当に、僕の好きにしていいの?」
「勿論よ。あなたの人生だもの」
「――っ」

 同情心ではない。弟に対する責任感でも庇護欲でもない。
 自分を一人の人間として認め、選択を委ねるエリスの瞳に、どうしようもなく胸が熱くなる。

 けれどそんな思いとは裏腹に、シオンは素直に頷くことができなかった。 

 なぜならシオンもまた、今回リアムの一件で学んでいたからだ。
『ウィンザー公爵家の問題をこのまま放っておいたら、いずれ大変なことになる』と。

「…………」

(僕は姉さんの側にいたい。その気持ちは変わらない。だけど、実家の問題から目を背けるのは違う気がする)

 とは言え、この場でそれを口にすれば、エリスにいらぬ心配をかけてしまうだろう。

 シオンはエリスの瞳をじっと見つめ返し、どう返事をすべきか思案する。

 ――すると、そのときだった。
 エリスの背後、宮の入り口の方角に、見覚えのあるシルエットが現れたのは。


「――!」

(あれは、殿下? もう帰ってきたのか?)


 夕日に重なるその人物は、アレクシスに違いなかった。

 侍女に居場所を聞いたのだろう。
 庭園を見渡すような素振りをしたアレクシスは、二人の存在に気が付くと、早足でこちらに近づいてくる。

 その表情は、明らかに何か覚悟を決めた様子で――シオンは直感的に悟った。
 これはしばらく、自分の出番はなさそうだ、と。


 この一週間、シオンは毎日エリスの元を訪れていた。
 それは当然シオン自身が望んだからだったが、それ以外にも、セドリックから頼まれたからいう理由もある。

「殿下にエリス様と向き合う覚悟ができるまで、エリス様のことをお願いします」――と。

 だが、アレクシスの様子からするに、その役目は今日で終わりだろう。
 ならば、伝えるべきことは伝えておかなければ。


 シオンは、頬に触れるエリスの手のひらに自身の両手を重ねて下ろすと、その手をそっと握りしめる。

「ありがとう。姉さんの気持ちはすごく嬉しいよ。でも、すぐには答えられないんだ。少し前の僕なら、姉さんの側にいるって即答したと思うけど、僕も、リアム様やオリビア様のことがあって、色々考えさせられたから」

 祖国に戻りたいとは思わない。公爵位にも興味はない。その気持ちは以前と同じ。
 だからといって、あの愚かな父親にこのまま家を明け渡すのはあまりにも危険すぎる。となれば、それを阻止するために、祖国に帰らなければならない日が、近いうちに必ず訪れるだろう。

「成績表や投資のことは、全部姉さんの言うとおりだよ。父さんは僕を廃嫡しようと考えてる。その後は養子を取るつもりなんだろうって、僕は前から思ってた。だからもしも・・・のときの為に、お金と人脈を広げておこうって始めたことなんだ。……ごめんね、姉さん。ずっと隠してて」

 本当は、エリスに真実を伝えようと思ったことは何度もあった。
 けれどこれを知れば、エリスは自らを責めるだろう――そんな考えに至り、隠し通すことに決めたのだ。


 するとエリスは、そんなシオンの心理を汲み取ったのか、「あなたが謝ることは何もないわ」と小さく首を振る。

「殿下から話を聞いたときは本当に驚いたけど、責める気持ちは少しもなかったの。ただ、あなたがそうしなければならなかった理由がわからなくて、もしかしたらと思った後は、自分の鈍感さに呆れただけ」
「――! 鈍感だなんて、そんなこと……!」
「いいのよ。それにわたし、あなたがずっと次席を取っていたと聞いて、誇らしかったんだから。わたしの弟は、とても優秀なんだって」
「……姉さん」
「シオン、わたしはね、きっとこれからも沢山のことを見逃すと思うの。わたしはあなたほど賢くないし、お父さまの考えにすら気付かなかった。でも、これだけは言える。わたしはいつも、あなたの幸せを願っているって。どうか、それを忘れないで」
「……っ」

 エリスの純粋な眼差しに当てられて、シオンの中に強い衝動が沸き上がる。
 今すぐエリスを抱き締めてしまいたい、と。

 けれどシオンは、その気持ちを必死に心の奥にしまい込んだ。
 自分はもう、エリスを諦めると決めたのだから。

「……うん。絶対……忘れない」

 そう答えると、エリスは花のような笑顔を見せる。

 と同時に、「エリス」と、時間切れの合図の声がして――。

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