温泉ダイブ

book bear

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温泉ダイブ

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硫黄の匂いが広がる中、今年もこの季節がやってきた。
あたりは男女関係なく全裸で緊張した人たちが集まっていた。

目の前には巨大な温泉が湯気を立ち上らせていて、右手には飛び込み台があり、エントリー順で選手たちが並んでいた。
僕は5番目だ。

参加数は10人、この中から全日本温泉飛び込みの王者が誕生する。
ルールは至ってシンプルで、如何に入浴客がうざがる飛び込み方をするかで決まる。

審査員は温泉飛び込みソムリエのポチが毎年審査員を努めている。
選手たちを品定めするかのように見渡す眼光は緊張感ある空気の場をさらに引き締めていた。

緊張感がピークに達した僕は去年の失敗を思い出す。
去年初出場でトップバッターになった僕は大きな恥を晒したのだ。

入浴者がうざがる飛び込み方なら何でも良いと思い、勢いだけで奇声を上げながら飛び込むという安直なことをやってしまった。
結果場違いな空気を作ってしまい、とても気まずい思いをした。

ルールは確かにシンプルだ、しかし優勝を目指すには芸術性が問われるのだ。
如何に個性的な迷惑な飛び込みが出来るかが重要であり、勢いだけでやるなら誰でもできる。
つまり個性がなくては芸術的とは言えないのだ。

今年はもちろん個性的なダイブを考えてきたし自信もある。

優勝の可能性も見えていた。

そう、”見えていた”のだ。

さっきまでの自信は一人目のダイブで一気に消え失せた。

一人目の選手Aはジャンプ台で深呼吸をした直後、ジャンプ台でジャンプする。
しなるジャンプ台のタイミングに合わせてジャンプの高さを上げていく。

そしてある程度の高さに達するとAは勢いよく飛び降りようとしたのだろう。
しかし足を滑らせそのまま落下したのだ。

ただ落下したのではない。

落下しながらAは言った。

「我はメシアなりぃぃぃぃぃ!!!」

僕は言葉を失った。

メシアだと?足を滑らせ間抜けな状況で自分を救世主と言ってしまるこの矛盾した状況に僕は芸術を感じた。
まるで矛盾だらけの世界を表現しているようだ。  

そして忘れてはならない入浴者への不快感。
温泉で癒やされている所に間抜けな救世主がなんの救済もなく着水時の水飛沫を浴びせてくるのだ。

こんな完璧な表現者がいるだろうか、いやいないだろう。

彼こそ唯一無二の個性的で的確にこの世を表現出来るものはいないだろう。


僕は彼の素晴らしさに悔しさを感じることもなく感嘆した。

そしていよいよ僕の番だ。

もう彼にはかなわない、潔く彼の勝ちを認めよう。

ジャンプ台に立ち僕は彼の目を見て一言。

「おめでとう」

彼に拍手を送りながら僕は温泉に落ちるように飛び込んだ。

僕は優勝した。
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