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Ep.01 やってしまった ≪晴れのち雨≫
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——「や、やめてください!」
パシッと乾いた音が鳴る。
反射で振り払った俺の手が当たり、透明な傘がふわっと離れた。傘は斜めに回転しながら階段を二段滑り、雨の中でぱしゃりと開く。そこだけ丸い池みたいに世界が切り取られて見えた。
生徒会棟の軒先で、目の前には神代 怜。誰が見ても完璧を絵に描いたような副会長。そんな彼の笑みが一瞬だけ途切れた。心臓が跳ねて、喉がぎゅっと縮む。
——やった。いや、“やってしまった”。
何してんだ俺。頭が真っ白になって血の気が引く音がする。学園の誰もが憧れる“生徒会の王子”に手を振り上げて、よりにもよって「やめてください」って。
終わった。社会的に。
明日からどんな顔して登校すればいい。
これが舞台なら、間違いなく一度カーテンを下ろされる。モブが主役に台本をぶん投げた瞬間だ。
生徒会に目をつけられた平凡代表。進級までの道のり、急にサバイバルモード突入。
できれば今すぐ転生したい……。
◇
はじまりは、二日前に戻る。
全校集会は長い。講堂の空気は、もっと長い。
「新生徒会メンバーを発表します」
ざわめきが静まり、名前が読み上げられていく。
「……副会長、神代 怜」
講堂内に拍手が鳴り響く。俺も周りに合わせて手を叩く。
神代 怜。
名前は知っていた。いや、知らない方が珍しい。成績上位者の掲示でも、生徒会でも、行事の写真でも、必ず中央にいる人だから。誰かが「神代って万能すぎて怖いよな」と言って笑っていたのを、どこかで聞いた気がする。
遠い存在だ。けど、顔ははっきりと覚えていた。
舞台の上で一歩前に出て、神代は無駄のない一礼をした。他の生徒とは何かが違う。派手ではないのに、視線を奪う。熱のある拍手が、少しだけ彼の周りに集まっているように感じた。
自然と目を上げたその瞬間、舞台に立つ彼と視線がかすった——気がした。もちろん気のせいかもしれない。たまたまタイミングよく顔がこっちを向いただけ、たぶんそれだけだ。
けれど、目が合った“気がした”だけで、背中の内側をスッと冷たいものが走り、呼吸の音がやけに大きく聞こえた。
慌てて俯いて、俺は空気、空気だ、と自分に言い聞かせる。理由はない。説明もできない。
ただ、まるで——蛇に睨まれたみたいだ、と思った。
◇
翌日、天気予報は一日晴れ。
朝から清々しい青空の下、四月の終わりらしい柔い光が校舎に張りついている。グラウンドからは土と日光の匂い。ツバメが低く飛ぶのを見ながら、俺だけ小さな雲を頭に乗せて歩いている感じがした。なんだか晴れない。
理由は特にない。これが不安なのか嫌な予感というものなのか、明確な名を持たない微かな靄を片隅に仕舞ったまま一日を過ごした。
放課後の図書館は静かだ。ページをめくる音と、書架の間を行き来する足音が絨毯に吸われて小さくなる。紙の匂いが落ち着く。時間の流れがゆっくりと感じられるこの場所が好きで、去年に引き続き俺は図書委員を選んだ。
当番を終えてロビーを片付けていたら、傘立てに一本だけ見覚えのない透明の傘が残っていた。
図書館にはもう生徒は残っていない。
晴れの日に忘れ傘。珍しいな。
「とりあえず、届けとくか……」
手に取ると、柄のところに薄い白の模様が目に入る。蛇の鱗にも見えるし、ただの反射にも見える。
思わず一度、手を引っ込めてしまいそうになった。
俺は昔からどうしても蛇が苦手だった。絵でも映像でも、体の奥が先に反応してしまう。想像するだけで冷たいものが皮膚の下を這うみたいな感覚。
だから、たとえ形が似ているだけでも、蛇を思わせるものにはできるだけ近づきたくなかった。
触れた指先が少し冷えた気がする。それも本物の冷たさじゃなく、記憶が皮膚に残したみたいな寒気——気のせいであってほしいけど。
白鷹学園では、拾得物は一旦事務室へ。時間外は生徒会棟へ回すのがルールだ。今日はもう事務が閉まっている。なら、生徒会に直接持っていくのが定石。
……とはいえ正直、気は進まない。
生徒会棟は本館と違って静かすぎる。関係者以外立入禁止、とまでは書いていないけど、普通の生徒が用もなく入る場所じゃない。
そこには、どこか「選ばれた側」だけが通れる空気があった。自分みたいな“平凡な生徒その1”には、目に見えない境界線が引かれていて、踏み越えるにはちょっとした勇気がいる。
入口の前で立ち止まる。足が勝手にブレーキを踏む。
いや、渡すだけ。置いて帰るだけ。
三秒で済む。……はず。
五秒までならギリ大丈夫。
六秒いたら酸欠になる。
五秒のカウントを軽く六回やり直して、タイミングを整える。よし、行く。
そう決めた瞬間、目の前の扉が唐突に開いた。自分の心臓がどこかへ落ちる音がした。
出てきたのは、神代だった。
近くで見ると、同じ制服のはずなのに空気の密度が違う。光の拾い方が人と違う。濡れてもいないのに、輪郭が冷たく見える。
灰がかった薄茶の髪は、光に当たると銀を少し溶かしたような色で、前髪の流れが静かに整っている。
切れ長の目元はいつも涼しげで、角度のついた睫毛の影が瞬きのたびに頬をかすめる。
背も脚も、指先まですらりと均整が取れていて、何気ない動作ひとつで目をさらう。
時計の金属は彼の肌の上で上品に陽をやわらげ、そこに音がないせいで、周囲の音がすべて彼に吸い寄せられていくみたいだった。
いい加減、見過ぎてる。……俺。
目が合いそうになって、俺は慌てて手元に視線を落とす。
ん?
——その左手首で、白い“なにか”が時計の上に細く巻きついているのが見えた。
最初はブレスレットかと思った。
瞬きをしたら、とぐろが一目盛りだけ締まって、金属がかすかに鳴る。舌先のような赤いものがチロリと空気を味わって、すぐに引っ込んだ。
白い蛇だ。
視線が絡んだ気がして、体の奥がほどけない結び目みたいに固まる。ギクリ、と体の芯が縮む。鼓動が急にうるさくなって、息が喉の途中で止まった。背中に冷や汗が噴き出す。肺が浅くしか動かない。足は根が生えたみたいに動かない。目を逸らしたいのに、うまく逸らせない。
この距離、この視線、この蛇——居心地の悪さが皮膚の内側から膨らんで、頭の中の警報だけが鳴っている。
「図書館で傘を見つけました。昨日……か、今日だと思うんですけど、これ」
何故か無性に逃げ出しくなる気持ちを抑え、俺は視線を落として傘を差し出す。
神代は一瞬で笑って、スムーズに受け取った。
「あ、これ俺の傘だ。ありがとう。どこにやったか思い出せなくてさ。助かった。君、図書委員?」
「は、はい。雨宮です」
「雨宮。いい名前だね」
呼吸を整えようとしてもうまく入らない。肩のうしろがむずつく。胸のざわめきが空に伝染したみたいに、光がじわじわと鈍る。
ぽつ、ぽつ。
乾いていた石畳に、丸いしみが増えていく。音が一粒ごとに近づいて、耳の奥に跳ねた。
……降ってきた。俺のせい、かもしれない。胸の奥がざわめくたび、空の色が濃くなる気がした。不安と恐怖が、雨粒の形を借りて落ちてくる。
「……降ってきたね」
神代の声は静かで、けれど真っ直ぐに届く。
生徒会棟の入口、わずかな庇の下はすぐにいっぱいになった。俺と神代、距離が近い。雨音が世界を狭くして、俺たち二人の呼吸だけが輪の中に残る。
神代が傘を開く。透明な膜がぱん、と音を立てた。傘が差し出され、雨宿りの半径が広がると、空気の密度が変わる。透明な輪の中へ“招かれる”感覚に心臓が跳ねる。俺の方にも、入れって合図。
けど、足はすぐには前に出なかった。俺が遠慮していると思ったのだろう、柔らかい声が落ちてくる。
「お礼に、駅まで送るよ。どうせ同じ方向でしょ」
笑顔があった。誰にでも向けられる笑顔のはずなのに、俺はどうしても居心地の悪さを感じて息が詰まる。整った、完璧な形。なのに、俺の中の何かが強く拒絶した。“いい人”の笑顔なのに、怖い。どうして。喉が乾いて、体が反射的に硬直する。
——蛇が見てる。
差し出された手に巻きつく白いものが視界の中を掠めた瞬間、皮膚の下が一瞬で冷たくなって、呼吸の仕方を忘れてしまった。喉の奥がきゅっと鳴る。
近い。近い。怖い。無理だ。
頭の中で全ての赤信号がいっせいに点く。
考えるより早く、体は勝手に動いていた。
「や、やめてください!」
振り払った手が神代の手と傘の柄に当たり、乾いた音が鳴る。傘はふわっと空中で泳ぎ、そのまま雨の中へ落ちた。透明な円が、石畳にぱしゃりと開く。
視界の端で、世界が一瞬止まる。音が遅れて追いつくが、思考はもっと遅い。
神代が目を見開く。その顔に一瞬だけいつもと違う表情が見えた——驚き、か、それとも。
そして次の瞬間には、もう笑みが戻っていた。けれど、それがほんの少しだけ作り物に見えたのは、俺の気のせいだろうか。
「——す、すみません! ごめんなさい! さようなら!」
まともに相手の顔を見られないまま言い捨てて、俺は逃げるように駆け出していた。
階段を下りるたび、靴の中に水が入って、冷たさが現実を濃くする。最寄りの庇なんて見えない。駅も遠い。雨音が胸の中まで入り込んできて、心臓の音と混ざる。
それでも振り返れず、ただひたすら前だけを見て雨の中を走り続けた。
◇
パシッと乾いた音が鳴る。
反射で振り払った俺の手が当たり、透明な傘がふわっと離れた。傘は斜めに回転しながら階段を二段滑り、雨の中でぱしゃりと開く。そこだけ丸い池みたいに世界が切り取られて見えた。
生徒会棟の軒先で、目の前には神代 怜。誰が見ても完璧を絵に描いたような副会長。そんな彼の笑みが一瞬だけ途切れた。心臓が跳ねて、喉がぎゅっと縮む。
——やった。いや、“やってしまった”。
何してんだ俺。頭が真っ白になって血の気が引く音がする。学園の誰もが憧れる“生徒会の王子”に手を振り上げて、よりにもよって「やめてください」って。
終わった。社会的に。
明日からどんな顔して登校すればいい。
これが舞台なら、間違いなく一度カーテンを下ろされる。モブが主役に台本をぶん投げた瞬間だ。
生徒会に目をつけられた平凡代表。進級までの道のり、急にサバイバルモード突入。
できれば今すぐ転生したい……。
◇
はじまりは、二日前に戻る。
全校集会は長い。講堂の空気は、もっと長い。
「新生徒会メンバーを発表します」
ざわめきが静まり、名前が読み上げられていく。
「……副会長、神代 怜」
講堂内に拍手が鳴り響く。俺も周りに合わせて手を叩く。
神代 怜。
名前は知っていた。いや、知らない方が珍しい。成績上位者の掲示でも、生徒会でも、行事の写真でも、必ず中央にいる人だから。誰かが「神代って万能すぎて怖いよな」と言って笑っていたのを、どこかで聞いた気がする。
遠い存在だ。けど、顔ははっきりと覚えていた。
舞台の上で一歩前に出て、神代は無駄のない一礼をした。他の生徒とは何かが違う。派手ではないのに、視線を奪う。熱のある拍手が、少しだけ彼の周りに集まっているように感じた。
自然と目を上げたその瞬間、舞台に立つ彼と視線がかすった——気がした。もちろん気のせいかもしれない。たまたまタイミングよく顔がこっちを向いただけ、たぶんそれだけだ。
けれど、目が合った“気がした”だけで、背中の内側をスッと冷たいものが走り、呼吸の音がやけに大きく聞こえた。
慌てて俯いて、俺は空気、空気だ、と自分に言い聞かせる。理由はない。説明もできない。
ただ、まるで——蛇に睨まれたみたいだ、と思った。
◇
翌日、天気予報は一日晴れ。
朝から清々しい青空の下、四月の終わりらしい柔い光が校舎に張りついている。グラウンドからは土と日光の匂い。ツバメが低く飛ぶのを見ながら、俺だけ小さな雲を頭に乗せて歩いている感じがした。なんだか晴れない。
理由は特にない。これが不安なのか嫌な予感というものなのか、明確な名を持たない微かな靄を片隅に仕舞ったまま一日を過ごした。
放課後の図書館は静かだ。ページをめくる音と、書架の間を行き来する足音が絨毯に吸われて小さくなる。紙の匂いが落ち着く。時間の流れがゆっくりと感じられるこの場所が好きで、去年に引き続き俺は図書委員を選んだ。
当番を終えてロビーを片付けていたら、傘立てに一本だけ見覚えのない透明の傘が残っていた。
図書館にはもう生徒は残っていない。
晴れの日に忘れ傘。珍しいな。
「とりあえず、届けとくか……」
手に取ると、柄のところに薄い白の模様が目に入る。蛇の鱗にも見えるし、ただの反射にも見える。
思わず一度、手を引っ込めてしまいそうになった。
俺は昔からどうしても蛇が苦手だった。絵でも映像でも、体の奥が先に反応してしまう。想像するだけで冷たいものが皮膚の下を這うみたいな感覚。
だから、たとえ形が似ているだけでも、蛇を思わせるものにはできるだけ近づきたくなかった。
触れた指先が少し冷えた気がする。それも本物の冷たさじゃなく、記憶が皮膚に残したみたいな寒気——気のせいであってほしいけど。
白鷹学園では、拾得物は一旦事務室へ。時間外は生徒会棟へ回すのがルールだ。今日はもう事務が閉まっている。なら、生徒会に直接持っていくのが定石。
……とはいえ正直、気は進まない。
生徒会棟は本館と違って静かすぎる。関係者以外立入禁止、とまでは書いていないけど、普通の生徒が用もなく入る場所じゃない。
そこには、どこか「選ばれた側」だけが通れる空気があった。自分みたいな“平凡な生徒その1”には、目に見えない境界線が引かれていて、踏み越えるにはちょっとした勇気がいる。
入口の前で立ち止まる。足が勝手にブレーキを踏む。
いや、渡すだけ。置いて帰るだけ。
三秒で済む。……はず。
五秒までならギリ大丈夫。
六秒いたら酸欠になる。
五秒のカウントを軽く六回やり直して、タイミングを整える。よし、行く。
そう決めた瞬間、目の前の扉が唐突に開いた。自分の心臓がどこかへ落ちる音がした。
出てきたのは、神代だった。
近くで見ると、同じ制服のはずなのに空気の密度が違う。光の拾い方が人と違う。濡れてもいないのに、輪郭が冷たく見える。
灰がかった薄茶の髪は、光に当たると銀を少し溶かしたような色で、前髪の流れが静かに整っている。
切れ長の目元はいつも涼しげで、角度のついた睫毛の影が瞬きのたびに頬をかすめる。
背も脚も、指先まですらりと均整が取れていて、何気ない動作ひとつで目をさらう。
時計の金属は彼の肌の上で上品に陽をやわらげ、そこに音がないせいで、周囲の音がすべて彼に吸い寄せられていくみたいだった。
いい加減、見過ぎてる。……俺。
目が合いそうになって、俺は慌てて手元に視線を落とす。
ん?
——その左手首で、白い“なにか”が時計の上に細く巻きついているのが見えた。
最初はブレスレットかと思った。
瞬きをしたら、とぐろが一目盛りだけ締まって、金属がかすかに鳴る。舌先のような赤いものがチロリと空気を味わって、すぐに引っ込んだ。
白い蛇だ。
視線が絡んだ気がして、体の奥がほどけない結び目みたいに固まる。ギクリ、と体の芯が縮む。鼓動が急にうるさくなって、息が喉の途中で止まった。背中に冷や汗が噴き出す。肺が浅くしか動かない。足は根が生えたみたいに動かない。目を逸らしたいのに、うまく逸らせない。
この距離、この視線、この蛇——居心地の悪さが皮膚の内側から膨らんで、頭の中の警報だけが鳴っている。
「図書館で傘を見つけました。昨日……か、今日だと思うんですけど、これ」
何故か無性に逃げ出しくなる気持ちを抑え、俺は視線を落として傘を差し出す。
神代は一瞬で笑って、スムーズに受け取った。
「あ、これ俺の傘だ。ありがとう。どこにやったか思い出せなくてさ。助かった。君、図書委員?」
「は、はい。雨宮です」
「雨宮。いい名前だね」
呼吸を整えようとしてもうまく入らない。肩のうしろがむずつく。胸のざわめきが空に伝染したみたいに、光がじわじわと鈍る。
ぽつ、ぽつ。
乾いていた石畳に、丸いしみが増えていく。音が一粒ごとに近づいて、耳の奥に跳ねた。
……降ってきた。俺のせい、かもしれない。胸の奥がざわめくたび、空の色が濃くなる気がした。不安と恐怖が、雨粒の形を借りて落ちてくる。
「……降ってきたね」
神代の声は静かで、けれど真っ直ぐに届く。
生徒会棟の入口、わずかな庇の下はすぐにいっぱいになった。俺と神代、距離が近い。雨音が世界を狭くして、俺たち二人の呼吸だけが輪の中に残る。
神代が傘を開く。透明な膜がぱん、と音を立てた。傘が差し出され、雨宿りの半径が広がると、空気の密度が変わる。透明な輪の中へ“招かれる”感覚に心臓が跳ねる。俺の方にも、入れって合図。
けど、足はすぐには前に出なかった。俺が遠慮していると思ったのだろう、柔らかい声が落ちてくる。
「お礼に、駅まで送るよ。どうせ同じ方向でしょ」
笑顔があった。誰にでも向けられる笑顔のはずなのに、俺はどうしても居心地の悪さを感じて息が詰まる。整った、完璧な形。なのに、俺の中の何かが強く拒絶した。“いい人”の笑顔なのに、怖い。どうして。喉が乾いて、体が反射的に硬直する。
——蛇が見てる。
差し出された手に巻きつく白いものが視界の中を掠めた瞬間、皮膚の下が一瞬で冷たくなって、呼吸の仕方を忘れてしまった。喉の奥がきゅっと鳴る。
近い。近い。怖い。無理だ。
頭の中で全ての赤信号がいっせいに点く。
考えるより早く、体は勝手に動いていた。
「や、やめてください!」
振り払った手が神代の手と傘の柄に当たり、乾いた音が鳴る。傘はふわっと空中で泳ぎ、そのまま雨の中へ落ちた。透明な円が、石畳にぱしゃりと開く。
視界の端で、世界が一瞬止まる。音が遅れて追いつくが、思考はもっと遅い。
神代が目を見開く。その顔に一瞬だけいつもと違う表情が見えた——驚き、か、それとも。
そして次の瞬間には、もう笑みが戻っていた。けれど、それがほんの少しだけ作り物に見えたのは、俺の気のせいだろうか。
「——す、すみません! ごめんなさい! さようなら!」
まともに相手の顔を見られないまま言い捨てて、俺は逃げるように駆け出していた。
階段を下りるたび、靴の中に水が入って、冷たさが現実を濃くする。最寄りの庇なんて見えない。駅も遠い。雨音が胸の中まで入り込んできて、心臓の音と混ざる。
それでも振り返れず、ただひたすら前だけを見て雨の中を走り続けた。
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