蛇に睨まれた蛙は雨宿りする

KAWAZU.

文字の大きさ
2 / 46

Ep.02 守護生物という存在 ≪雨≫

しおりを挟む
 ◇

 家に帰ってシャワーを浴びても、胸のあたりだけ冷えが残っていた。自分の部屋に戻って窓の外に目をやるが、ずっと雨は降り止まない。 
 天気予報は晴れだった。
 やっぱりこれは俺の焦りのせいかもしれない。近隣住民には先に謝っとく。

 鏡を見て指で梳いても、黒髪はすぐ跳ねる。寝癖みたいな反抗心だ。黒縁のセルフレームは水滴で曇っていて、外すと途端に顔がぼやけた。
 身長は平均、体重は平均以下。中の上でも下でもない——間。それが一番しっくり来る。耳の端の小さいほくろが、今日も雨粒みたいに見えた。どこまでも“雨宮”だな、と思って苦笑いがこぼれる。

「終わった……」

 言葉はため息に混ざって部屋の空気に溶けた。ベッドにひっくり返ると、枕元から小さな影がのぞいた。小さな蛙。

 丸い目、ちいさな手。掌に収まるくらいの青緑の体で、お腹だけミルク色。指先の吸盤は飴玉みたいに透けて、動くたびにぺたぺた小さな音がする。背中のまだらは葉っぱの雫みたいにきらっと光って、半分垂れたまぶたのせいで、いつも少し眠そうだ。見ているだけで呼吸が落ち着く。

 ケロスケは、俺の独り言に答えるみたいに喉を鳴らす。『けろ』とも『ぴ』ともつかない、空気が抜けるみたいな音。

「……最悪、だったよな」
『防衛反応は満点。逃走本能としては優勝』
「皮肉じゃなくて慰めて?」
『事実の提示ていじ

 皮肉のくせに、どこか優しい。 
 窓ガラスを雨が滑る。筋が何本も伸びて外の街灯を歪ませた。音は静かなのに、胸の奥はまだざわついているのは、あの瞬間の神代の視線がまだ皮膚の裏に残ってるから。
 
 ケロスケが俺の胸の上にぴょん、と乗った。掌に収まる青緑の体。指先の小さな吸盤がTシャツに「ぺた」とくっついた。半分眠そうなまぶたで俺を見上げて、喉の奥で『けろ』と鳴いた。その重みは軽いのに、ちゃんと“いる”と分かる。

『なぁ湊、“守護生物しゅごせいぶつ”ってさ。あ、そうだ。改めて説明する?』

「頼む。俺でも分かるレベルで」

『おっけ。じゃ、ざっくりね』

 ケロスケは両手——いや、両前脚を腰に当ててえらそうに頷く。小さいくせに態度だけはデカい。俺と一緒にテレビや漫画を見ているせいか、やけに人間くさい動作も器用に真似てみせる。

『まず、“守護生物”ってのは、人に一匹だけつく相棒みたいなもんだ。全員にいるわけじゃなくて、百人に一人くらいの確率って言われてる。原因も仕組みも分かってない。遺伝じゃないし、病気でもない。要は世の中“ガチャ”だって言えば早い』

「ガチャって言うな」
『現実はいつもランダムだよ、みなと

 ケロスケは、ぴょん、と飛んで俺の肩に乗る。吸盤が頬の横に当たってひんやりする。小動物の体温って、どうしてこう安心するんだろう。

『で、だ。この守護生物は所持者本人には勿論見えるけど、普通の奴には見えない。でも“持ってる者同士”なら互いに見えるんだ。オレら、言葉も通じる。つまり“心の具現化”みたいなもんさ』

「え、……つまり、俺の“中身”がカエル寄りってこと?」
『かわいいじゃん。癒し系』
「自分で言うなよ」

 ケロスケが口の端を上げたように見えた。実際は笑ってるのかどうかも分からないけど、そう感じる。

『まあ、守護生物を持ってる奴は、だいたい何かしら突出してる。頭がいいとか、運動神経がいいとか、容姿が整ってるとか。“選ばれた側”だって、世間は勝手に言う』

「俺は?」
『……驚け。レアな平凡。希少種だぞ?』
「フォローになってない」
『でも珍しいってことは、十分特別だろ?』

 ケロスケは俺の指を小さな手でつかむ。飴玉みたいに透ける吸盤が、ぎゅっと押し返してきた。その感触が妙に優しくて、少しだけ心臓が軽くなる。

「俺の周り、守護生物持ちなんて殆ど見たことないし……。俺みたいのが持ってるって言ったら、笑われるか、引かれるかのどっちかだろ」

『確かに自分が“守護生物持ち”って公表してるやつは、目立つ連中が多い。公表してなくてもさ、さっきも言ったが“持ってる者同士”なら見えるし、話せる。つまり、持ってる奴は持ってる奴が分かるんだ。普通は。だから湊みたいに隠せるタイプは珍しい。君は“空気になれる”才能があるよ』

「褒められてる気がしない」

『でも、その“隠す力”は強みだよ。守護生物にも“階層”があるんだ。ヘビみたいな捕食側ほしょくがわのやつもいれば、オレみたいな“逃げ延びる側”もいる』

「……カエル、な」
『うん。だからオレたちは“隠れて生き延びる”が基本。悪いことじゃない』

 ケロスケが少しだけ誇らしげに胸を張った。
 雨が窓を打つ音が優しくなる。

『だからさ、今日のあれは仕方ない。カエルはヘビが怖い生き物。体が勝手に止まる。湊が悪いわけじゃない。本能だ。本能を恥じるより、生き延びた事実を積め』

「それ、昔から蛇見ると怖くて仕方なかった理由か」

『多分な。カエル所持者あるある。向こう——神代ってやつには、今のところオレは見えてない。今日はちょっとだけ同化がほどけて、気配だけ漏れたんだ』

「解けた?」

『緊張とか、恐怖とか、何かしらお前の感情が強く揺れると、オレが外に滲むんだよ。いつもは見えないけど、今日みたいなときはオレが勝手に出てくる』

「……俺が怖がるほど、お前は出てくるのか」

『そう。オレは“守る側”だからね』

 ケロスケが胸の上からちょこんと俺を見下ろす。その姿があまりにも小さくて、頼りないくせにどこか誇らしげで笑ってしまう。指先でつつくと、吸盤で俺の指を「ぎゅむ」とつかみ返してきた。たまに生き物であることを思い出させる握力。

「……ありがとな」
『おう。あと湿度、上がってる。そろそろ寝ろ』
「お前、湿度センサーかよ」
『職能だよ、カエルだもん』

 



 スマホが震えた。
 校内ポータルの通知だ。

 《差出人:生徒会広報》

 表示された簡素な文面に、心拍が一斉にうるさくなる。


 《傘を届けてくれた雨宮くんへ。
 ありがとう。明日、少しだけ話せるかな。——神代》

(……文面は柔らかいのに、あの白い影だけがチラつく)

 雨脚がさらに強くなった。
 ケロスケが俺の肩に「ぺた」とよじ登って、耳に頬をくっつける。重みは軽いのに、心臓がどくんと跳ねる。

「やめて、やめて。何でこんな皆に見えるところで俺の名前なんか出すんだ。目立ちたくない。俺の存在感は空気でいい。酸素でいたいんだよ」

『現状、湿度多め』

「酸素に湿度混ぜるな……っ。どうしよう、俺、なんでよりによって副会長の通知に」

『落ち着け。まずは深呼吸。ほんで次に、明日の弁当の献立を考えろ』

「現実逃避指導やめろ」

『逃避じゃない。現実の手順だ』

 息を吐く。ケロスケを親指で撫でると、空気の抜けるみたいな小さな声で『けろ』と鳴いた。自分の相棒が弱い立場のカエルだってことは分かってる。だからこそ守りたい。俺はそっと抱え直した。

 雨は止む気配がない。
 窓を流れる筋が、一本、二本と増えていく。
 明日の不安も、だいたい同じペースで増えていく。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~

無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。 自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。

30歳まで独身だったので男と結婚することになった

あかべこ
BL
※未完 4年前、酒の席で学生時代からの友人のオリヴァーと「30歳まで独身だったら結婚するか?」と持ちかけた冒険者のエドウィン。そして4年後のオリヴァーの誕生日、エドウィンはその約束の履行を求められてしまう。 キラキラしくて頭いいイケメン貴族×ちょっと薄暗い過去持ち平凡冒険者

病んでる愛はゲームの世界で充分です!

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。 幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。 席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。 田山の明日はどっちだ!! ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。 BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。 11/21 本編一旦完結になります。小話ができ次第追加していきます。

愛だの恋だの馬鹿馬鹿しい!

蘇鉄
BL
「俺は誰とも関わりたくないんだけどなあ、おかしいなあ?」 『回答。ユーザー様の行動が微妙に裏目に出ています。シミュレーション通りにならず当システムは困惑しております( ゚Д゚)』 平和な学生生活を手に入れるために生活サポートAIシュレディンガーと共に色々と先回りして行動していたらいつの間にか風紀委員やら生徒会やらに追い回される羽目になっていた物部戯藍。 街を牛耳る二大不良チームも加わる中、執着される理由がわからず困惑しつつも彼は平穏な生活の為に逃げ回る。 彼は愛も恋も信じない。それはとても不確かなものだから。バカバカしいまやかしだと決めつけて。 ※ 不定期更新です

俺の“推し”が隣の席に引っ越してきた

雪兎
BL
僕の推しは、画面の向こうにいるはずだった。 地味で控えめなBLアイドルグループのメンバー・ユウト。彼の微笑みと、時折見せる照れた横顔に救われてきた僕の、たった一つの“秘密”だった。 それなのに、新学期。クラスに転校してきた男子を見て、僕は思わず息をのむ。 だって、推しが…僕の隣に座ったんだ。 「やっと気づいてくれた。長かった〜」 ――まさか、推しの方が“僕”を見ていたなんて。 推し×オタクの、すれ違いと奇跡が交差する、ひとくち青春BLショート。

キスの仕方がわかりません

慶野るちる
BL
全寮制男子校に入学した市原はクラス委員長になったため書類を提出しに生徒会室に行くと、そこに一人いた、初対面の副会長の近藤に襲われてしまう。  混乱するも相部屋の同級生・松川に助けられて元気を取り戻したある日、生徒会長の桜野から仕事を手伝って欲しいと依頼される。  最初は近藤に無視されていたが手伝う中で近藤から告白され、近藤への印象が少しずつ変わっていく市原だが。 表紙:Photo by Markus Spiske on Unsplash / powered by かんたん表紙メーカー様

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

聞いてた話と何か違う!

きのこのこのこ
BL
春、新しい出会いに胸が高鳴る中、千紘はすべてを思い出した。俺様生徒会長、腹黒副会長、チャラ男会計にワンコな書記、庶務は双子の愉快な生徒会メンバーと送るドキドキな日常――前世で大人気だったBLゲームを。そしてそのゲームの舞台こそ、千紘が今日入学した名門鷹耀学院であった。 生徒会メンバーは変態ばかり!?ゲームには登場しない人気グループ!? 聞いてた話と何か違うんですけど! ※主人公総受けで過激な描写もありますが、固定カプで着地します。 他のサイトにも投稿しています。

処理中です...