ヴィスタリア帝国の花嫁 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

夕凪ゆな

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第二部

134.答え合わせ(前編)

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 ――その日の夕方、空が橙色に染まりかけた頃、エリスはシオンと二人、庭園を散歩していた。
 ほとんどの花が枯れてしまうこの季節、一年草のパンジーやビオラ、アイビーなどで彩られた花壇の間を歩きながら、二人は他愛のない会話を弾まていた。


「そしたら教授が彼に、"――"って言ってさ」
「まあ! それで、その方はどう返したの?」
「それがね――」


 シオンはこの一週間、宮の外に出られないエリスの為に、授業が終わり次第こうして通ってくれている。
 おかげでエリスは、アレクシスの帰りが遅い日も、寂しさを紛らわすことができていた。

(シオンがいてくれて良かったわ。一人だと、どうしても色々と考えすぎてしまうから)


 リアムとオリビアが帝都を発って一週間。
 あの日からエリスは、エメラルド宮を一歩も出ていない。

 その前の週もアレクシスはエリスの外出を許さなかったので、この二週間の間に外に出たのは、決闘のときだけということになる。

 正直、不満がないと言えば嘘になるが、エリスはアレクシスが外出を禁止するのは自分を守るためだと気付いていたため、アレクシスに従おうと決めていた。

 とは言え、時間が有り余って仕方がないのも事実。
 そんな状況で、シオンが毎日話し相手になってくれるというのは、心から有難いことだった。


「姉さん、今日も殿下の帰りは遅いの?」
「どうかしら。今朝もお見送りできなかったから」
「なら今夜も夕食を御馳走になろうかな。まだ全然話し足りないし」
「勿論、そのつもりで用意してあるわ。でも勉強の方は大丈夫なの? わたしはあなたと過ごせて嬉しいけど、今日でもう一週間よ」
「ああ、そっちの方は問題ないよ。こう見えて僕、結構要領いいんだから」

 確かに、シオンはランデル王国学園で毎年次席を取っていたと聞いている。
 ならば、きっと問題はないのだろう。

 ――それにしても。

 勉強のくだりから、エリスは不意に思い出す。
 自分はシオンに聞かねばならないことがあったのだ、と。

「ねぇ、シオン」

 エリスがシオンの名を呼ぶと、シオンは夕日の眩しさに目を細めながら満面の笑みを零した。

「何、姉さん?」と、優しい声で問い返してくる弟の笑顔に、エリスは一瞬質問するのを躊躇ったが、意を決す。


「あなたは、スフィア王国に戻る気はないの?」

「――!」

 刹那、予想外とばかりに、大きく見開くシオンの瞳。

「実はわたし、殿下から聞いているの。あなたが学園で次席を取っていたことや、奨学金で浮いたお金を投資していたってこと。それで、ずっと考えていたの。どうしてそんなことをしたんだろうって。そしたら、宮廷舞踏会でのあなたの言葉を思い出して……」


 半年前、舞踏会の最中、中庭で四年ぶりにシオンと再会したとき、シオンは「愚かな父親を油断させておく必要があった」と確かに口にした。
 つまり、成績表を誤魔化した元々の理由は、『無能な後継者でいる必要があった』からなのだろうと。

 だが、父を油断させるだけなら投資までする必要はない。――となると、考えられる理由はただ一つ。

「もしかしてお父様は、あなたを家から追い出そうとしていたの? それを少しでも遅らせるために、成績表を偽造したの? それを防ぐために、お金が必要だったの?」
「…………」
「これはあくまで、わたしの想像でしかないわ。でも、リアム様の一件があって、もしかしたらって」

 父は自分たちを憎んでいた。
 分家から婿養子に入った父には、結婚前から慕っている女性がいた。それが継母だ。
 シオンを追い出したい理由は十分にある。

「あなたを廃嫡して養子を取れば、ウィンザー公爵家は今度こそお父様のものになる。……だから、あなたは……」

 公爵家を手に入れたい父にとって、優秀な後継者は邪魔な存在だ。
 シオンはそれを知っていたから、無能な息子を演じていたのではないだろうか。

 家門の存続のために私生児リアムを引き取り、優秀な後継者に育てようとしたルクレール侯爵と、正統な後継者であるシオンを廃嫡し、家門を手中に収めようとしている父親。
 形は違えど、二人のやろうとしていることは同じ。


「わたしはね、シオン。家を出るまでずっと、公爵家はあなたが継いでくれると信じて疑わなかった。だってあなたは正統な後継者だから。でも、必ずしもそれが幸せな結果になるわけじゃないって、今回の件で学んだわ」
「……姉さん」
「だから、あなたは好きにしたらいいのよ。もし戻りたければ、全力で応援する。きっと殿下が力を貸してくださるわ。でも、そうじゃないなら――」


 エリスは、笑顔を消してしまったシオンに両手を伸ばし、そっと頬を包み込む。


「いつまでも、ずっと私の側ここにいていいのよ、シオン」

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