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偽りの審級
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ズルいと言われりゃ腹がたつ。リーファはプンスカ絶賛お怒り中のところ、憎らしいかな目の前の男はあまり取り合う様子がないときたもんだ。
「いいえ、これは私の偏見をタレ流しているだけだと思ってちょうだいな。何なら右から左へと聞き流してくれたって構いやしないわ。」
「どういうこと?」
右の耳からのぞいたら左の景色が見えるわけじゃあない。こちとら節穴じゃないんだ。流せったって流れるわけあるか。何やら企んでいることだろうが聞こうじゃないの。
「世の中の多くは好き好んで人を殺めたりしないわ。そんなつもりはなかったのに、運悪く相手が死んでしまったなんてこともあるでしょう。」
「そりゃあそうだよね。自分から手を出しておいて返り討ちにあったヤツはなおさら文句なんか言えないさ。」
「不幸な事故はいつでも起こり得るものね。」
「そうさ。」
まあ悪党どもが無茶苦茶した挙句の結果なんだ、誰にとやかく言われる筋合いなんてない。そこは同意できるね。
「そして不幸な事故は起こすこともできるのよね。」
ジェゼーモフの言葉に穏やかならざる響きを感じとったリーファの表情が険しくなる。
「ん?ちょっと待ってよ。何が言いたいの?」
「こんな人間は死んで当然って思った瞬間からやむなくの意味が変わって行くんじゃない?」
「変わるって?」
「とーっても簡単なことよ。自分にとって都合の悪い人間をやむなく殺す理由ってのを捏造するようになるの。」
人は人に対して容易に狼となり得る。わざわざ歴史を紐解かずともそこら中に転がっている話だ。ジェゼーモフの言うことはそれほど奇異に聞こえるものでもないだろう。だが、いざ自分がそうだと他人から言われればリーファも黙っていられない。
「そんな馬鹿な話があるもんか。私そんなことした覚えなんてないよ!」
「そうかしら?暴力というものは人の中身まで歪めようとするものよ。力に溺れた人間なんて何人も見てきたわ。」
「・・・私がそうなるって言うの?」
「じゃあリーファ、自分だけは強い力を濫用なんてしないって言える?」
「言えるよ。」
売り言葉に買い言葉、半ばジェゼーモフに言わされたようなものだとリーファが気づいた時にはもう遅かった。
「でもそんなの何の保証もない。違う?」
「いや、保証ったって・・・そんな」
「じゃあ口だけじゃない。言いたい放題の言ったもん勝ちね。」
「そうかもだけど・・・」
そんなの屁理屈じゃないか。何で私だけそんな保証を要求されなきゃいけないのさ?
「力による優越感なんて最初は小さな雪玉みたいなものよ。でもそんな他愛もない雪玉だって雪山を一度転がり始めたらどうなる?」
「どんどん大きくなる。」
「そうでしょうね。そのうち誰も制御なんてできなくなるし、留まるところを知らないわ。野放図に転がり続けた先で自分の身近な人にまで危害を及ぼすおそれがある。」
「身近な人に対して私はそんなこと絶対にしたりしない。」
「リーファはあの時私を殺そうとしていたわよね?」
「あの時は敵だったし、ジェゼーモフが極悪人にしか見えてなかったんだ。たしかにそれは頭に血が上り過ぎたのかも」
「まあそれは仕方のない部分はあるでしょう。でも私をかばうような言葉をかけるスアレスちゃんに向けた眼差しはどうだったかしら?」
リーファは指摘されたくない事実を突きつけられて背筋が寒くなる。ついにはジェゼーモフを直視できずに目を泳がせた。
「それは・・・」
「スアレスちゃんはあなたにとって身近な仲間なのよね?」
「うん」
「あの時どう思った?」
ジェゼーモフはこちらのことなどお見通しだろう。リーファは下手なウソをついて軽蔑されるよりはと観念して本当のことを白状する。
「・・・頭に来た。」
「邪魔な存在だと思わなかった?」
「うっ!・・・ちょっとだけ思った。でも・・・」
「ええ、だからと言ってあの場で彼をどうかしてやろうなんてことにはならなかったでしょうね。でも身近な関係なんて移ろいやすいものよ。逆に身近な相手こそ感情のすれ違いは激しくなるし、裏切られたという気持ちは増幅するもんよね。」
図星を突かれリーファも思わず赤面する。たしかにあの時、手ぬるいことを言うスアレスに裏切られたような心持ちを抱いてしまった。だがジェゼーモフの言葉には明らかにリーファの本心とは異なる邪推も含まれている。それだけはリーファとしても断じて許容できなかった。
「殺そうなんて思っちゃいないんだ。そんなこと・・・」
「死んで当然、殺されていい人間なんて範疇は曖昧よ。そこにいつの間にか身近な人間が加わる可能性だってある。どうしようもなくいい加減で自分勝手に拡大するものなの。優越する力でねじ伏せる誘惑を止める自制心なんて・・・その時本当に残っているのかしら?」
「違う、私はリアンを助けたい一心で」
「リーファのあの目を見た時、私ですら空恐ろしいモノを感じたわ。あの目を向けられたスアレスちゃんは一体どんな思いをしたでしょうね?」
ジェゼーモフの指摘にリーファは自分の独善的な考えに気づかされる。
リアンを助けたいと思っていれば何でも許される?そう言えばあの時スアレスはどんな顔していただろう?自分の感情だけが大事で周囲に気を配るなんて考えなかったんだ・・・まるで思い出せない。
「そんなつもりじゃないんだ・・・」
「今は受け入れられないかもしれない。ただ忘れないで。優越する力を持つ者ほど自らの正気を疑う必要があるって。決してあなたがこの世の全ての悪を断じることができるなんて思わないことね。」
私だっていつもギリギリでやって来たんだ。その時の私にできる最大限さ。それが不十分なんだと言われてるようで本当は悔しい。でもジェゼーモフに言われて引っかかるものもあるのは事実なんだ。
「くっ・・・腑に落ちない。」
「まあそんなものよ。」
「だけどジェゼーモフの言ったことが私の身に起こるはずがないなんて言えなくなった。」
「じゃああんたは私の見たとおり自分自身を欺くほどには堕ちていないってことよ。今にも踏み外しそうだけど~」
「そうなのか・・・」
「誰かを殺すことは自分の心をもじわりと殺すのだと思うの。気づかないうちにあなた自身が本来のあなたを殺してしまわないようにね。」
正直ジェゼーモフが何を言っているのかピンと来ない。でもその状態が私にとって好ましくないことなのかもって思ったりもするんだ。
「うん。もう少し考えて見る。」
「でね、話は戻ってヴァイスのことなんだけど」
「ジェゼーモフの頼みならやれるだけのことはやってみるよ。私がAランク相手にどこまでやれるかわからないけどね。」
何かマイクの話じゃあどうもロクなヤツじゃなさそうなんだけど、まあそいつと話すだけ話して見るしかないかなあ。無駄な気もするけどしょうがない。
「リーファ、私はあなたが何者かなんてまったくわからない。だけどたとえAランク冒険者でもあなたを相手にして無事でいられるとは思わないわ。」
「そんなの買いかぶりだよ。」
「いいえ、今日の戦いぶりを見て確信したの。あなたならきっと私の期待に応えてくれる。」
今回のAランク冒険者との遭遇戦はリーファの気持ちを酌んだロードチャンセラーがお膳立てしたものだ。ロードチャンセラーが暗躍して仕組んだものとは言え、戦闘中の仲間を助けるために介入せざるを得ない切迫した状態だった。つまりロードチャンセラーの描いた絵図どおり、決してリーファ自ら約束を破ろうとして破ったものではない。だがこの先については明確に自分の意志で約束を破ることになる。
「でもAランクとは事を構えるなってグレンの言いつけを破っちゃうんだよね。参ったなぁ~。」
「リーファはグレンちゃんたちが派遣したんじゃなかったの?ご丁寧に伏兵まで用意して」
「伏兵?知らないぞ?」
「あら、ふもとの街にいる頃から遠くでこちらをうかがう気配があったけど?」
「私たちじゃなくて?」
どうやらリーファたちは何も聞かされていないらしい。今は敵対していない以上、彼女が隠し立てする理由もなかろう。
「あんたたちは頼みもしないのにそろいもそろって真正面からドッタンバッタン現れたじゃないの。」
「えへへ、まあね~」
「ホメてないから。でもあんたたちが陽動じゃないとすると、あの暗殺者みたいに気配を殺してついて来ていたのは~・・・」
ジェゼーモフがその気配に気づけども尻尾まではつかめなかったほどに慎重な相手だ。四六時中狙われたのでは神経が擦り減ってしまう。おそらく気配を察知したのではなく、こちらを疲労させるために意図して察知させたのだろう。
「さあ?」
「いや、グレンちゃんとガウスちゃんだもの。私が気配を察知した時点からしても彼らが手を打ったとしか思えないのよね。まあいいわ。後でリーファが怒られないように私がグレンちゃんを口説いてあげましょう。」
「そりゃ助かるよ~。」
「いいえ、これは私の偏見をタレ流しているだけだと思ってちょうだいな。何なら右から左へと聞き流してくれたって構いやしないわ。」
「どういうこと?」
右の耳からのぞいたら左の景色が見えるわけじゃあない。こちとら節穴じゃないんだ。流せったって流れるわけあるか。何やら企んでいることだろうが聞こうじゃないの。
「世の中の多くは好き好んで人を殺めたりしないわ。そんなつもりはなかったのに、運悪く相手が死んでしまったなんてこともあるでしょう。」
「そりゃあそうだよね。自分から手を出しておいて返り討ちにあったヤツはなおさら文句なんか言えないさ。」
「不幸な事故はいつでも起こり得るものね。」
「そうさ。」
まあ悪党どもが無茶苦茶した挙句の結果なんだ、誰にとやかく言われる筋合いなんてない。そこは同意できるね。
「そして不幸な事故は起こすこともできるのよね。」
ジェゼーモフの言葉に穏やかならざる響きを感じとったリーファの表情が険しくなる。
「ん?ちょっと待ってよ。何が言いたいの?」
「こんな人間は死んで当然って思った瞬間からやむなくの意味が変わって行くんじゃない?」
「変わるって?」
「とーっても簡単なことよ。自分にとって都合の悪い人間をやむなく殺す理由ってのを捏造するようになるの。」
人は人に対して容易に狼となり得る。わざわざ歴史を紐解かずともそこら中に転がっている話だ。ジェゼーモフの言うことはそれほど奇異に聞こえるものでもないだろう。だが、いざ自分がそうだと他人から言われればリーファも黙っていられない。
「そんな馬鹿な話があるもんか。私そんなことした覚えなんてないよ!」
「そうかしら?暴力というものは人の中身まで歪めようとするものよ。力に溺れた人間なんて何人も見てきたわ。」
「・・・私がそうなるって言うの?」
「じゃあリーファ、自分だけは強い力を濫用なんてしないって言える?」
「言えるよ。」
売り言葉に買い言葉、半ばジェゼーモフに言わされたようなものだとリーファが気づいた時にはもう遅かった。
「でもそんなの何の保証もない。違う?」
「いや、保証ったって・・・そんな」
「じゃあ口だけじゃない。言いたい放題の言ったもん勝ちね。」
「そうかもだけど・・・」
そんなの屁理屈じゃないか。何で私だけそんな保証を要求されなきゃいけないのさ?
「力による優越感なんて最初は小さな雪玉みたいなものよ。でもそんな他愛もない雪玉だって雪山を一度転がり始めたらどうなる?」
「どんどん大きくなる。」
「そうでしょうね。そのうち誰も制御なんてできなくなるし、留まるところを知らないわ。野放図に転がり続けた先で自分の身近な人にまで危害を及ぼすおそれがある。」
「身近な人に対して私はそんなこと絶対にしたりしない。」
「リーファはあの時私を殺そうとしていたわよね?」
「あの時は敵だったし、ジェゼーモフが極悪人にしか見えてなかったんだ。たしかにそれは頭に血が上り過ぎたのかも」
「まあそれは仕方のない部分はあるでしょう。でも私をかばうような言葉をかけるスアレスちゃんに向けた眼差しはどうだったかしら?」
リーファは指摘されたくない事実を突きつけられて背筋が寒くなる。ついにはジェゼーモフを直視できずに目を泳がせた。
「それは・・・」
「スアレスちゃんはあなたにとって身近な仲間なのよね?」
「うん」
「あの時どう思った?」
ジェゼーモフはこちらのことなどお見通しだろう。リーファは下手なウソをついて軽蔑されるよりはと観念して本当のことを白状する。
「・・・頭に来た。」
「邪魔な存在だと思わなかった?」
「うっ!・・・ちょっとだけ思った。でも・・・」
「ええ、だからと言ってあの場で彼をどうかしてやろうなんてことにはならなかったでしょうね。でも身近な関係なんて移ろいやすいものよ。逆に身近な相手こそ感情のすれ違いは激しくなるし、裏切られたという気持ちは増幅するもんよね。」
図星を突かれリーファも思わず赤面する。たしかにあの時、手ぬるいことを言うスアレスに裏切られたような心持ちを抱いてしまった。だがジェゼーモフの言葉には明らかにリーファの本心とは異なる邪推も含まれている。それだけはリーファとしても断じて許容できなかった。
「殺そうなんて思っちゃいないんだ。そんなこと・・・」
「死んで当然、殺されていい人間なんて範疇は曖昧よ。そこにいつの間にか身近な人間が加わる可能性だってある。どうしようもなくいい加減で自分勝手に拡大するものなの。優越する力でねじ伏せる誘惑を止める自制心なんて・・・その時本当に残っているのかしら?」
「違う、私はリアンを助けたい一心で」
「リーファのあの目を見た時、私ですら空恐ろしいモノを感じたわ。あの目を向けられたスアレスちゃんは一体どんな思いをしたでしょうね?」
ジェゼーモフの指摘にリーファは自分の独善的な考えに気づかされる。
リアンを助けたいと思っていれば何でも許される?そう言えばあの時スアレスはどんな顔していただろう?自分の感情だけが大事で周囲に気を配るなんて考えなかったんだ・・・まるで思い出せない。
「そんなつもりじゃないんだ・・・」
「今は受け入れられないかもしれない。ただ忘れないで。優越する力を持つ者ほど自らの正気を疑う必要があるって。決してあなたがこの世の全ての悪を断じることができるなんて思わないことね。」
私だっていつもギリギリでやって来たんだ。その時の私にできる最大限さ。それが不十分なんだと言われてるようで本当は悔しい。でもジェゼーモフに言われて引っかかるものもあるのは事実なんだ。
「くっ・・・腑に落ちない。」
「まあそんなものよ。」
「だけどジェゼーモフの言ったことが私の身に起こるはずがないなんて言えなくなった。」
「じゃああんたは私の見たとおり自分自身を欺くほどには堕ちていないってことよ。今にも踏み外しそうだけど~」
「そうなのか・・・」
「誰かを殺すことは自分の心をもじわりと殺すのだと思うの。気づかないうちにあなた自身が本来のあなたを殺してしまわないようにね。」
正直ジェゼーモフが何を言っているのかピンと来ない。でもその状態が私にとって好ましくないことなのかもって思ったりもするんだ。
「うん。もう少し考えて見る。」
「でね、話は戻ってヴァイスのことなんだけど」
「ジェゼーモフの頼みならやれるだけのことはやってみるよ。私がAランク相手にどこまでやれるかわからないけどね。」
何かマイクの話じゃあどうもロクなヤツじゃなさそうなんだけど、まあそいつと話すだけ話して見るしかないかなあ。無駄な気もするけどしょうがない。
「リーファ、私はあなたが何者かなんてまったくわからない。だけどたとえAランク冒険者でもあなたを相手にして無事でいられるとは思わないわ。」
「そんなの買いかぶりだよ。」
「いいえ、今日の戦いぶりを見て確信したの。あなたならきっと私の期待に応えてくれる。」
今回のAランク冒険者との遭遇戦はリーファの気持ちを酌んだロードチャンセラーがお膳立てしたものだ。ロードチャンセラーが暗躍して仕組んだものとは言え、戦闘中の仲間を助けるために介入せざるを得ない切迫した状態だった。つまりロードチャンセラーの描いた絵図どおり、決してリーファ自ら約束を破ろうとして破ったものではない。だがこの先については明確に自分の意志で約束を破ることになる。
「でもAランクとは事を構えるなってグレンの言いつけを破っちゃうんだよね。参ったなぁ~。」
「リーファはグレンちゃんたちが派遣したんじゃなかったの?ご丁寧に伏兵まで用意して」
「伏兵?知らないぞ?」
「あら、ふもとの街にいる頃から遠くでこちらをうかがう気配があったけど?」
「私たちじゃなくて?」
どうやらリーファたちは何も聞かされていないらしい。今は敵対していない以上、彼女が隠し立てする理由もなかろう。
「あんたたちは頼みもしないのにそろいもそろって真正面からドッタンバッタン現れたじゃないの。」
「えへへ、まあね~」
「ホメてないから。でもあんたたちが陽動じゃないとすると、あの暗殺者みたいに気配を殺してついて来ていたのは~・・・」
ジェゼーモフがその気配に気づけども尻尾まではつかめなかったほどに慎重な相手だ。四六時中狙われたのでは神経が擦り減ってしまう。おそらく気配を察知したのではなく、こちらを疲労させるために意図して察知させたのだろう。
「さあ?」
「いや、グレンちゃんとガウスちゃんだもの。私が気配を察知した時点からしても彼らが手を打ったとしか思えないのよね。まあいいわ。後でリーファが怒られないように私がグレンちゃんを口説いてあげましょう。」
「そりゃ助かるよ~。」
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