北の砦に花は咲かない

渡守うた

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三章 姫と騎士と魔法使い

17、『白雪の集い』

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 王都キルクスバーク第5区にある、薄暗い酒場。
 中年の女店主が切り盛りする店内では、昼間から飲んだくれの男たちがたむろしていた。
 カランカラン、とドアベルが鳴る。ヒールを鳴らして二人の女性が入って来た。燃えるような赤毛を結い上げた、端正な顔立ちの貴族風の美女。その後ろから背の高い銀髪の淑女が続く。
 この店に訳ありの女性が来ることは珍しくないが、その中でも雰囲気のある美女たちの登場に、男たちは口笛を吹いた。
 二人は男たちには目もくれず、女店主の居るカウンターに向かう。店主は煙草を燻らせたまま二人に視線を遣った。

「……いらっしゃい」
「「43番の秘密、1810年モノ」があるって聞いたのだけど」

 赤髪の美女が告げる。店主は眉を顰めた。赤毛の女性を不審げに眺めた後、俯きがちな背の高い淑女を見て、何かを納得したようだった。

「アンタは付き添い、こっちが本命って訳ね。良いよ。この扉の奥にある」

 店主はカウンターの後ろの扉を示す。

「行っておいで」

 二人は顔を見合わせ、扉に手を掛けた。



 扉の奥は地下へと続く階段であった。店主はついて来ないようで、二人は壁に掛けられた明かりを頼りに階下へと足を進める。

「……何故私は付き添いなんだ?」
 赤髪の美女──スカーレットは不満げに呟いた。
 連れ合いの淑女──セスは声を潜めて返す。

「恐らく……あなたは、こういう集会に来るには健康的すぎるのでは……」
「どういうことだ?」
「集会の主が『魔女』なんて呼ばれている集団です。何かしら問題を抱えた人が集まっている筈」

 スカーレットは唇を尖らせた。それではまるで悩みがなさそうと言われているようなのだが。

「精神の健やかさが容に現れているのは、良いことですよ」
「うん。直球で褒められると照れてしまうな」

 階段が終わり、一枚の扉がある。二人は視線を合わせてドアノブに手を掛けた。
 扉が開く。
 そこは小さなホールのようだった。既に女性たちが集っており、新たに入って来たセスとスカーレットに視線を向ける。
 うっ、と思わずスカーレットは身じろいだ。
 こちらに向けられた女たちの顔は、確かに病的と言えた。落ちくぼんだ瞳から視線を向けられ、背中に汗が伝う。
 不意に後ろをついてきていたセスが隣に立った。よろめくようにスカーレットに寄りかかる。思わずスカーレットは彼の腰に手を添えた。
 セスは声を潜めてスカーレットに耳打ちした。

「大丈夫です。こうしていれば、ちゃんと友人に付き添う優しい女性として、ここに居ても違和感がないはずです」
「……ああ」

 セスを気遣う風を装いながら、集まっている女性たちを観察する。
 年齢も身なりもそれぞれで、彼女たちに共通点はあまり無いように思われた。ただ、一様に表情が暗い。
 暫くすると会場が大きくざわめいた。黒いローブの老婆が入って来た。いかにもお伽話の魔女のようないで立ちである。

「魔女さま……」

 誰かが呟いた。続くように女性たちが口々に魔女さま、と呼ぶ。老婆は全体を見渡すと、ゆっくりと口を開いた。

「私の哀れな娘たち」

 枯れた声だった。だが、どこかすんなりと聞こえてくる。朗々と、染み入る声音で女性たちに語り掛ける。

「傷ついた隣人を憐れみなさい。痛みを分かち合いなさい。親切を分け与えなさい。分け与えた者にのみ、真実に与えられるのだから」

 びくり、とスカーレットの隣でセスが身を固くした。彼の顔を見上げると、食い入るように老女を見ている。
 スカーレットは思わずセスを支える腕に力を込めた。気付いたセスがスカーレットを見る。
 セスは大丈夫だ、と示すように頷く。
 老婆の話は続き、「それでも、」と語調を変えた。

「それでも、世界があなたを傷つけるのなら……あなたを癒すために、私が分け与えましょう」

 老女はそう言うと女性たちの間へ足を進めた。一歩、一歩と彼女たちの顔を見ながら進んでいく。そしてスカーレットたちの前まで来ると、足を止めた。
 スカーレットの顔を見、そしてセスの顔をじっと見つめる。スカーレットはそれまでと違う意味で緊張した。

(も、もしかして女装がバレたか……!?)

 危うんだ二人だったが、老女は暫くしてセスから視線を外した。
 そして一人の女性の前で立ち止まる。
 ひっつめ髪のそばかすの女性だった。彼女もまた、暗く落ち込んだ顔をしている。老婆は皺枯れた手を差し出した。

「話してごらんなさい。あなたの悲しみを。私たちで分かち合いましょう」

 女性は老婆の言葉に瞳を潤ませた。言葉を途切れさせながら語りだす。

「……私は、長年、夫を支え続けてきました。どんな態度をされても、どんな言葉を受けても……! それなのに、夫は、あの男は……」

 女性の言葉に、徐々に憎しみの色が宿る。

「職場で若い女と逢引していたんです! 私が家でひとり、彼の食事を作っている時に!」

 彼女は泣いてそれ以上言葉にできないようだった。周囲の女性たちがすすり泣く。老婆は慰めるように彼女の肩を抱いた。
 おもむろに、老婆は懐から小瓶を取り出した。中には透明な液体が入っている。

「!」

 スカーレットは身を乗り出す。

「これをお使いなさい」
「魔女さま……!」

 老婆は女性に小瓶を握らせる。そして、固唾を呑んで見守っていた女性たちの顔を見回す。

「慰め合いなさい。そして本当に必要な時が来たら、あなた達にも授けましょう」



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