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032◇空からの恐怖(1)
しおりを挟むいつもなら朝市の野菜売りでカラフルな円形広場も、さすがに今日は閑散としていた。
イヤ、閑散と言うより、完全に誰もいない。
休日の早朝の、誰もいない街なんて、久しぶりだ。
『塔』には普段なら『対空兵団』と言う名の、防空警備隊みたいな組織の一隊が、不眠不休の監視体制を敷いている……らしいんだけど、今日に限っては誰も居なかった。
さすがは、『絶対に働いてはいけない日』。
休んじゃいけない人たちまで休んでるようだ。
丸い塔の内部は、白っぽい石の段と赤っぽい硬質な煉瓦の段が交互に続いているツートーンの螺旋階段になっていた。
まるで紅白の垂れ幕を下に敷いたようなヘンな感じだ。白い方は炭酸カルシウムの塊みたいな『永遠の道』から削り取ったものに『魔法』で熱と圧力を加えて「変成」させた人造……と言うか「魔造」の大理石みたいなものらしい。そう言えばスウさんのパン工房の作業台も白い大理石みたいな一枚岩だ。同じものかもだ。
そんで、この塔って『空からの恐怖』に対する物見台だけでなく、実は「給水塔」の役目もしてるらしい。
『魔法』か何かで、水を上にくみ上げて、あとは位置エネルギーかサイフォンの原理かで、市内に水を送ってるらしい。
なので、中はひんやりとしていて、湿っぽい感じだ。
俺は毎晩のように身体強化の『身体錬成』を行って、心肺機能・骨格・筋肉・神経組織の強化に成功していた。
といっても、常人の1.5倍くらい。
そんなにハチャメチャには強くはなれなかった。
『★不可侵の被膜☆』によって、内向きに封じ込められるような制約があるせいなのかもしれない。
でも全体的に筋肉質に引き締まったようで、ミーヨにも褒められたし、スウさんにはちょくちょくお尻を触れるようになった。
あの人、女だけど痴女じゃなくて痴漢だ(笑)。
それに心肺機能の強化もあって、この塔くらいなら、息も切らさずに余裕で上まで登れるようにはなっている。
登る途中、なんとなく、赤っぽい煉瓦の段だけを踏みたくなって、二段飛ばしで階段を駆け登る。
階段が切れて、光が見えた。
念のため、ちょっと顔を出して誰もいないか確認する。
予想通り、そこに無人のようだった。
階段を登りきると、広いフロアになっていて、四囲を見張るため、柱以外の遮蔽物はない。
たぶん、ここ冬場も吹きっさらしなんだろう。寒そうだ。
普段はここに『対空兵団』の駐屯兵が詰めてるらしいけど……今日はお休みだ。
真ん中には、もう一段上のフロアにある大きな鐘を鳴らすための太い引き縄とハシゴがある。
なんか『魔法』で動く「対空速射砲」みたいなのがあるって話を聞いてたけど……見当たらない。今日はお休みだから、イタズラ防止のために撤去してあるのかもしれないけれども。
どこかで、ちょろちょろと水音もする。
でも、水を吸い上げるための動力らしきものは見当たらない。やっぱ『魔法』なのか?
てか、街の水源なんだから、こんな雑な管理でいいのかな?
ぜんぜん誰とも会わずに上まで来ちゃったよ。
◇
何気なく、『丘』の方を見ると、一人の少女が空中に浮かんでいた。
彼女もまた『丘』の方を見ているらしい。こちらに背中を向けて、俺には気付いていないようだった。
豊かに波打つ長い赤毛が、風に揺れて、朝日を浴びて、煌めいている。
羽があったら妖精だと思ったろう。
後ろ姿は、ほっそりした子だった。
『魔法』で空気を操って空中浮遊しているらしい。
普段はこの塔にいるはずの『対空兵団』の『飛行歩兵』は、空を自由に飛べるらしいけど、俺はまだ見た事がない――
――なので、人が空飛んでるのを、初めて見た。
ちょっとびっくり。
赤毛の魔女なら、対戦車ライフルに乗って空飛んで欲しい気もするけれども。
(――下手に声かけたら、落っこちるとかないよな?)
つい黙って見てるだけになってしまう。
「場所はあそこか……目立つ建物ね。後で何の建物か確認しないと」
風に乗って、彼女の呟きが聴こえてくる。
「……ここって丘と街と濠とで、まるで日本の『前方後円墳』みたい。誰かが意図的に……それはないか」
少女はそう言うと、唐突に空中でターンして、こちらを向いた。
「「……」」
目が合った。
「…………」
赤みの混じった水色の瞳は紫に輝いて、なにかの宝石みたいだった。
意志の強そうな赤い眉。厚めの柔らかそうな赤い唇が何か言いたそうに少し開いている。
黒く飾り気のない禁欲的な雰囲気のドレスが華奢な身体を包んでいる。
足元は白くて短い靴下と黒い革靴。
そんなものまで見えたのは、もちろん宙に浮いてるからだ。
その子はじっくりと俺の顔を確認すると、懐かしそうに、人を小馬鹿にしたような声でこう言った。
「やあ、ジン。久しぶり」
「…………」
見覚えがないのに、俺の事を知ってる。
ミーヨが前に言ってた俺たちの幼馴染の『プリちゃん』ってこの子の事だろう。
面倒くさいことになるかも……だ。
「そこに行くわ。退いてて」
言って、浮いたまま塔の内部に入って来た。
ブォォォオオオオ――
風の唸る音がして、途端に周囲に猛烈な風が吹き乱れる。
たぶん、自分自身と同じ質量の空気を下方に吹きつけていたんだろう。ヘリコプターのホバリングみたいに。
床に叩きつけられた空気が上に跳ね返って……ぶわっ、と黒いドレスのスカートがめくれ上がった。
予想通り。
お約束の展開だった。
(右目・連写)
パシャパシャパシャパシャパシャ!
よし、貰った!
撮ったど―――――――――っ!!
今日のこの日が来る事を想定して、『光眼』の「カメラ機能」に「連写モード」を開発しておいて本当に良かった!
ぐへへへ。
偶発的なラッキースケベ・イベントだから、俺は悪くないよ……たぶん。
俺の脳内データだから、他の人に拡散しようがないし。
とにかく、いただきました! ゴチっス。
「くッ、いま見たよね?」
いえ、撮りました(笑)。
「……ぐぬぬぬ」
恥ずかしさというよりも、自分の迂闊さに腹を立てているようだった。
俺の方に、つかつかと詰め寄って来る。
「ねえ、なんか言いなよ。ジンなんでしょ?」
「すごいね、空飛んでた。人が空飛んでるの、初めて見た」
俺も飛びたい。
「初めて? そうなの? ……別に、大したことじゃないわ。『対空兵団』にならいくらでもいるし」
スカートの裾を直しながら、無表情に少女は言った。
「ホンモノの『飛行歩兵』なら、それこそ御伽噺の妖精みたいに空を飛ぶしね」
そーなんだ? まだ見た事無いしな。
「プリちゃん……だよな?」
愛称だとは思うけど、ミーヨから、この子の正確な名前は聞いてなかったしな。
「子供っぽいから、それ止めて。今はプリムローズと呼ばれてるから、そう呼んで」
紫と水色の混じったみたいな瞳で見つめられながら、名を告げられる。
この子の虹彩から想起させられるのは、アレキサンドライトという希少な宝石だった。あれって、レアで高価いんだよな?
ところで、プリムローズ?
「それって、地球の花の名前だよね、何の花だっけ? あと、なんで『日本の前方後円墳』なんて言葉知ってるの?」
ふしぎに思った事を、そのまま直球で訊いてみる。
俺は、駆け引きとか苦手なのだ。
「ん? あんたこそ……そうか。つまり、あなたもそうなのね」
少女――プリムローズさんは、俺の顔をじーっと睨んだ。
不思議な紫色の瞳で、真実を正確に察したらしい。
てか、『あなたも』と言うからには、自分も元・日本人の生まれ変わりだと言ってるようなものだ。
――そして思い当たった。
ミーヨが鼻唄で歌っていた「スコットランド民謡」や「○立のCMソング」は、きっとこの子から教わったんだろう。そうに違いない。
「あなた、ジンの姿をした何者? 名乗りなさい」
口調が一段とキツくなる。完全に詰問されてる。
「俺はジンだよ。それ以外の何者でもない」
たとえ『前世の記憶』があったとしても、今ここで生きている俺は、ミーヨの「ジンくん」なのだ。
イヤ、正直に言うと、『前世』の自分を……思い出せない。
思い出したく、ないのかもしれないけれども。
「じゃあ、あなたの母の名は?」
そんな事を訊かれても……知らないな。よく考えたら。
「知らない。俺『この世界』で目覚めてから、そんなに経ってないんだ」
正直に、そう言うしかなかった。
「目覚めた? ああ、『前世の記憶』が蘇ったって意味ね? それは、いつだったの?」
言葉遣いが、すこし和らいだ。
同情されてるのかも知れない。
「水の魚の日……って分かりますか?」
ミーヨからは、そう教えてもらってるけど。
「『水の日々』の『お魚の日』? 最後の『巡り』ね。じゃあ『三巡り』……24日くらいね。まあ、日が浅いと言えば、浅いけれど」
彼女は言って、少し考え込む。
「でも、つい最近あなたがミーヨと一緒に、この広場に居たところを見かけたことがあるのだけれど?」
ミーヨが、この子を見たって言ってたけど……俺と一緒に居た時だったのか?
でもって、この子からも、俺たちは見られていたのか。
「あの子を騙して連れ回してるの? 言いなさい」
なんか偉そうに上から来る。ちょっと腹立つな。
「ミーヨは全部知ってる。魂が同じなら、前世の人格になってても、それはジンくんだから――って」
俺が言うと、ぴりぴりしていた警戒感が消えた。
「……そうなんだ」
何かを諦めたように、そっぽを向いた。
その時だった。
なぜか広角ワイドになってしまった右目の『光眼』の視界の隅に、何かがちらついた。
あれ? なんだあれ。
「ところで、プリムローズさん」
「なに?」
「あそこ見て、なんか飛んで来る」
俺が朝日の方を指さすと、彼女もそちらを見た。
大きな鳥のようなシルエットだった。
「……ぼそぼそ(……ああ、やっちゃった! 朝方に『飛行魔法』を使うと、呼び寄せちゃうってホントだったのね)」
プリムローズさんが、何やらブツブツ言ってる。
「――あれは『空からの恐怖』よ! ジン! 警鐘鳴らして!!」
何かを誤魔化すみたいに、彼女がそう叫んだ。
◆
幼馴染が二人って、それほどいいものでもないと思う。
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