まわる相思に幸いあれ~悪人面の神官貴族と異邦者の彼女~

三加屋 炉寸

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番外編

ピクニック④

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「謝る必要はない。その通りだと思う。今の僕はヌイのおかげで変わった。だからこそ、その言葉を素直に受け取ることができる。あの当時だと、なにも信じなかったに違いない」
しばらくしたあと、ノルはぬいからそっと体を離すと、叔母と向き合いそう言った。大分心が軽くなったのか、すがすがしい表情を浮かべている。

「辛いことも多かったでしょうに、いい子に育ったわね。ノル坊、ヌイちゃんをちゃんと幸せにしてあげるのよ」
「もちろんだ」
これ以上言葉はいらないらしく、二人とも納得したように頷く。

「あれ?そこはわたしがノルくんを、じゃないんですか?」
叔母はもちろんノルの親族であり、ぬいの親族ではない。なぜ逆のことを言ったのか、それを当たり前のように受け入れたのか、不思議に思ったのである。

「だって、ノル坊はどう見ても幸せの絶頂だもの」
ぬいはノルの方を見てみると、指摘通り曇りのない目をしている。風にたなびく草原と綠眼が相伴って、さわやかに見えた。ぬいの視線に気づいたのか、ノルは横を向くと穏やかに笑う。

「あなたと言う最高の伴侶。それに加えて心配する親族も居る。けど、ヌイちゃんに血のつながった家族はいないでしょう?時々そのことに不安を覚えると思うの」
どこか遠い目をしながら言う。今いるこの地は国境ギリギリで、辺鄙な場所にある。そんな所に一人で嫁いだことを思い出しているのだろう。

「そう、ですね」
否定することはできなかった。ほとんどふり切れてはいるが、時々よくない夢を見ることがある。結婚した今は、ノルがおさめてくれるがそれでもなくなることはない。一生向き合わなければいけないことである。だからと言って、記憶を消したいとは思わなかった。それがあってこその自分だという、自覚があるからだ。

「今は居なくても、そのうちできる可能性はある。そうでなくても、過去のことを考える暇なんて無くさせるつもりだ」
いつもであったら、ここでノルは肩を抱き寄せてきただろう。しかし今は落ち着いているのと親族の前だからか、特になにもしてこなかった。だからこそ、さらりと言われたセリフがすぐ頭に入ってこなかった。

「あら、言うじゃない。そういうところ、ロザねえに似てるわよね」
かわかうような口調から、ようやくどういう意味で言っているのか理解した。顔を赤くしながらうつむくと、二人はどんどん話を進めていく。

「ちゃんと御業の使い過ぎには気を付けている?ヌイちゃん細いから、あまり無理をさせてはだめよ」
「もちろん。ヌイの意思にもよるが……二人が限度だろうな」

「ちゃんと考えているのね。それなら今わたしのできることは、これかしら」
肩に下げていた絵描き道具を探ると、叔母はスケッチブックと二本のペンを差し出した。

「好きな題材で描いてみなさい。二人で同じことをするのも、いいものよ」



叔母が去った後その場に寝そべると、片方がぬいがもう片方をノルが使い絵を描いていた。

「幼少時から絵は苦手だった。どちらかと言うと、体を動かす方が好きだったな」
ノルはペンを動かしながら語って聞かせる。線の時点で造形が乱れているが、ぬいはそれよりも話に興味があった。

「いつも屋敷中を駆け回って、母上に捕まり父上に冷静に諭されたものだ」
その暖かな光景は簡単に想像することができた。少しずつ思い出してきているのか、ノルは偶に自ら昔のことを放してくれる。屋敷に居る人たちに聞くこともあるが、本人から語られる思い出はぬいの心を穏やかにさせる。

「屋敷には訓練場とかお庭もあるよね?なんで室内で走り回っていたの?」
ぬいが問いかけると、ノルは一旦手を止める。

「……構って欲しかったんだと思う。二人とも表に出さないが、忙しそうにしてた。それをなんとく察して、遠慮して。素直に言えなかったんだ」
最初は言い辛そうにするが、徐々に自分で認めることができたのか、はっきりと言い切った。ノルは両親の死後からひねくれてしまったと思われたが、少しずつ些細なできことで今の性格が形作られていったのだろう。

「声をかけられても、へそを曲げて逃げ出して。一日中すねていると、いつも夕飯には僕の好物の……そうだ、ステーキを出してくれたんだ」
ノルは確かに肉類を好んで食べていた。ぬいと出かけるようになってから、好みばかり聞かれ合わせていたように思えるが、無意識に選んでいたのだろう。

「ノルくん、思い出してるよ!前に空虚とか言ってたけど、そんなことない。ちゃんと好きなものはあるんだよ」
自分のこと以上に嬉しく思い、ぬいは目を輝かせる。

「どうして好きになったのか、思い出せる?」
「僕の両親は大体なんでもこなせるが、料理だけは苦手だった。そんな二人が得意なのは肉を焼くことで、これならばおいしく自分たちの手で食べさせてあげられると、喜んでいた」
「そっか、よかったね」

ぬいの視線を受け、またしてもノルは手を止めた。まっすぐ愛おしそうに見つめ返すと、利き手とは反対の手でぬいの手に触れる。しかし、その途中で描いていたものが見えたのだろう。

「待て。今君は僕の話を聞いていて、そんなに手を動かしていなかったと思うが、なぜこんなに完成が早い」
ノルの言う通り、二人の絵の完成度には明確な差があった。なぜならばぬいは既に書き終えており、もう一人に着手しようとしていたところだからだ。

「そりゃあわたしのは簡略化したものだからね。ほら、大して線も書いてない単純な絵でしょ?」
ぬいの絵は下書きもなく、一筆で書かれており簡単そうに見える。

「……それが一番難しいんだ」
心の底からの嘆きを聞き、ぬいはノルの絵を見た。何重にも線がかかれており、滑らかな曲線を書こうとしては、消している跡がある。線を綺麗に書くことに固執しすぎて、なにも進まなくなっているのだろう。まだなんの形にもなっていないが、幼少時の時から少しは上達しているらしい。

「ちなみになにを書こうとしているの?」
「それは……その、ヌイだ」
言い辛そうに逡巡する。本当は言いたくなかったのだろうが、嘘をつくことはしたくなかったらしい。

「いきなり人は難易度高いと思うんだ。ノルくん割と完璧主義だし、延々と書き終わらない気がする」
「っは、好きな題材を選べと言われたら、君一択だろう」
なぜかノルは鼻で笑うように言う。すっかりなりを潜めたその態度に対し、ぬいは懐かしさを覚えた。他者に対しては変わらないが、身内には甘いノルである。

どうして急にその態度を取ったのか、すぐにその真意が分からなかった。しかし向けられた視線の先を見て、理解した。

「いや、好きな題材ってそういう意味だったのかな。わたしはどんなものでも自由に描いていいよって、そういうことだと思ったんだけど」
そう言い返すが、依然と不満気である。叔母が言った真意は分からないが、ノルにとってはそうではないらしい。

その折れなささを実感したぬいは、諦めてペンを手に取った。一息つくと、集中して手を動かしていく。その間ノルはなにも言わず、ただ黙って見守っていた。

「はい、ノルくんができたよ」
見えやすいように体を退けると、ノルはそのまま身を乗り出すようにして覗き込んだ。そこには空を見つめるようにして黄昏ている、赤毛の青年の姿があった。ただ非常に簡略化された絵で、目は点で口は曲線を描いている。

「これは……よく特徴をとらえていると思うが。こんなに穏やかな表情をしているか?もっとこう……微妙な、悪そうなというか」
「よく朝の訓練が終わったあと、わたしをこんな感じに見てくるでしょ?そこを描いたつもりなんだけど」
ぬいが説明すると、ノルは合点がいったらしい。そうかと小さくつぶやくと、嬉しそうな表情でそれを懐に仕舞おうとする。

「こらっ、待ってって。まだノルくん書いてないよね?それは不公平だと思うんだ」
取り返そうと手を伸ばすが、ぬいの手は空を切る。

「君の作品の横に僕のを書けと?そんな汚す真似はごめんだ。これは大事に取っておく」

上に掲げられてしまえば、取り返すことは不可能である。むくれたぬいはノルを置いて帰ろうとする。その後何度も謝られ、すぐ仲直りしたのは言うまでもない。そしてもちろん、後日ノルにも描いてもらう約束を取り付けたのである。
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